第55話 醜悪祭(終)
はい、魔獣大侵攻終結です。
次は第一章のエピローグ、投稿は今日を目指しています。
それでは本日1話目、どうぞ。
ブックマーク150件、ありがとうございます。
地竜の断末魔が聞こえ、本陣にいたエルライドとフィリップは建て直した天幕から出てきていた。
聖女は別の天幕で護衛の聖騎士と共に待機している、誘拐されてから情緒不安定となってしまっている彼女たちには最低限の護衛が天幕周りには配備されている。
本陣から魔王が地竜にトドメを刺したのを見たエルライドは声を上げて笑っていた。
後から出てきたサウザー公爵―――ザクネスは何とも言えない複雑な顔を浮かべている。
それもそうだろう、ザクネスが集めた貴族連合の兵士たちはその殆どを失うこととなった。
救援が来てから持ち直した兵達もいたが、魔獣大侵攻という災害に見舞われてしまい、根こそぎといっていいほどに壊走してしまった。
五体満足でいられる者が大半でも、心の傷を負ってしまった彼らが再び戦場に立てるかといえば、素直に肯く事は出来ない。
それほどまでに、魔獣の波という『死の体現』を間近に見てしまった彼らは打ちのめされてしまったのだ、先頭経験など毛の生えた程度しかない徴兵された元村民には耐えられるものではない。
将来起きた筈の継承権を巡る内戦は、予想していなかった災害によって潰える事となったのだ。
「…良かったですねサウザー公爵、僅か1日でこの魔獣大侵攻は終わりましたよ。
公爵領はこの魔獣たちの素材を回収して、連合の兵士たち、この戦いに参加した冒険者たちに臨時報酬を与えるといい。
死んでしまった兵たちの家族にも見舞金でも送れば、きっと感謝されるだろう。
…まぁ、一番の手柄でもある地竜の素材は僕のユーリの物になりますから、それ以外にはなりますが」
そう、この魔獣大侵攻でもっとも強大な敵を倒したのはエルライドが連れてきた冒険者たちの1人にしてエルライドに付き従う規格外の魔法使い、ユーリだった。
聖女を連れ戻してきたのもユーリ、魔獣大侵攻を解決したのもユーリ。
ザクネスの功績でも何でもない、全てエルライドのものとなったのだ。
「は、はは、ははは、ははははは。
終わりだ、終わりだ私は…」
たった1日で将来の目論見までもが破産してしまったのである、半ば放心状態のザクネスに対して不敬と処断せずにエルライドはただちらりと見るだけに留まった。
サウザー公爵家の執事がザクネスを連れていく、エルライドに恭しく頭を下げてその場から去っていった。
サウザー公爵家は当面の間何も出来なくなるだろう、あとは背後にいる共犯者を探し出し対処してしまえばアボリスなど歯牙にも掛けられなくなるだろう。
アボリス当人はエルライドを敵視しているが、それに対してエルライドは時期にアボリスを敵とすら認識しなくなるのは間違いない。
「…いっぱい、死んだね」
「そうですね」
ぽつりと、そう呟くエルライドに、フィリップが相槌を打つ。
他にもっと言う事が無いのかとユーリ辺りは言うだろうが、フィリップとしては何も言う事が無いのだ。
膨大な犠牲の元に出来上がった将来の布石を、この光景を一生フィリップは忘れずにいるだろう。
「……僕は…僕らは、これだけの犠牲の上に、何かを成せるのかな?」
フィリップにではなく、ただ不安の色の濃い声の篭った言葉をエルライドが吐いた。
自らの計画に間違いなど無いと、そう思って進めた結果がこれなのかと思えば、本当にこの計画を実行したことが正しかったのかと、そう後悔の念が過ぎったのである。
もっと何か良い手段があったのではないか、何もここまで大規模な事態にではなく、事件に近い事故の様なものを起こし、邪魔な貴族たちだけを狙った計画を立てても良かったのではないか、そう考えた事もあった。
しかし、どれも違和感が残る印象がついてしまい、結局この計画に決まったのである。
「…成さなければならないのです、私たちは」
フィリップが力強く返した。
痛みの伴わない改革など無い、犠牲の無い変革など有りはしないのだと、有史以来の厳然たる事実を知っているからこそ、そう口にしたのだ。
賽は既に投げられた、後はエルライドの采配で成すか、成さないのか。
結局の所、フィリップにエルライドの心を守ることは出来ない。
彼に出来るのはエルライドの体を守るだけ、心は別の者に任せてしまっていた。
地竜を倒して楽しげに笑っているだろう調子に乗りやすい新米魔王は、エルライドの元に戻ってきていつものように説教が始まるのだ。
「そうだね…僕としたことが、つまらない事を言ってしまった。
フィリップ、さっき僕が言った事は忘れて」
「………」
フィリップは返事はせず、ただ一礼をする事でエルライドの言葉を実行することにした。
太陽が欠け始めた、気の早い後方の冒険者たちが宴の準備だと急いで夕食の準備を始めていた。
【醜悪祭】は、エルライドの脚本通りの結果を齎し、幕を下ろした。
■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■
魔獣大侵攻が終わって、俺はちょっとした有名人になった。
後方に戻って来て揉みくちゃにされて、軽いセクハラも受けたりと大変だったが、まあ悪い気はしなかったな。
後方にいる連中の中で調理を担当していた連中が大急ぎで宴会の為の料理を作っていた。
それまで俺やアッキー達前線の連中はイスに座ってのんびりだらりとまっているだけでいいと思ったんだが、俺は現在アッキー達と別れていた。
どこにいるのかというと…、
「―――おい手前ら、手が遅いんだよっ!!
