2.12赤のアスター12
何もそこまでボコボコにしてくれなくても。。。と言いたくなるほどに殴られ続け、自分の部屋に戻るころにはもうすっかり暗くなっていた。もちろん、相も変わらず俺は魔法が使えるようにはならなかった。ただ殴られているだけで当然は当然だが。。。こうも意味の分からない拷問まがいの特訓ばかり受けていると、これは少年兵にでもさせるための訓練なんじゃないかなんて思えてくる。そういう洗脳のようなことは、転生前の世界でもたびたび問題になっていた。
いやいや、でも既にあんなマッチョ軍団がいるんだし、今更俺一人育てるわけないか、と嫌な想像を思考から弾き飛ばして自分で自分を納得させる。とりあえずこの訓練を続けていれば魔法を使えるようになる。。。はずだ。美女はもう家に籠りマッチョだらけの帰り道をとぼとぼと歩きながら、自分の指でいろんな動きを試してみる。漫画とかで指で特殊能力を発動するとかあったが、あんな感じのイメージであっているのだろうか。少し振りかぶってハーッとビームを出す身振りをしてみるも、当然何も出ない。思わず声を出して大きな動きをしてしまい、歩いているマッチョたちの目線が俺に集まった。自分の顔が熱くなるのを感じながら残りの道を全力で走った。
部屋にはもうアマルフィが戻っていて、扉を開けた瞬間みぞおちに突進を食らった。全く加減をしてほしいものだとは思うけれども、ババアがいなくなってサージャとも何か壁のようなものを感じ始めた俺には少しありがたいくらいだった。
ンナーンナーと気持ちよさそうに鳴くアマルフィの頭をなでているうちに寝てしまっていた。
目の裏が真っ白になるくらい強い日の光で目が覚めた。粘土のようなもので出来た、ところどころ光が漏れる家ではあるが、窓のないこの小屋がこんなに明るくなることはない。異常な事態に何事かと体が跳ね上がる。扉の方に目をやると、全開に開かれた扉とアマルフィを撫でるサージャ、そしてウルダーが立っていた。
「そろそろ時期が来たわ。。。約束は守る主義なのよ。あの子から頼まれてた私なりの訓練、しましょうか」
ニコニコとドヤ顔をしながら語るウルダーに、まだ頭の働いていない俺は「はあ。」と気の抜けた返事しかできなかった。
サージャに腕をつかまれ半ば引きずられるように小屋を出ると、外に美女が二人とマッチョ三人組がムッとした顔で腕組みしていた。嫌な予感がする。それもとてつもない嫌な予感がする。残念ながらこういう嫌な予感の的中率は極めて高い。というかこういう時は確実に悪いことが起きる。これ以上辛いことは流石に無理だ。この後起こるであろう得体のしれないことに俺は、首と肩がギュッと固まるのを感じた。
でも待てよ。こいつらとは散々殴られ殴り殴られ殴られ殴られしてきた仲だ。これ以上これがキツくなりようがないのではないか。そうだ。俺は散々リンチされて殴られ慣れているんだ。何回殴られたか数えきれない。。。自分で言って悲しくなるが事実だ。それにウルダーはババアと違って俺へ強く当たることはない。ババアみたいに唐突に拷問チックなイベントを企画したりしないだろう。なんだ、そんな悲愴な気持ちになる必要はないじゃないか。焦って損した。
俺は右手で口元を力ずくでほぐして口角が上がるのを必死に抑えた。意味深に小娘を連れて朝っぱらから俺を叩き起こして、きざな風に「私なりの訓練、しましょうか」なーんて言っていましたがあなたの企みなんて、バレバレなんですよ!というか私なりってなんだよ。今のリンチにちょっとアレンジ加える程度俺でも思いつくわ!というか俺の方が殴られ役してる分エグいスパイス入れられますわ!それにババアをあの子呼ばわりするスーパーババアのくせに、あんな気取った態度取るってマジで幼稚すぎて反吐が出るわっ!
俺の唇が腹からこみ上げる笑いに耐え切れずプルプルし始めたタイミングで、三馬鹿の一人、フィリスが口を開いた。
「気を付けて。。。い、行ってこい。。。」
「。。。え?」
俺の声があいつらに届くことはなかった。