84 弾丸旅行
シルバーが行ってしまった。
セイラさん曰く、《秘宮》と呼ばれる場所に守りたい人がいるらしい。
セイラさんから話を聞いた時、気が動転してしまった私は、セイラさんの胸を叩きながら大声で泣いてしまった。
シルバーは優しすぎる。本当は自分だって怖いはずなのに誰かを守ろうとする。お父さまみたいに強いわけでもないのに、目標ばかり高くって結果も出ていない。
私のために頑張ってくれているのはわかるから、それが本当に嬉しいけれど、それ以上にシルバーが心配だった。
どれだけ心配でも、待つことしかできない自分が嫌になる。本当は、どこかの誰かではなく、私の傍にいて欲しかった。
「私のこと、守るって言ったくせに」
第二層上空。
魔力の壁に包まれたシルバーは、《秘宮》をめがけ、超高速で飛んでいた。|《紫姫》《セイラ》の魔法で発射された時は、みっともなく叫び声を上げてしまったシルバーだったが、少し落ち着いてくると意外に快適なことに気づき、到着後の作戦を考えられるようになっていた。
「ベストは、獅子王族がメイ達を見つけるまでに倒すことだ」
(倒すのは我だがな)
「うるさいなぁ・・・勝てるんだろ?」
(先ほどの戦闘を見る限りは問題ない)
誰も聞いている人がいないため、シルバーは心の中ではなく、実際に声を出して銀髪鬼と会話する。シルバーのままで鬼の力を引き出しても獅子王族に勝つことはできない。
「問題は既に戦闘が始まっていた場合・・・レギウスの時と同じで、メイとガロウさんには、こっちから攻撃しないってことでいいよね?」
(そうだな。ただし、向こうから攻撃してきたら反撃させてもらう)
「あの固有能力を切るのは無理なの?」
(そこまでする義理はない)
銀髪鬼からのつれない返事に、シルバーは肩を落とした。だが、シルバーには銀髪鬼と交渉する材料はない。獅子王族との戦闘に力を貸してもらえるだけであっても提供される価値は測りしれないものであり、それ以上を求めることなど、できるはずもなかった。
「ガロウさんなら固有能力にも耐えられそうだからメイを連れて逃げてもらうしかないか・・・」
シルバーは、首にかけたネックレスをカチャカチャといじりながら呟く。ネックレスは《秘宮》から帰る際にガロウから渡されたもので、ガロウの牙の一部を砕いた欠片が繋がれていた。
《秘宮》には、外部からの侵入を阻害する機能が備わっている。この機能は《秘宮》を認識できる対象を登録した個体に限定するものであり、登録されていない個体は、無意識のうちに《秘宮》から逸れるような進路を自分から選んでしまう。
本機能により《秘宮》に入ることができるのは、基本的には登録された個体か、中から迎え入れられた場合のみとなるが、登録された個体の体の一部を身につけていると、認識阻害効果を無効化できるというセキュリティホールが存在していた。
「こんなに早く戻ることになるなんて思ってなかったな。でも、僕はガロウさんからもらったペンダントがあるけど、獅子王族はどうやって《秘宮》に入るつもりなんだ・・・?」
《秘宮》に誰が登録されているかはわからない。しかし、普通に考えて、獅子王族の襲撃者が登録されているわけはない。ただ、《秘宮》のこと、メイのことを知っている以上は何かしら侵入手段を準備している可能性が高いだろうと、シルバーは答えのないことをモヤモヤと考えていたが、その内にもっと現実的で差し迫った問題があることに気づいた。
「これ・・・どうやって降りるんだ?」
とにかく早くメイのもとに向かいたいシルバーにとって喜ばしいことに、セイラの作った砲弾は、尋常でないスピードで《秘宮》に向かっていた。砲弾の中は快適で風なども入ってこないが、問題は地面に落ちる時の衝撃である。
地面に落ちる前には速度が遅くなるなど、何らかの衝撃緩和の機能が働く可能性はあるが、そうならない場合、相応の衝撃がシルバーに襲いかかってくることになる。
「落ち着け・・・セイラさんは何て言ってた・・・」
《言霊魔法》は、セイラのみが扱える魔法で、セイラの言葉の通りの効果が発現する。ただ、何でも思った通りの効果になるかと言うと、表現や言い回し、呪文の長さによっても結果が変わるという曖昧なものであるが、少なくとも言ってない効果が魔法に付与されることはない。
つまり、着地を考慮すると読める言葉が呪文に入っていなければ、そんな効果は得られないということになる。
シルバーは、焦燥感に襲われながら、懸命に記憶の中のセイラが唱えていた呪文を思い出す。
「・・・ない。言ってない! あの人は砲弾としか言ってない!!」
記憶の中からセイラの詠唱を掬い上げたシルバーは、大声で嘆いた。獅子王族との戦闘中だったことも影響しているのか、詠唱はシンプルかつ必要最低限なもので、端的に言えば、シルバーを砲弾に見立てて発射するとしか言ってなかった。
すなわち、現在高速で空を飛んでいるシルバーは、実際の砲弾のように地面へと衝突することになる。
「ほんと無茶苦茶だな・・・」
