第1手:最弱同士は惹かれ合う
相変わらず男がいない世界です。
とりあえずは出会いまで。
何の計画もなしにキャラを出しまくってるが大丈夫か私?
では本編、お付き合いいただければ。
「お……おはようございます……」
明くる日。自らの通う地元の公立高校、初羽高等学校1年B組の教室に入った鈴音は、朝から疲労感たっぷりな顔をしていた。大体は同じ教材しか入っていないはずのスクールバッグが妙に肩に食い込む。化粧をしないのはいつものことだが、髪もどこかもっさりと横に広がり気味……加えてその中の何本かは大胆にも重力へ反旗を翻し、勇猛果敢な毛先が日光を求める植物のように天井へと向いている始末だ。目に光もなく、蚊の鳴くような声では誰が気づくはずもない。……それもいつものことではあったが。
――結局あの後、夕食を食べ終わってからも出来もしない霊力開放を日付が変わるまでやらされていた。悪夢のような出来事、というよりは悪夢の方が寝ている分だけまだマシだ。
どうも最近、妹の――小鳥の当たりが強い気がする。
今だって何とかなっているのだから、そのまま小鳥がやればいいではないか。などと、姉としては愚か人間としても主体性の欠片もないことを、どうしても鈴音は寝不足の頭で考えてしまう。
午前8時8分、即ち朝礼が始まる2分前。教師に普段から口うるさく言われている『5分前行動』など何のその、昨晩見たテレビ番組の話やら根も葉もない噂話やら、同年代の男女が35人も集まれば話し相手にも話題にも困ることはなかった。
各々自由に行動する生徒たちの間を器用にすり抜け、窓際の最後列に配置された自分の席にやっとこさたどり着いた鈴音であったが、しかし。
「あっれ。アヤっち、ちょい遅かったんじゃねー?」
そのままの意味で『軽口』と言えるであろう絶妙なギャル口調がピタリと彼女の動きを止めた。もし言葉が目に見えるのなら、ヘリウムガスの中に沈めても浮かんでくるのではと鈴音は思う。
「あ、浜宮さん。おはようございます」
しかしそんな感情はおくびにも出さず、机にとりあえず置いたバッグはそのままに首だけで声のした方を向く。位置的には丁度鈴音の隣の席だ。
座っていたのは小柄な生徒だった。座高だけで見ても鈴音より10センチは低いだろうか。
それに伴って小さな顔は透き通るような色白、恐らく一度も染めたことのない黒い髪は首の辺りで切り揃えられ、手入れが行き届いているのがその艶めきで分かる。狐のように細い瞳は今の鈴音とはまた違う意味で感情がなく、一見して性別が分かりにくいののだがスカートで補完することは出来るだろう。
着物を着せてじっとさせていれば、日本人形と言われても万人が騙されるはずだ。
そんな和風おかっぱ頭の少女はじっと鈴音を見ていたが、再度口を開いて。
「うぃっす。つかさ、アヤっちまじヤバくね? 来る時間ちょいちょい遅くなってきてんじゃん。何、遅刻チキンレースでもやってる感じなん?」
口以外のパーツを何一つ動かさないまま紡いだのは、やはりギャル口調であった。
「いやぁ、最近夜更かしがですね……」
鈴音はもう慣れたため、顔と声のギャップにも対応済だ。勿論、初めて話したときは流石に驚いたが。
――浜宮空。数少ない鈴音の友人の一人。
実状はともかく、名前は全国規模で展開されている綾瀬院。そこの長女ともなれば、良い意味でも悪い意味でも鈴音は目立って当然の存在のはずだ。実際、入学したての頃はこの席の周りに連日人の山が出来ていたし、上履きを隠されるといった古典的な嫌がらせも受けたこともある。
しかし、鈴音はあまりにも『普通すぎた』。
成績もバッチリ中の中、ど真ん中。皆の前で面白い話が出来るわけでもない。かといって苛められても、顔色一つ変えない。
というのも、日夜妹にしごかれている鈴音にとっては、この程度のことは別に何とも思わなかったのだ。人だかりは次第に少なくなっていったし、上履きがなくなる度に新しいのを買っていったら、一週間後には何も起きなくなった。
というわけで、ただの影の薄い生徒となった鈴音。しかしそんな中で、飄々と話しかけてきた物好きが一人。
