83 黒檻回収阻止
「おい。本当に来るんだろうな?」
ノイエの声には疑念がこもっている。
「筋は通っている」
アミヤは最低限の言葉で返事をした。
王国軍の目的が亜人の捕獲だとすれば、何らかの回収手段を持っているはずである。その手段が、「亜人を捕まえた檻を飛ばして、第一層のクリスティア王国まで運ぶ」というのは信じがたいが、実際に檻が発射されるのを確認したという情報が雪を経由してシュバルツから提供されているため、アミヤ達としては警戒せざるを得なかった。
「本当に対策はいらないのか?」
「いらない。全員を救うためには、それ以外にない」
「だが、檻は集落の全域に点在している」
「必ずやってみせる。集落の長なら、どんと構えていてくれ」
簡潔を通り越して、言葉足らずなアミヤの問いかけに、長年の付き合いからアミヤの意図を正確に理解したノイエが力強く答えた。
檻の回収を防ぐためにできることは限られる。回収するための仕組み自体を潰すこと、檻を破壊すること、檻の回収を物理的に止めること・・・と、いずれも理論上は可能なだけで、実現は困難といった類の案しかない。
はぐれ者の集落が持つ手札の中で、唯一実現可能性がある案は、ノイエが風を操ることで空へと飛び立つ檻を物理的に止める案だけだった。
ノイエを知る者であれば、1つの檻が回収される事を妨害するぐらいは簡単だろうと言うだろう。しかし、実際には亜人を捕らえた檻の数は数十に及び、しかも全てが見える位置にあるわけでもない。
「今日はなんという日なんだ。俺の故郷を襲った仇に襲われるし、仲間が数十人攫われかけてアミヤが魔眼の封印を解くほど追い込まれるなんて」
「だが、まだ何も失っていない」
「そうだな。シュバルツ達も助けにきてくれたし、もうすぐ新しい命も産まれる」
ノイエは、診療所をチラリと見る。距離が離れているため、何も聞こえてはこないが、中は大騒ぎだろう。
はぐれ者の集落に流れ着いてきた亜人は、様々な過去を持っているが、その過去は例外なくロクでもないという一点は共通している。
そういった事情もあり、通常の亜人の集落と比べて、子どもが産まれる数が圧倒的に少ないため、集落における出産には大きな意味がある。
今日は素晴らしい日になるはずだった。
本当なら今ごろは、ヴォルフはルナの隣で見守るか、邪魔だと追い出された診療所の周りを心配そうにうろついていただろう。しかし、現実のヴォルフは《黒檻》に囚われたまま診療所を遠くから眺めるだけで、子どもが産まれても腕に抱くことすらできない。
ノイエの心は怒りに満ちていた。しかし、頭では冷静にやるべきことが何かを思考し、実行に移していた。
ノイエがやっていることは2つ。
1つは、すぐに最大出力で風を操れるように魔力を高めることである。|《銀色の靴》《アエリス・シルヴァ》には、限界ギリギリまで魔力が充填され、魔法石は緑色に強く発光している。
もう1つは、集落全域に点在している《黒檻|》《・》を薄い風の膜で覆うことである。これは、《黒檻》の回収を視覚に頼らずに感知するためである。
(とんでもない規模と精度だな・・・)
ノイエの傍らにいるアミヤは、静かに驚愕していた。アミヤが感知できるのは目の届く範囲だが、ノイエがやるべきことを考えれば、全ての檻で同じことをしているはずである。少し前に、ノイエが集落を覆う竜巻を発生させていたことを考えれば、規模としては同等だが、精度は段違いである。
「ノイエ」
「ん?」
「その状態はいつまで維持できる?」
「いつまでも」
「根性論は不要だ。事実を話せ」
ノイエがいつもの軽口で答えると、アミヤは眉をひそめた。しかし、ノイエはアミヤの反応を気にする様子もなく、淡々と話し続ける。
「根性論じゃない。これは俺の決意だ。誰一人欠けることなく今日を終えるためなら、俺は何だってやる」
「それを根性論と呼ぶんだ」
「神なんていない。このクソッタレな世界でも、頑張って生きていたらいいことがある。集落のみんなには希望をもってもらいたい。誰かより強いか弱いかなんて、どうでもいい。俺にみんなを助けられる力があるなら、その力を使って集落を守る」
「お前の気持ちはわかる。だが、私は集落の長だ。現実的な判断をする必要がある」
「く、はははっ」
アミヤの返事を聞いたノイエは、心底おかしいといった様子で噴き出した。
「ちょっとはノってくれよ。俺が滑ったみたいじゃないか。まぁ、アレだ。あと数時間は大丈夫だ。シュバルツ達の言う通り、王国軍がマトモな判断ができるなら、そろそろ来るだろ」