シルバーは、あまりの事態に一周回って落ち着きを取り戻すと、対策を考え始めたが、すぐにほとんどできることがないことに気づいた。
一番最初に思いついたのは、砲弾から脱出することだったが、軽く試しただけで、シルバーの力では砲弾を構成する魔力の壁を崩すことは不可能だと悟った。この時点で、シルバーとしては、砲弾ごと地面に突撃するしかないわけで、やれることは精々《鬼の手》で全身を囲うことぐらいしかない。
「今から《鬼の手》を全力で発動してると消耗が激しくなる。何とかタイミングを合わせて・・・」
シルバーは、着弾のタイミングを計ろうと、地面に目を向けるが、同じような景色が続いているだけで、何の参考にもならなかった。そして、シルバーが別の手段を考えようとした瞬間
ガクンッ
突然砲弾の軌道が変わって高度が下がり始め、シルバーの体が浮遊する。砲弾の上側に押しつけられる勢いで浮かび上がったシルバーは、着弾が近いことを悟り、《鬼の手》の出力を全開まで上げた。
数秒後、シルバーの予想通りに砲弾が地面に衝突する。Sランクハンターの呪文だし、なんやかんやで上手く制御されてるんじゃないかと一縷の望みをかけていたシルバーの想いは虚しくも裏切られ、最高速度のまま地面へと突っ込んだ。
着弾の影響は凄まじく、砕かれた地面の破片が飛び散って、粉塵が舞う。
「・・・ブハッ!」
あまりの勢いに地面の奥までめり込んだシルバーは、《鬼の手》で岩を押し退けながら顔を出す。
「死ぬかと思った・・・」
地面から体を引き抜いたシルバーは、身体の状態を確認する。衝突による激痛は全身に及んでいたが、骨折や、痛みで体が動かせない部分がないことを認識したシルバーは、ホッと息を吐いた。
(《秘宮》は・・・あっちか。ガロウさんからもらったネックレスは上手く機能してるみたい)
(ネックレスの効果は、我にも及ぶようだな。早速向かうか?)
(できれば、襲撃が始まる前に獅子王族を止めたいんだけど・・・)
(残念だが、それは難しそうだな)
「え?」
想定外の言葉に、シルバーが思わず声をあげる。
ズゥゥゥゥン!!
《秘宮》のある方角から鈍い音が響く。
「戦闘の音!?」
(そのようだな。木が倒れたのかもしれん)
シルバーは銀髪鬼からの反応を聞きながら、《秘宮》に向かって駆け出す。
(かなり激しい音だ。あの牙族の男であれば、遅れを取ることはなさそうだが)
シルバーの脳裏にガロウの殺気が蘇る。どこまで本気だったかはわからないが、決して鋭い感覚を持っているわけではないシルバーに死を覚悟させられるほどの殺気を生み出すだけの強さがガロウにはある。
一方、獅子王族側の戦力も不明である。族長が来ていることはわかるが、複数人で攻めてきている可能性もあり、予断を許さない。
《秘宮》のある森林に突入したシルバーは、全く整備されていない道に足を取られながら、ひたすらに走った。本来であれば、広い森の中からメイ達の住む場所を探すために苦労しなければいけないはずだったが、断続的に聞こえてくる戦闘音から大まかな方角がわかるため、シルバーが迷うことはなかった。
必死でメイ達のところに向かうシルバーの脳裏では、獅子王族の襲撃を未然に防げなかった焦りからか、これまでの経験が走馬灯のようによみがえっていた。
リアを守ると言いながら魔物への恐怖心に負けたこと、血鬼討伐の際に実力を発揮できず目の前でシュバルツの身体を貫かれたこと、第一層殲滅作戦で鬼であることを明かす決断ができずにライバルを失いかけたこと。
シルバーは、純粋な戦闘力が足りないこと以上に精神的な弱さが原因で思うように結果を出せなかったことを悔いていた。
そもそも鬼の力を宿すようになったシルバーは弱くない。経験の無さからくる技量不足は否めないが、実力を発揮できれば、ハンターの平均値を上回る。潜在的な能力まで考慮すれば、間違いなく上位に入る。
それでも、シルバーには自信がなかった。銀髪鬼から繰り返し指摘されてきた「お前は弱い」という言葉を口では否定しても心の奥底では銀髪鬼の指摘を認めてしまっている自分自身の認識が、シルバーの心を呪いのように蝕んだ。
今も響き続けている戦闘音が段々と大きくなっていくが、まだメイ達の姿は見えない。
(早く! 少しでも早く、メイ達の所に・・・!!)
シルバーは力の限り駆ける。
(今度こそ上手くやる! 2人を助けてみせる!!)
(・・・だから、お前は弱いのだ。聞こえているだろう? 女の悲鳴が)
(間に合うはず。間に合うはず・・・!!)
未だに途切れない戦闘音と比べると、小さいものだったが、確かにそれは聞こえていた。だが、シルバーは、それを認めたくなくて、気づかない振りをした。
少なくともガロウは無事ではない。
ガロウは、メイの命の恩人で、血は繋がっていないが唯一の家族だった。絶対に死んでほしくない。
銀髪鬼の声は、耳を塞いでも聞こえる。聞かないことはできないのに、ガロウが死んでいるという可能性を受け止めることができず、シルバーは無意識のうちに銀髪鬼のことを無視した。
それが自身の弱さの根源であることからも目を逸らしながら。




