48 第二層開拓作戦
「・・・今後の作戦継続に必要な予算の手当てはできておらず、至急で臨時予算案の策定が必要となります」
淡々とした声で報告書を読む軍人の前には、豪華な椅子に老人が座っている。顔の皺は深く、ギラギラとした目が特徴的な老人、バーン・クリスティアは、不機嫌そうな表情を一切隠さず、報告を聞いている。
クリスティア王国の第6代国王が発する不穏な空気は、玉座の前で直立している軍人達にも当然のように伝わっており、全員が固い表情になっている。
「それで?」
報告書を読んでいた軍人の声が止まったのを見て、バーン国王がポツリと呟く。声量としては小さいものの、絶対の権力を持つ者の言葉は、聞く者を震え上がらせる。
「お、恐れながら、国王様。それで・・・というのは」
「今日は、儂が自ら考案した第一層殲滅作戦の報告だと思っていたのだが」
「仰せの通りです。国王様」
報告書を読んでいた男、ロイド大佐の返事を聞いたバーン国王は、それっきり黙ってしまう。しかし、何かが足りない状況であることは明白であり、場には重苦しい沈黙が落ちた。
「ロイド大佐。もう報告書は全部読んだだろう。下がってくれ」
「はっ」
後方からかかった声を聞き、ロイド大佐は心底安心したような表情を見せ、そのまま後ろに下がる。
変わりに出てきたのは、燃えるような赤い短髪の男だった。軍服には、大将であることを意味する大きな星が3つ並んでいる。
「バーン国王様、報告書に不足があり、大変申し訳ありません」
「ジグ・ブラスト大将よ。確かに、これは其方の手落ちだな。もちろん、まだ途中段階とはいえ、本作戦を成功に導いた功績が無くなるものではないがの。しかし、ジグ大将。何が足りないかわからんのか?」
「恐れながら」
不思議そうな顔で問うバーン国王に対して、ジグは考える素振りも見せずに言いきった。どうせロクでもないことに違いないという本音は見せず、神妙な面持ちで国王からの返答を待つ。
「第二層」
「は?」
「だから、第二層じゃ。何故この報告書には、第二層のことがほとんど書かれておらんのだ」
「第二層・・・ですか?」
ジグの顔から仮面が外れ、困惑の表情がのぞく。
まだ第一層内の魔獣の殲滅も完了していない状況である。第二層については、第一層への侵略を警戒してこそいるが、それ以上の情報はない。
「その顔、ピンときておらんようじゃな。良いか。そもそも儂が今回の作戦を立案した理由はなんじゃ。そう。お前たちに任せていたら、いつまでも人間の領土が広がらないからじゃった」
「それは・・・」
「それで何とか作戦を成功させ、やっと報告書を作ってきたと思ったら、第一層内の殲滅作戦は継続中だの、獲得した領土の運用を検討中だの。あげくには予算がないじゃと。そんなことはわかっとる!! なぜ第二層の侵攻に向けたプランの検討について、一言も触れられておらん!?」
バーン国王がほとんど叫ぶ勢いで叱責する。問題点を指摘しているうちにヒートアップしてきたのか、皺だらけの顔は真っ赤に染まっている。
「お前たちは言われたことしかできんのか!? えぇ、どうなんだ。ジグ大将! 申し開きがあるなら言ってみろ!!」
「国王様。挽回の機会を賜り、誠にありがとうございます。指摘いただいた通り、その観点は抜けておりました。すぐにプランを練り、報告させていただきます。方向性としては、まず、第一層の平定を終えたうえで、第一層と第二層の境界付近に前線基地を・・・」
「同時並行だ」
「は?」
「第一層の魔物殲滅は当然だが完遂する必要がある。儂が立案した作戦を止めることなど許されん。ただ、領土拡大に向けた作戦行動を止めることも許さん」
バーン国王の発言を聞いたジグは、想定外の展開に、一瞬目を丸くするが、すぐに表情を消した。
基本的に、バーン国王の発言が覆ることはない。反対することに意味はなく、むしろ自分の評価を下げるだけであることをジグは良く知っていたが、それでも今回だけは反対しようかと、すぐに同意の返事をせず、何を言うべきかを考えるために沈黙することを選んだ。
時間にして、2〜3秒。短い時間ではあるが、一国の王と話す際の沈黙としては長すぎる時を経て、国王への反論が始まる。
「国王様!」
声をあげたのは、ジグではなかった。
「なっ! マイラス。よせ」
「バーン国王様。大変申し上げにくいのですが、第一層内の殲滅と、第二層の進行を同時にこなすのは不可能です。そもそも第一層の殲滅作戦ですら実行には大変な負荷がかかります。大部隊が長時間活動できるような補給体制の構築から始めなければな・・・」
「黙れ黙れ黙れ!!」
「しかし、国王様!」
「黙れと言っている! この儂の意見に口ごたえをするなど信じられん。一体何様のつもりだ。お前のような者が我がクリスティア王国の軍隊にいるのか・・・所属と名前を名乗れ」
激昂し、大声を張り上げていたバーン国王であったが、怒りが限界を越えると一転して落ち着いた様子を見せ、底冷えのする声でマイラスへと質問する。
国王の指示に口を挟み、意見を言おうとしていたマイラスであったが、流石に国王からの質問を無視することはできない。自身の所属を答えようとした瞬間