「・・・わかった。ならば檻の回収については任せた。私は檻を破壊する段取りを詰めよう」
緊迫した状況でも軽口を叩き続けるノイエと、どこまでいっても冷静に受け答えをするアミヤ、全く異なる2人がダラダラと話を続けていると、余裕のない様子でアミヤに声をかける亜人が現れた。
「アミヤ様!」
突然の声かけにアミヤ達はガバッと振り向いた。それは、未だ去らない集落の危機の中でも平然と会話していた2人からすれば、違和感のある様子だったが、問題は亜人の駆けてきた方向にある建物である。
診療所を背にした亜人は、興奮を収めようともせずに叫んだ。
「ルナが! ルナの子供が!! 無事に産まれました!」
「本当か!? あいつ、やりやがったな!!」
「良かった。ヴォルフにも知らせてやってくれ」
ノイエは大袈裟に喜び、アミヤはホッと胸を撫でおろしつつ、冷静に次の指示を出した。アミヤの指示を聞いた亜人は、あらかじめヴォルフの位置を確認していたのか、点在している檻のうち、ヴォルフが捕らわれている檻に向かって、一目散に駆け出した。
「終わり良ければ全て良し・・・だな」
「どうした?」
「ついさっきまで、今日は最低最悪な日だった。だが、ルナがやってくれた」
淡々と話すノイエの足元で|《銀色の靴》《アエリス・シルヴァ》に嵌め込まれた魔法石が輝きを強める。
「あとは、俺がやるだけだ。ルナに伝えてくれ。ヴォルフとみんなは、俺が必ず守ると」
「わかった。頼んだぞ」
アミヤを見送ったノイエは、深く息を吐いて目を閉じた。目の前の檻が見えなくなるが、自身の操る風からのフィードバックにより、全ての檻の状態を感じ取る。
それから数分間は、何も起きなかった。
そして、遠まきにノイエを眺めていた集落の亜人達が、このまま何事も起こらないのではないかと気を緩めはじめた頃、それは始まった。
何の前触れもなく、《黒檻》が円錐形に変形する。さらに、次の瞬間《黒檻》は空へと打ち出され、瞬く間に最高速度まで加速した。
数十の黒い檻がミサイルのように空へと向かう。
「行かせるかよっ!!」
ノイエの足元が大きく緑に発光する。全ての檻が同時に動くのは、想定の中でも最悪のシナリオであったが、ノイエの目に諦めの色はない。
次の瞬間、全ての《黒檻》をちょうど覆う規模の竜巻が同時に発生する。外からは檻が見えなくなるほどの分厚さの風の壁により、《黒檻》の進行が阻まれる。
「よしっっ・・・!」
ノイエは、最も懸念していた「最大出力の竜巻で檻の進行を止められないという事象」が発生しなかったことを喜んだ。さらに、間髪を入れず、2つの実験を行う。
1つは、現在の出力を100とした時に10ずつ出力を下げた竜巻を合計9つ作り出すことである。実験の結果、檻を止めるには30から40の間の力で十分なことを理解したノイエは出力を引き下げる。
もう1つは《黒檻》の移動である。竜巻ではなく、球の形に再構成した風で無理矢理黒い檻を自身の目の前に落とした。
「仕上げだ!!」
そこからは早かった。ノイエは、最初に地面に落とした《黒檻》に重なるように、次から次へと《黒檻》を移動させていく。
数分後には、全ての《黒檻》がノイエの目の前に積み上げられ、風で作った大きな球の中に閉じ込められていた。
風の檻に封じられた数十の《黒檻》はガタガタと動くものの噛み合わず、推進力は精々数個分までしか増えなかったため、ノイエの風に簡単に抑え込まれた。
「あとは根比べだな」
ノイエは《黒檻》が風を突破できないギリギリの出力に調整しつつ、目の前の《黒檻》を睨みつける。
ノイエの想定では、《黒檻》は長時間は飛べないと考えていた。第二層から第一層まで檻を飛ばす必要があるため、数時間程度は飛ぶかもしれないが、魔力を蓄積するような機構は見当たらない。
そして、このまま《黒檻》内の魔力が枯渇するまで、ノイエが《黒檻》を封殺すると思われたが、現実は甘くなかった。
バラバラだった《黒檻》が、突如グニャグニャと形を変え、1つの大きな檻に変化する。
「おい、嘘だろ!?」
巨大な檻に変化した《黒檻》は、これまでとは比べものにならない規模の推力でもって、ノイエの生み出した風の檻を引きちぎろうとした。
ノイエは慌てて風の出力を引き上げるが、限界まで出力を上げても《黒檻》を抑えきれず、徐々に空へと浮かび始める。
「ぐっ・・・くっそ・・・!!」
ノイエの足元、《銀色の靴》に嵌め込まれた魔法石が激しく発光する。