それが空だった。言わずもがな、『アヤっち』というあだ名は綾瀬院の『綾』からとられている。おかげで鈴音は孤立しながらも、孤独ではなくなった。
曰く、『アヤっちからはなーんかやんごとねぇオーラ感じんだよね。なんつーか、器がヤベェって感じ? 分かる?』
無論さっぱり、欠片も分からない。高貴なのかはともかく、普通ではない家に生まれてしまったのは確かではある。が、常人に霊力など見えるはずもないしそもそも鈴音の霊力はゼロなのだ。
「夜更かしはダメっしょ、チミ。……つか寝癖ヤベぇな、これ使えー」
そんな出来事を思い出していた鈴音を他所に空が制服のポケットから出したのは、小さな櫛。輪島塗の中に羽ばたく鶴の絵がこれまた和風だ。
たまに何を言っているのか分からないこともあるが、このような気配りは、空の得意とするところであった。実際何度もそれに助けられている。
「わ、ありがとうございます。お借りしますね」
人に優しくされるというのも、時には必要なのだろう。蒼白だった鈴音の顔に仄かに赤みが戻った。
そして櫛を受け取ったのとは反対の手でバッグを開けて。
「え、と。浜宮さん、もう一つお借りしたいものがあるんですけど」
「あん?」
「一限目の数学のテキストを……」
「……まじパねぇ」
あからさまに呆れた顔をしながらも、空はやっぱり机をくっつけてくれた。
そして、放課後。家が逆方向の空とは下駄箱での別れとなる。そうなれば、自動的に鈴音は一人だ。
深霞町は自然もなければビルもない。ただの何の変哲もない住宅街である。都会の方に働きに出ている人がほとんどなので、昼間から夕方にかけての人通りはないに等しい。
「はぁ、終わってしまいました……」
そんな人気のない舗装道路を、鈴音は一人とぼとぼと歩いていた。授業が終わらないことを、これほど望むようになったのはいつ頃からだろうか。トレーニング用の重りでも引きずっているわけでもないのにその足取りは重い。
今日もまた、指先にひたすら集中させられるだけの時間が待っている。そう考えるほどに歩みは遅くなる。
古より伝わる退魔の家系、綾瀬院の人間なのにと言われてしまえば何も言い返すことは出来ない。しかし鈴音も望んでこの家に生まれたわけではない。
夕焼けの映える住宅街のアスファルト。沈みゆく太陽を背にして歩く足をふと止めれば、輪郭だけでも分かる丸まった背中の自分の影ににらめっこを挑む。そうして考えるのはやはり、退魔師としての在り方だ。
――せめて、使い魔がいれば。
案の定、思考は昨日と同じ『たられば』にたどり着く。
鈴音的には、出来ないものに無理やり突っ込んでいくよりは別の方法を考えたいのだ。そういう意味では現実主義者と言えるかもしれない。
だがそれこそ現実的でないことは、『犬も着いてこない』という小鳥の言葉通りだ。
即ち、『霊力も持たない者に協力する妖魔などいない』という、至極真っ当な理論。残念ながら妖魔たちはボランティア団体ではないし、名前につられて媚を売ってくるほど卑屈でもない。
まさしく八方塞がりなこの状況に鈴音は、もはやため息をつくことしか出来なかった。
家には帰りたくない。
幸いにしてまだ中学生な小鳥は全く違う中等教育学校に通っており、流石にこちらの高校までは干渉してこない。水泳部に所属しているので部活もあるし、あるいはもしかしたら夜に時間を取りたいからこそ、昼間に頑張って妖魔と戦っているのかもしれない。……ありがた迷惑な話だが。
鈴音は少しでも、屋敷に帰る時間を遅らせたい。そこにおあつらえ向きに差し掛かったのは、幼い頃よく遊んでいた公園だった。
まるで何かに誘われるように、ふらふらとした足取りでそこへ向かう。スクールバッグを柵に引っ掛けてから頭を空っぽにして、昔からよく乗っていたブランコに座った。
地につけた足で前後に揺らしてみると、僅かに鉄同士が擦れる甲高い音が響く。自分が重くなったのか、もしくは鎖が風雨に晒されて劣化しているのか。いずれにせよ時の流れを感じさせる、哀愁漂うBGMに鈴音は思わず涙が溢れそうになった。
「……使い魔が、いたらなぁ」
黙っていると本当に泣いてしまいそうなので、今度は口に出してみる。――出したところで意味などないが。
