閑話 勇者召喚
次は、18時投稿です。
最近、友人が死んだ。
高校からの仲だったが、最初はお互い半年近く、文化祭の準備が始まるまで話そうとしないほどに接点のなかった俺たちは、いざ話すと妙なほどに歯車が合った。
そいつは何も知らなかった。
いや、勉強は出来た、むしろ何で就職寄りの工業高校にお前みたいな普通化の特進クラスにいそうなレベルの奴がいるんだよと聞くと、『勉強好きじゃないから』とふざけた事言いやがった。
しかもこいつは思いっきり文系、しかも理系の勉強をするせいで、専門教科はボロボロ過ぎて順位はいつも真ん中辺り、なんというか、高校選択を失敗した残念な奴だった。
取り立てて面白い奴、というほどじゃないと思う。
あいつはクラスメイトと話さず本を黙々と読んでいるタイプで、クラスに溶け込むような積極な意思を持っていなかった。
対する俺といえば毒舌キャラを生かして一定のグループを形成していて、そこそこ楽しい高校ライフを送っていた。
そしてようやく接点を持った頃、どこか疲れたような顔をしていたこいつは同い年で一体どうしたらこれだけ疲れた顔を出来るのだろうと不思議に思ったほどだ。
『家が面倒でな』と詳しい事を言わないあいつに、俺は『そうか』としか返す事は出来ないし、しなかった。
聞かれたくないという表情をしているのが分かったからだ、俺もそこまで悪辣な性格はしていない。
あいつは消極的な性格をしているくせに、何故か生徒会に入っていた。
俺の通った高校の生徒会はいわば雑用だ、教師が職員会議で既に決まった事を生徒に教え、資料を渡し、そしてそれを生徒会役員が成形していくと言うものだ。
正直内申点の為にいるのかイベント企画するのが好きでやっているのか分からない組織だな。
あいつの性格上、そんな率先して動くようなタイプじゃない、むしろそういった事をしている連中を遠目から見ているタイプで、自らは動かずにいるような奴だ。
なのに、何故かあいつは生徒会で庶務をしていた、正直言って何をしたいのかよく分からない奴としか言えない。
その何をしたいのかよく分からない精神構造をした奴の名前は三峰葵。
正直と性悪を掛け合わせた傍若無人で、見ていて不安になってくる奴だ。
アオイを見ていると、何故か俺は怖くなった。
俺達とは違う視点で物事の価値を決めた奴を俺ははじめて見た。
怖かったが、だからこそ俺はアオイがどういう奴かもっと知りたくなった。
どこかで安心したかったんだと思う、理解出来ない奴が一体どういう判断基準で物事を進めていくのか、理解したかった。
半ば無理やり俺のいたグループに入れたアオイは、すぐに俺の近くに来た、俺がこのグループの中心だとすぐに気付いていたようだった。
話してみると表情はともかく話が途切れない変わった奴だった、知っている事といえば政治や社会情勢、経済、あとは何故か金儲けの話ばかりだったが、反対に俺からしてみれば新鮮だった。
高校生の話題といえばゲームやアニメに漫画、それに恋愛や部活といった事が主題なはずなのに、アオイはどこかずれていたし、何も知らなかった。
アオイは俺に知らない知識を、俺はアオイの知らないゲームやアニメ、それにPCゲームや今まで読んだ事のなかったというグラビア雑誌とか色々教えていった。
どちらかといえば、俺の方が色々教えていたと思う、アオイの知識量はかなりのものだったが、面白くはなかったからな。
で、アオイは何故かモテた。
こんな魚の屍骸みたいな目をした奴のどこにモテる要素があるのか不明だったが、こいつは一緒にいると中々に甲斐甲斐しい、端的に言うと優しいのだ、病的なほどに。
顔立ちも見苦しくも無い、1万歩譲ってその陰気な部分を除けば、爽やかと言えなくも無くも無いと思う。
男の俺達には少々手厳しいが、それでも世話を焼いてくれるような奴である。
しかし、アオイは壊滅的にその手の事情に疎かった。
ラブレターが下駄箱に届けられていて、いざ読んでみると何故か俺に手渡してきて『どう思う』と聞いてくるのだ、俺こそ聞きたい、『何がだ』と。
内容はアオイの優しさに当てられた生徒が昼休み屋上に来てくださいという奴だ、俺は一度としてもらったことはない、毒舌キャラがきつすぎて女子生徒から敬遠されてしまっていた。
そしてアオイが出した結論は、屋上には行かないというものだった、こいつすっぽかしやがったんだよ。