もっと回せよ、皿が足りてねえぞ!!」
「す、すいません!!」
「おらそこぉっ、何下拵え適当にしてやがる、食わす連中にクソ不味いメシ食わせる気かぁ!?」
「ひ、ひぃっ!?
き、気をつけますぅっ!!」
「何ぼさっと突っ立ってやがるそこのデクがっ!!
出来た料理をとっとと持ってけバカやろうっ!!」
「い、急ぎますぅっ!!」
何故か厨房にいた、どうしてこうなった?
料理をしながら話を聞いてみると、俺が一時期ここで作った料理が冒険者たちの中でもかなり噂になっていたらしく、地竜を倒して殆ど休む事無く俺は野外厨房で鉄ナベを振るっていた、解せぬ。
ていうかもう宴会始まってるし、まさか俺はここで延々と料理を作って一緒に前線で戦った連中とメシを食うことが出来ないのか?
なんてひどい、新たな戦いがこんな形で始まるなんて、あんまりだ。
「ようユーリ、何か手伝うことはあるか?」
果実酒片手にアッキーがきやがった、焼けた鉄ナベ投げてぇ。
俺は忙しく鉄ナベ回してるのに、こいつは料理に酒かよこのヤロウ。
「ザッケンなバカアッキー!!
酔っ払いに料理任せるとか狂人に刃物同然、そんな食材を無駄にすることなんざ出来るか!!
第一お前料理出来ないだろうが、毒物作る気か!?」
アニメやコミックみたいな七色に光る毒物になったりしないが、こいつの料理は美味くない、どころか不味い。
才能がないんだろう、母さんと違って努力してもこいつの料理の腕は底辺で上達する事は恐らく一生無い。
「はは、そうだったそうだった!!
俺には料理の才能が無いんだった、食べる専門でした。
ユーリみたくやれば大抵の事が出来ちまうチート野郎とは違うんでしたー!!」
「め、めんどくせぇなこいつ。
前は酒飲んでも完全シラフだったのに…異世界きてから絡み酒になりやがったか」
ていうか酒に酔っているアッキーとかはじめて見た。
スマホあったら録画して次の日弄っていたんだろうが、アッキーもこの世界に来た時何も持っていなかったらしいからな、そういう事は出来そうに無い。
写真も無いし…いや、写真の原理は知識として知っているし、ちょっと魔法で再現すれば意外といけるか?
光魔法あるし…今度実験してみよう。
アッキーは一頻り俺をおちょくると宴会に戻っていった、何がしたかったんだいつは。
「やぁユーリ、新しい戦場の活躍振りはどう?」
今度はエルライドがやってきた、式典を後回しにして宴会を先に優先させているから暇なんだろう。
護衛で一緒にいる隻眼は俺が作った肉団子を頬張ってやがる、仕事しろお前熱湯ぶっかけるぞ。
「最悪だよ、俺地竜倒したある意味この戦いの一番の功労者だよね?
なんでそんな俺が休む時間もロクにくれずに料理場でナベ振ってるのか意味わからないし!!
俺のご褒美どこに行った!?」
まぁ自作自演の命懸けな茶番劇に功労者もクソも無いんだが、せめて簡易ベットの上で仮眠くらいさせてほしい、切実に俺は睡眠がとりたいんだ。
「ふふ、戦いに疲れた勇士達を労うには美味しい料理と酒、あとは…女は無理だから置いとくとして、まぁその2つくらいは満たしてあげないとね。
で、この中でユーリが一番料理上手だから頑張ってもらわないと」
「仕事範囲が広すぎるぜご主人様…」
「ユーリのご主人様だからね?」
気が遠くなってきた、まさにその一言に凝縮されたとしか思えない。
別に俺が悪いとかそういう訳じゃなく、ただエルライドに仕えているとこういう事があるという一つの事例なのだ。
俺の使い方というのをよく理解したエルライドらしい使い方だ、脱帽するしかない。
「―――そういう訳でユーリ、僕お腹空いているんだ。
何か美味しい料理を作ってくれないかな?」
「ナニ言っちゃってんの王子様!?
自分専属の料理人連れてきてたでしょ、そっちの食えよ!!」
「ユーリの手作りが食べたいんだ……ダメ?」
ぐっ、なんだその『お腹空き過ぎて泣いちゃいそうなんだ』的な目は!!
可愛いじゃねえか、男だが。
とはいえ材料が正直良い物じゃないから、味は正直保障できないんだが、どうすればいいんだろうか。
…作るのいつの間にか決定してたな。
さすがエルライド、俺にどういえば意見が通るのかよく理解してやがる。
「……材料は?」
「フィリップが持ってきてるよ」
「一通り持ってきた、これで王子の夕食を作ってほしい」
隻眼が背中に背負っていた袋からどれも新鮮な野菜と肉が出てくる、完璧に俺がどう対処してくるのか予期してやがった、お手上げだなもう。
俺はそれまでやっていた料理を更に急いで終わらせると、近くで料理をしていた奴に後の事を全て任した。
悪いな、俺の最優先はエルライドなんだ。
調味料も揃っているし、フルコースは無理でも今この場で出来る最高の料理を振舞おう。
隻眼はついでだ、エルライドに使った材料の残りでそこそこ食えるのは作ってやろう。
魔獣大侵攻が終わっても、俺の戦いは当分続くのだった。
読んで頂き、ありがとうございました。
感想など、お待ちしています。