――もう、帰ろう。
そう決心してブランコから立ち上がった、その瞬間。
背後で物音がした。
慌てて振り向いてみても、誰もいるはずがない。それもそのはず、公園の端に設置されているブランコのすぐ後ろはちょっとした雑木林になっているのだ。たとえ誰かがいたとしても、振り返っただけでは目に映るのは背の高い樹木だけである。
木の葉が擦れただけだろうか。しかしこの時、鈴音は何故だか確信出来た。この音の主が……つまり、藪の中に何者かがいることを。
「……も、もしもし……?」
返事の代わりに返ってきたのは、当然というか風になびく木々のざわめきだけだ。
いや、いる。――ごくり、と唾を飲み込む音が不思議と大きく感じた。
そろり、そろりと林に近づいていく。
もともとは物事に無頓着な性格、薄暗いところやジメジメしたところ、虫なども気にはならない。ちょうど木と木の間が空いているところがあるので、中にも簡単に入れそうだった。
しかし一歩分け入ってみると、流石に表情も険しくなる。何というか、ここだけ急に夜になったかのようだ。
そんな中で、何かが光っている。太陽の光ではない、青白い物体を鈴音は見た。
好奇心か、この場に留まるための口実か。木の幹の間をすり抜けて、それに近づいていく。
一際太い木の根本に落ちているそれは、一見すると半透明な水。しかしただの水ならばすぐ地面に吸われるので地表より盛り上がるはずがないし、何より発光するわけがない。
「……スライム?」
履いている革靴の爪先に当たるか当たらないかのところまで近づいた鈴音が抱いた第一印象はこれだった。誰かが捨てたオモチャなのだろうか。そう言えば昔、『暗闇で光るスライム』というのが流行っていたことを思い出す。
それにしても、ここまで見事に発光するのはなかなか見れない……と、しゃがみこんで近くで見ようとしたその刹那。
ジャンプした。スライムが、だ。
「ひっ!」
顔からサッと血の気が引くが早いが、反射的に顔をのけ反らせる鈴音。そこまで高度がなかったのが幸いして、何とか接触は免れた。あと数センチ頭を下げていたら……。
しかし鈴音の頭の中はそれどころではない。
――妖魔……!
戦闘に連れ出されたこともない鈴音はミラ以外の妖魔を見たことがないが、それしか考えられない。考えるほどに、濡れた雑巾を床に落としたような水音と共に再び地面に落ちたスライムから、思わず大きく後ずさって距離を取った。背中にぶつかった樹から、数枚の木の葉が落ちた。
心臓が早鐘の如く鳴り出す音が聞こえる。嫌な汗が吹き出す悪寒が走る。呼吸が乱れていく焦燥を感じる。
これ以上パニックにならずに済んだのは、日常的にその存在を証明してくれていた小鳥と彼女のパートナー、ミラのおかげと言えるだろう。数回の深呼吸で、何とか鈴音は平静を取り戻した。
「どうしよう……」
見なかったことにするのは簡単だが、それで被害者が出たとなれば寝覚めも悪い。かといって小鳥に連絡するのも……と、小さな鈴のストラップがついた携帯を取り出そうとした鈴音の手が止まった。
正直なところ、まだ学校が終わったと知られたくない。
ならば、と最良の選択をするべく知恵を絞って顔をしかめる鈴音を、しかし妖魔は待ちはしない。
「ん? ……近づいてきてる!?」
ゆっくりと、だが着実に。
僅かに体(?)を伸び縮みさせて、スライムはこちらに向かってきていた。
考えてみれば当たり前のことなのだが、実際に迫られてみるのとはまた違う。鈴音の全身の毛が逆立った。こうなってしまえばもはや選択の余地はない。三十六計逃げるに如かず、だ。
踵を返して雑木林から抜け出しかけたその足は、2歩目にしてピタリと動かなくなった。
再び振り返ってみると、やはり妖魔はずるずると接近してきている。カタツムリのような速度で。
何故、こうまでして進んでくるのか。
そもそも、獲物として捕らえるならばもっと目立つ場所にいれば良いのだ。返り討ちを恐れて隠れているだけなら本末転倒である。
まさか。
鈴音は遠ざかるのを止めた。そしてむしろ、歩み寄った。……自分の直感が正しいのであれば。