ゴッッッ
マイラスの頬を、ジグが思いきりぶん殴った。ジグの体からはメラメラと炎が上がっている。
上官による突然の暴力に吹き飛ばされたマイラスは、受け身も取れずに床に叩きつけられる。
「今すぐ出ていけ!」
「し、しかし、ブラスト大将。あの計画では・・・」
なおも抗弁しようとするマイラスの首をジグが掴み、そのまま乱暴に持ち上げた。
ジグの体から出ている炎は、マイラスを掴んでいる右手からは炎が出ないようにコントロールされている。しかし、熱が伝播することまでは防げないのか、マイラスの顔には大粒の汗が浮かび始める」
「それはお前の仕事ではない。バーン国王様は、クリスティア王国のあらゆる情報を把握されたうえで、作戦を立案されている。極々一部を見ているだけの者が口を出すものではない。ロイド大佐。彼を連れて、部屋から出ていけ」
「ハッ!」
話は終わりだとばかりにジグは、マイラスをロイドの方へと放り投げる。
「バーン国王様、部下の教育ができておらず、大変申し訳ありませんでした」
マイラスの制服の首元を掴んだロイドが、ズルズルと引き摺りながら退室するのを待たず、ジグは国王の方を振り返る。
「部下を殴るなど、貴公らしくない。それよりも、国王のいる場で炎を出すのは歓迎できませんな」
「貴方を信頼してのことだ。ノルディック・ブラム殿。国王様には熱気すら届いていないのだろう?」
ノルディック・ブラム。国王直轄という特殊な立場で働く魔法使いであり、全身をグレーのローブで覆った彼は、ジグの言葉に冷静に応じた。
「それはその通り。ところで、国王様への質問の答えがまだですな」
「国王様に名前を覚えていただく価値の無い者だ。それよりも、もっと重要な話をすべきだ」
「それを判断するのは、ジグ大将。君ではない。無論私でもない」
そう言ったノルディックは、バーン国王の方をチラリと見る。
「もう良い。ノルディックよ。直属の上官が指導をしたのだ。それを飛び越えて、儂が処分を下すのは無粋というものだ」
「承知しました。では、あの者の除隊は見送りましょう」
ノルディックは淡々と述べる。
「寛大なお言葉、感謝いたします」
「では、話を戻すが、ブラスト大将。どうする?」
「ご指示通り、同時並行で進めます。第一層の方は、本日の報告通りに。ただ、第二層については懸念点がいくつか」
「述べてみよ」
「第二層の領土拡大に向かうための拠点が必要です。通常であれば、城壁外の国民へ移住を促すところですが、第二層は我々にとって未知の領域です。移住を募るにしても人が集まらないリスクがあります」
「移住後の報酬を弾んでやれば良かろう。リスクなど気にならないくらいにな」
「城壁外の居住民への報酬は、既に我が国の財政をかなり圧迫している状況です。今後も増加が見込まれているところに追い打ちをかけることになります」
「これは投資じゃ。領土拡大で国が強くなれば、そんなものは回収できる!」
「っ・・・承知しました。あとは、移住した国民の安全確保です。我が軍も派遣するつもりですが、Aランク以上のハンターが複数名必要です」
「儂からハンター協会に要請しておく。国王からの命令じゃ。ガイアも快よく引き受けるじゃろう。なにせ儂はこの国で最も偉いんじゃからな。ガハハハハハッ!」
「・・・ありがとうございます。大きな課題は、今申し上げた通りです。細かい部分はこちらで詰めてまいります」
「ふむ。楽しみにしておるぞ。しかし・・・そうじゃな。作戦の指揮は外れるようだが、お主には、引き続き、第一層中心に見てもらうことにしよう」
「それは・・・」
「気にするな。部下に無理をさせるようでは、上に立つ者として失格じゃ」
「ありがとうございます」
どの口でそんなことを、と言ってしまいそうになるのを必死で堪えつつ、ジグは無難な返事で終わらせる。
と、同時に、ジグは心の中で舌打ちしていた。国王が積極的に何かをしようとすると、大抵はロクでもないことが起きるからだ。今回も、何か厄介なことが起きるだろうと覚悟を決めて、ジグは国王の言葉を待つ。
「第二層の開拓は別の者に任せる。ザムザはおるか」
「もちろんです。国王様」
ザムザと呼ばれた男が、国王の前まで出てきて跪く。軍人とは思えないほどに出た腹のために、特注で作られたビッグサイズの軍服には、ジグ同様、大将を示す大きな3つの星が並んでいる。
「話は聞いていたな。お主に第二層を任せる」
「もちろんです国王様。この国で最も偉い貴方の考えに反対するなど、私はもちろん、私の部下も絶対にやりません」
そう言ったザムザは、隣にいるジグをチラッと見る。部下のくだりは、ジグに対する嫌味であったが、ジグ本人に気にしたところが見えない様子を確認すると、不快そうに舌打ちをしたうえで、何事も無かったかのように国王の方へ向き直る。
国王は、ザムザの返答に気を良くしたのか、それとも、部下のことを慮った自分に自画自賛をしているのかはわからないが、少し前までの怒りは鳴りを潜めていた。
「では、本件はザムザ大将に一任する。ジグも良いな」
「異論ありません」
「よろしい。第二層開拓作戦を始動せよ!」