(マズイ・・・この出力を長時間維持するのは・・・)
現在の危機に対処するため、後のことを考えずに限界ギリギリの出力で《黒檻》を抑え込むノイエは、歯を食いしばり、ひたすら耐える。
「ぐっ・・・がっ・・・あああああっ!!」
《黒檻》を抑え続けるノイエは、ついに姿勢を維持することが厳しくなってきたのか、片膝をついた。ノイエが操る風も出力が落ちはじめたのか、少し浮いては落ち、浮いては落ちを繰り返していた《黒檻》高度が、徐々に上がり始める。
「ッ・・・!!」
「まだだっ!!」
もはや声を上げることすらできなくなったノイエの瞳が絶望に染まろうとした瞬間、《黒檻》の檻の部分に炎でできた錨のようなものが打ち込まれる。
「どおりゃゃゃああああああっっ!!」
炎の錨に引っ張られた《黒檻》が再度地面へと落ちる。
突然の助力に驚愕したノイエが、錨の元へと視線を移動させると、両腕から炎を生やしたエルが雄叫びをあげていた。
「ノイエさん、はい。あーん」
突如加勢したエルを見たノイエが状況を忘れて呆然としていると、畳みかけるように登場した雪がノイエを上から覗き込むように声をかける。
「雪!? 一体何がどうなって」
「いいから。早く口を開けて」
現状に理解が追いつかないノイエであったが、今は細かいことを気にしている場合ではないことを思い出したのか、雪の指示通りに口を開けると、雪は白い花のようなものを握り潰した。
雪の手から透明な雫がポタポタと落ちて、ノイエの口の中に入る。次の瞬間、これまで苦しそうに膝をついていたノイエは、勢いよく立ち上がった。
雪の武器《白百合》は戦闘による成果に応じて、特殊な効果を持つ花、《白華》を咲かせる。花の成分が持つ効果は《完全回復》であり、花1つ分の雫を飲めば、体力が全快する。
「こいつはすげぇ!」
「良かった。でも、もうストックがないわ」
「いや、助かる!! でも俺達を助けて大丈夫なのか?」
「王国軍は全員気絶させて遠くに置いてきたから大丈夫よ。ただ、いつ目覚めるかわからないし、もう私にできることはないから、見張りに戻るわ。エルは置いていくから、こき使ってやって」
「おい!!」
雪からの雑な扱いに思わず抗議するエルだったが、雪本人はさっさとその場を後にしてしまう。その様子を苦笑しながら見ていたノイエは、改めて目の前の《黒檻》を睨みつけた。
(レイガストとの戦闘で消費した魔力も含めて、完全に回復した。エルの補助でかなり消費魔力は節約できそうだし、何とかやれるか!)
「俺たちもやるぞっ!!」
「みんなを助けるんだ!!」
ノイエが気合いを入れ直していると、今度は亜人がワラワラと集まってくる。亜人達はエルの後ろに並ぶと前の人の腰を掴み、力一杯引っ張った。
「お前ら!!」
「燃える展開きたぁぁあああああ!! お前ら、おれについてこい!!!」
実際のところ、亜人達の参加によって《黒檻》を引っ張る力が強くなったかというと、直接的な貢献は小さかった。しかし、ノイエとエルの士気向上に大いに役立つ。
そのまま《黒檻》を抑え込むこと数十分が経過した。いつまでこの状態が続くのか、また《黒檻》によるイレギュラーが起こって状況が悪化するのではないかといった不安要素もあり、ピリピリとした緊張感と、絶対に仲間を助けるという前向きな気持ちが混ざり合うなかで、全員が必死になっていた。
そして、最後の一押しが現れる。
「助けはいるか?」
第二層最強の獅子王族との一騎打ちによる疲労感など、意地でも見せない男は、数十の亜人を捕えられるまでに大きくなった絶望の牢獄を前にしても、余裕綽々な態度を崩さなかった。
「シュバルツ!」
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと手伝え!! まさかタイミング計ってたんじゃないだろうな!?」
「たまたま一番カッコいい瞬間に到着しただけだ」
シュバルツは、エルの追求をサラリとかわすと、鬼の能力で発生させた不可視の力場で《黒檻》を抑え込んだ。
「安心しろ。同じSランクの能力だ」
「はっ! カッコつけやがって。だが、シュバルツの言う通りだ。やるぞお前ら! 心を燃やせ!!」
「うおおおおおおおおおおおおっ!!」
エルのかけ声にこたえ、亜人達が咆哮する。
シュバルツも加わり、余裕をもって《黒檻》を抑えることができるようになったノイエ達は、数時間にわたって《黒檻》の飛行を妨害し続け、ついに誰一人欠けることなく集落を守ることに成功した。