「あなた……助けを求めているのですか?」
人語を解する妖魔は上級、とりわけ人型に限られる。見るからに下級も下級なそのスライムに通じる確率は極めて低いことは承知の上だ。しかし鈴音は口に出さずにはいられなかった。
よくよくみると、その体(?)からは白いもやのような煙が上がっていた。蒸発しかかっているのだろうか。
力を持たずに生まれ、このような日の当たらない場所で隠れて。そんなか弱い存在が、目の前で消えかかっている。
「……ごめんなさい」
しかし鈴音はきゅっと下唇を噛んだ。出来損ないとはいえ退魔師、敵に謝るのも違う気がするのだが、もしも自分が霊力の才能に溢れていたのだとしても、それで出来ることと言ったらとどめを刺してやるくらいのことだ。今の鈴音には、それすら出来る力はない。
――何もしてやれない。
いや、そうではない。何かをしてやらなければならない。
「あなたは、私と似ていますね」
いつの間にかまた、目の前まで戻ってきていた鈴音はスライムに向かって手を伸ばす。
すると音もなく、妖魔の方も体(?)を伸ばしてきた。小さな体を精一杯立ち上げて。
双方が触れると、何とも言えない温度と粘っ気と水気が指先に走った。気持ちのいいものではないが、慣れないものでもない。独りでに動きさえしなければ本当にオモチャのスライムのようだ。
そのまま鈴音のしなやかな指は、妖魔の体の側面を慈しむようにつつ、と滑る。そして伸びきった彼(?)の根本で、手のひらを広げてみせた。
ぽとり、と倒れ込むようにして小さな妖魔が小さな鈴音の手の上に乗ってきたのをそのまま胸の前まで持ってくる。落ちかけたのを咄嗟に両手にすることで防いだが、意外に軽く、簡単に持ち上げることが出来た。
「せめて……最期は誰かの手の中にいたいでしょう」
それは人間の、鈴音のエゴかもしれない。ただ鈴音自身なら、独りで死ぬよりはそちらの方がマシだと考えただけのことだ。
スライムは小刻みに震えていた。弱っているからか、 いつものことなのかは分からない。
しかしそう長くも持たないだろう。既にその体(?)は、先程に比べて半分ほど……片手でも十分なほどに縮んでしまっていた。もう、湯気のようなものも出ていない。何故だか、とてもやるせない気持ちだ。
とうとう500円玉くらいの大きさになったところで、妖魔がそこから細い触手のようなものを伸ばしてきたのに首をかしげる鈴音。もはや怯えなどはない。
「何か言いたいのでしょうか……」
意志疎通は不可能だ。悩んだ末に、鈴音は顔を近づけてみることにした。
すると。
「……まぁ」
まるでキスでもするかのように、スライムの触手が鈴音の下唇に触れた。先程自分で噛んだところを、労るように。
「ふふふ。大胆ですね、あなたも」
まさか、ファーストキスを妖魔と交わすことになるとは思わなかった。しかし、それほど悪い気がしないのは何故だろう。生まれて初めて、何かの役に立ったと心から思えたからだろうか。
「……さようなら。もし生まれ変わったら……是非、私の使い魔になって下さいね」
切なく微笑む見送りの言葉は、冗談めかした軽口を添えて。最期にもぞり、と動いた妖魔は、鈴音の言葉に頷いたようにも思えた。
そして、妖魔は完全に消滅した。手のひらに乗っていた、スライムの感覚も欠片も残っていない。
後にぽつんと残され、何とも言えない寂しさに襲われる鈴音。
「……帰りましょう」
小鳥に文句を、ミラに嫌味を言われるだけでもいい。今はとにかく誰かと話がしたかった。そう思えるようになっただけでも、あの妖魔を看取ったかいはあったと言えるのだろうか。
何故だか目尻に溜まっていた涙を拭いてから雑木林を出た鈴音はバッグを肩にかけ、心持ち早足で家に戻るのだった。
腕時計が示す時間は午後の6時半過ぎ。今頃小鳥は夕食を作っているか、遅い帰宅の鈴音に浴びせる小言を考えているかのどちらかだろう。たぶん後者だが。
看取るだけで終わってしまった。御静読感謝です。
もう少しスマートに書ければ良いのですが。……というよりもっと考えてから書けば良いんですが。
では、また次回お会いしませう。