信じられない、どうして行かなかったんだとラブレターの事を知っている奴が聞くと、『どう見ても男の文字だろこれ』といって行こうとしなかったらしい。
確かに字は汚いが、それでも便箋は女子生徒にはやっているレターセットの奴だから、いくらなんでも男子はないだろうと思ったんだが、放課後になって修羅場が発動した。
アオイの言ったとおり、ラブレターを贈ったのは男だった。
しかも生徒会にいたアオイの後輩で、同じ会計係の奴だ。
どうやら甲斐甲斐しく相手をし過ぎていた所為で当てられたらしい、元男子校とあってその手の奴がいなくもないという可能性はあったが、まさか我が友人にそのような場面が訪れるとは思ってもみなかった。
別に俺は同性愛者の連中に否定的な意見は持っていない、とりあえずマナーを守ればたとえ友人でも付き合う位に寛容だ、はっきりと言おう、俺はノーマルだと断言しておくが。
話を戻すが、アオイはその場で断った、『好きと言ってくれて嬉しいが無理だ』と正直に言った。
その後後輩は生徒会をやめた、まぁ振られた相手と一緒にいるのは辛いのは男も女も一緒だな。
アオイはクラスの連中に修羅場については緘口令を強制的に発動して教師の耳には入らなかった、卒業してからもそういった話が出ない辺り、そうしたイジメは発生しなかったらしい。
ほとぼりが冷めた頃、どうして断ったのかと聞いてみた。
その頃になってようやくアオイの判断基準が分かってきたが、こいつはおそらく男も女も本気で好きになったら躊躇なく好きだと言ってしまう奴だ。
だからあの後輩の好意をどうして払ったのか聞いてみたのだ。
『自分の事が精一杯で、相手の事を思いやれる自信がない』とはっきり返した。
聞きもしないのに、アオイは自分の身の上話をし始めた。
どうやら生まれてこの方両親に育児放棄というのをされていて、姉に色々と教わって辛うじて人間らしく振舞っているだけで、実際の自分は空っぽで判断基準がこれまで読んだ本を統合した結果があのぶっ飛んだ精神構造の正体だと疲れたように笑った。
アオイは他人が自分に向ける感情が理解出来ないと言った。
自己評価が地の底にあるアオイには、どうして自分がそんな好意を向けられるのかもよく分かっていなかったらしい。
アオイは沢山の事を知っていたが、自分の事は何も知らなかった。
今でこそ思えば、あいつの生まれた環境が悪かったのだといえる。
アオイの周りには人が異常なほどにいなかった、アオイのお姉さんが色々と外に連れていたが、消極的なアオイは自発的な行動を滅多にしない。
生徒会に入ったのも、元はといえばこのお姉さんが勧めたかららしい。
なまじ上っ面が上手い所為か、その事を誰も気付かなかっただけで、蓋を開ければこれだけ空っぽな人間は見た事がない。
俺はこいつの事を始めて知った気がした。
最後の一年になって、アオイは突然進学すると言い出した、どうやらやってみたいことが出来たらしく、その為に大学に進学したいと言い出したのだ。
進学率は低いが、工業高校から進学する奴は少なからずいた。
別に反対する理由もなかったので、俺は応援した。
俺も専門学校に進学しようとしていたから、同じく進学の勉強をするようになって、一緒にいる時間は更に増えていった。
休憩の合間にアオイはよく話すようになった、大抵は愚痴だが、滅多に弱音を吐かないし、そもそも吐き方を知らないあいつからしたらかなり珍しいものだったといえる。
俺はそれを黙って聞いて、自分なりに真剣に返した、返せたと思う。
殆ど気休めのようなものだったかもしれないが、アオイは何度か『ありがとう』と口にして、それがどこか疲れた顔をしていた。
卒業してからも関係は続いた、とはいえお互いの通っている大学と専門学校は距離が逆で、バイトも始めていたから会うのは1、2ヶ月に1度あるかないかの頻度だ。
どうしてこうまで付き合いが長いのかはアオイは分かっていないだろうし、俺にもよく分からない。
だが、不思議と波長が合った俺達は、日頃何があったのかを肴によく会っていた。
しかし、緩やかにアオイの精神が落ちて行っているのにお互いが就職して久しぶりに会うまで気付けなかった。
久しぶりの席で、俺はアオイの精神状態がかなり不安定になっているのにようやく気付くと、『目が死んでいるぞ、ウツか』と言ってしまった。
だってそうだろう?
