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秘されし赤林檎  作者: 敬重感泣
34/75

2.16赤のアスター16

 しばらくして、ハルが扉の鍵を閉めて行ってしまったことに気が付いた。よほど喉仏が好きなのだろう。あれがフェチってやつなのか。世の中はまだまだ広いな大きいな。

 あの子には悪いけどこれを利用しない手はない。ありがたや。俺にとってはまさしく救世主だ。

 手を上げて軽くお礼をして、扉をゆっくりと、できるだけ静かに開ける。隙間からまた日の光が差し込んでくる。眩しくて少し目を覆うも、あまり時間が経っていないからかさっきほどは刺激はない。耳を隙間に近づけて、周りから音がしないことを確認してから少しだけ顔を出す。少し立派な木造屋敷って感じだ。前世でもよくありそうな豪邸で、俺のいた部屋の外観も特に変な部分はない。普通の一部屋といった感じで、左右にずらっと同じ扉が並んでいる。だがなぜかその普通がむしろ奇妙に感じる。部屋と同じ木材で出来た廊下の床は、音が立ちそうだ。三度周りに人がいないことを確認してから、そろりそろりと部屋を出る。部屋から完全に体を出した瞬間、足元からギシッと大きめの音が出た。慌てて周りを見渡すも、ありがたいことに誰も気づいていないようだ。思わず小さく息を吐いて、大きく息を吸って背筋を伸ばす。気を取り直して部屋から脱出する。廊下に並ぶ窓からは日の光が燦燦と降り注いでいる。多少の影はあるものの、明かりのついていない廊下を眩しいほどに照らしている。もしかしたらと思い窓を覗いてみるも、3階か4階か、残念ながら今いるところは結構高いようだ。サクラだろうか、背の高い木が屋敷のすぐそばまで林と成している。花はついていないが壮観だ。観光場所として人気が出そうなほど美しい風景が広がっている。こんなところに拉致されたのならそこまで悪くないのかもしれない。殺されるわけでもなし。

 外の景色に見とれていると後ろから首をつかまれた。掴まれ方ですぐに分かった。またあいつだ。

「お前は何のために生きる」

「。。。。。何のためも何も生きてるから生きてます」

 俺の首を絞める力がグッと強くなった。

「あ。。。あっ」

 やめてもらうよう懇願しようとしてもまともな声が出ない。

「ガキのような問答をするつもりはない。」

 そのまま男は俺の体を振り回して顔を扉に押し当てた。とんでもない怪力だ。押し付けてからもグイグイ力を入れてくるので頬が擦れて痛い。押しのけようとしても腕が下にあるからうまく力が入らない。

「お前は神を信じていた。今はどうだ?お前に神はいるか?」

 そりゃ前いたんだから今もいるだろう。

「い、今もどこかにいるんじゃないですか?」

「ガキの問答をするつもりはないといったはずだ!」

 男は激高し俺の体を持ち上げて地面に向かって叩きつけた。

 固い感触が来るかと思たものの、やってきたのは固くも、柔らかみのある地面だった。頬に潰れた花が当たってくすぐったい。目を上下に動かして周りを見ると、紫の花が群生している。花の奥にはうっすらと霧がかった青空が広がっていて、奥に心配そうにこちらを見つめるハルがいた。そんな目で見るなら助けてくれよ。

 この景色の転換はまたあの術の類だろう。だが衝撃があったせいか、前のそれとは違い気持ち悪さのようなものは全く感じない。

「お前は20数年間神のために生きてきた。。。二ホンから離れた今も神を信じるか?」

 心臓の拍動が今までなかった強さで打っている。ババアにも他のエルフにも、サージャにすら言っていない。当然アマルフィに漏らしたこともない。なぜ知っている。いや、何を知っている。頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。

 俺は必死に自分の感情を押しつぶして冷静に情報を引き出す。得意技だ。

「。。。この世界に神はいないのですか」

「いるのといないのといる。」

 そう言ってこの男は気持ち悪く歯をむき出しにして笑った。

「お前はいるかどうかもわからない神に祈っていたのか?」

 その言葉を聞いた瞬間、俺の中で感情が爆発するのを感じた。地面に額を擦り付け、首の骨が変に伸びるのを感じながらも掴んでくる手を無理やりもぐように外す。

 かろうじてすり抜けるが男は特に追撃をしてくるそぶりもない。

 痛めた首を抑えながらコケるように走って離れ、十分に距離を取ってから相対する。

「生きる理由が確信しないまま生きるお前は生きているといえるのか?それを否定するためにお前は信じていたのだろう?」

 ゆっくりとこちらに歩きながら問いかけてくる。

「この世に善と悪があるとしたら、既にお前の存在はどこからの視野で見ても悪だ。悪だと自覚してなおそのまま生きることを選択するか?」

 そりゃそうだ。死にたくはない。

「理性のないゴミカスが。。。。お前のその感情的な行動で振り回されるのは周りだ。」

 そう言い終わる前に男の拳が俺の腹に突き刺さっていた。

「お前は感情でしか行動ができないゴミだ。」

 深い拳を俺の体から引き抜いてまた振り上げる。

「お前の生きる希望が存在しないと確信した時、お前はどういう行動に出る?どうせ獣のように八つ当たりして回るのだろう。虫の生ほどの価値もないお前が、他の命を奪って回るわけだ。」

 固い拳で何度も何度も内臓を抉ってくる。

 反撃のできない殴打。反撃ができない分頭が頗るよく回る。それでも半分以上意味が分からないクソみたいな問答だ。

 何もできずにいる俺に対して男はさらに言葉を重ねていく。

「答えろ!神がいないことを確信したらお前は次にどこに憎しみを向ける?教えてやった俺か?だましてたニンフか?利用しようとするエルフか?それともまさかお前の同族か?」

 怒りをむき出しにしていた顔面から一転、心底面白そうに顔を空に向けてけらけら笑っている。

 何が面白いのか。気色が悪い。何も言うことが見つからずまだ押し黙っていると急に覚めたよに真顔になった。

「問答もできぬか。つまらん。」

 何かを言ったほうがいいのか。何を言う。そう考えていると

「考えろ。己の中で常に問答しろ。己だけではない、理性を持つものとして根本を理解しろ。」

 そういうと、いつのまに尻から生えている尻尾を、これもまたいつのまに現れた大木に叩きつけた。コーンと音がすると、辺り一面が煙のような霧で包まれた。何も見えなくなるほど濃い煙の中、うっすらとした光が近付いてきた。最初に連れてこられた時と同じような光景だが、今回は違い気持ち悪さは感じない。

 暗転してゆく視界の中で、男が口の動きで「教えるだけは教えたぞ。」と言っているのが見えた。

 その後ろからこちらに何かが駆けてくる。ハルだ。

「ちょ、ちょっと。。。しいかも。。。フの。。が襲われてる。。。」

 あまり視界と同じように薄れていく音の中で、微かに聞こえる単語からエルフの里が襲われていることを理解した。まあでもあんなマッチョ軍団がいるんだ。大丈夫だろう。

 これは一体何だったのかと考えることを放棄して、俺は意識を手放した。

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