現状のアオイは妙に冷めた顔をしている、何事にも関心の無い、希望という言葉を知らないような顔をしていた。
倦怠感で辛うじてここに存在しているような、希薄の無い、存在感の薄い存在にまでなっていたんだ。
ウツかと疑いたくなってとっさに声にしてしまったが、あいつは驚いたような顔をして、次の瞬間泣きそうな顔になっていた。
そこからは一方的な独白だった。
話題の尽きないアオイだが、消極的な性格もあって自己主張もろくに出来ず会社からハブにされたらしい。
前の会社でも何かあったらしいし、こいつには人と人との関係が相変わらず理解出来ずにいたのだ。
自らを社会不適合だと自嘲しながら酒を飲むアオイに、俺はただ黙って話を聞いた。
溜め込み易い性格だったんだろう、話はどんどん遡り、高校の頃俺をどう思っていたのかも聞けた。
どうやら俺は心の傷製造機らしい、心当たりが多すぎて否定出来ずに笑ってしまう、あの頃は俺もキャラを作って必死だったな。
せめてもの救いはアオイのお姉さんだな、キャリア官僚なのに自分の娘の面倒を見るという理由を作ってよくアオイと話していたらしい。
姪2人を可愛がれていると聞いて、俺は少しだけ安心した、何とか羽を休める場所はあるように見えたからだ。
そして日を跨いで深夜になってようやくお開きになると、『今度精神病院行ってくる』と言ってアオイと別れた。
そして何日かしてメールが来た『クロ、ウツだった』という短くもはっきりした一文だ。
とはいえ仕事中の俺はスマホを使っている余裕はない、これでも帳簿と睨めっこしてるんだ。
仕事が終わるとすぐに電話をした、情緒不安定になっていたアオイの暗い声を聞いておきたかったんだが、何故か電話は繋がらなかった。
ウツだと分かってショックで寝込んだのかと思い、何とか連絡をしてみたが、一向に連絡が付かない。
だが3日後、俺のアパートに思わぬ葉書が届いた。
『故:三峰葵様ご葬儀出席について』とプリントされた友人の名前と葬儀場の地図だった。
俺はすぐに指定された葬儀場へ向かった。
交通事故だったらしい、精神病院の駐車場を出ようとして、確認不足で向かってくるトラックにぶつかったとの事だった。
事件性なんて欠片の無い、ニュースにもならないただの事故として処理されたが、俺にとっては大事件だった。
葬儀には辛うじて交流のあった高校、大学の友人が数名という細々としたもので、アオイの交友関係の狭さが如実に現れた葬式だった。
喪主はまだ両親が存命なのにアオイのお姉さんが取り仕切っていた、どうやら自分の子供が死んでも式に出る気が無かったようで、お姉さんは泣きながら怒っていた。
最後に話をした俺とお姉さんは話したかったようで、アオイの部屋にある物を形見分けとして貰ってくれないかと言われたので、俺はいくつか貰っていく事にした。
アオイの趣味の塊と化したその部屋には、とても見せられないものがいくつかあったので、慌てて車に突っ込む羽目になったのは、どうも気の抜ける話だったが。
あいつ、ウツになっても集める物は集めていたんだな、感心するというかなんと言うか。
パソコンやそういった書籍の類をほぼ全部頂いて、大切に使わせてもらうことにした。
精神構造はかなり不思議な奴だったが、趣味はいいのでな。
そして2ヵ月後、時間をかけて不要必要なものを分けた俺は古本屋に売りに行こうとした所で、足元によく分からない光の魔法陣が現れると、地面があるのにも拘らず沈み込んだ。
沈み込んだ後、俺は目を開けたらなんとも眩しく、だだっ広い空間に立っていた。
「よくぞいらっしゃいました勇者様、この世界をお救いください!!」
目の前には何か巫女らしき美少女が潤んだ目で俺を見る。
……御道輝25歳独身。
異世界召喚されて、勇者に…されてしまいました。




