閑話 風呂にて一新
次は21時投稿です。
前世の俺にとって、『風呂』というのはウツになっても好きであった事の1つだった。
頭をシャンプーで洗い、髪の毛が痛んでいるようならコンディショナーを使ってその間に身体を綺麗にして、シャワーで全部流す。
あとは洗顔用の石鹸で優しく顔を洗う、力任せにすると爪とかで肌を傷つけてデキ物がすごい事がなったから、よく気をつけていた。
これを聞いた友人は『お前は女子か、凝り過ぎだ』と呆れていたが、あいにく男だ、付いてるぞ。
冗談で返したが、実際俺はウツになってからというもの、自分が嫌いという強迫観念によく襲われていた。
とりわけ自分の顔は好きではなかったと思う。
別に3Kみたいなものじゃない、勝手に被害妄想が広がりすぎて、綺麗にしとかないと相手を不快にさせてしまうというのも理由にあった。
だから俺は身嗜みには気を付けていたと思う、何をするにしても手を石鹸で洗い、手に違和感があったら原因を消毒して自分の手も石鹸消毒して、一日と同じ服は着ないし、毎日髪も洗うし身体も洗う、シーツも毎日交換だ、気持ち悪い時は日に何度も風呂に入っていたほどに、俺の身嗜み、否、『潔癖症』は酷かったのだと思う。
お菓子工場のバイトをしてから酷くなった気はしていた、そういう工場の使っている消毒液を買おうと思った時、どこかおかしいと気付いた。
それは俺が死ぬまで続いて、地味に家計を圧迫していた気がする。
そして今世、正直言ってここは最初地獄だった。
汚いのだ、部屋を見ても外を見ても清潔を保っている所は殆ど無い、否、全く無いといっても過言で無い。
しかし、母さんとの地獄の猛特訓のおかげで、潔癖症云々など言ってられないほどに疲れていた俺は、この世界では少々綺麗好きなハーフエルフといった印象になっていた。
最低限の手洗いを残して、俺の潔癖症は鳴りを潜めた。
母さんから教わった錬金術とかで消毒液に近い物は出来そうだが、現状の俺はそこまで必要としていない。
精々シャンプーとコンディショナーと洗顔液と肌の荒れないボディシャンプーを作るくらいである、樹魔法万歳。
そして風呂だ、俺は3歳になって魔法をある程度使えるようになってから毎日魔法で湯船を作り、身体を洗っていた。
ちなみに母さんとは別々だ、恥ずかしいとかではなく、1人でゆっくりと身体を休めてほしかったのだ、他意はない。
前世の俺にとって風呂とは好きではあったが潔癖症の一部のようなもので、今世の俺は風呂を自分を『一新』する為の場所だった。
風呂に入って全身を暖かくすると次第に心まで温かくなって来て、気分が解れるのである。
その間に、自分がその日まで一体何をして、何を思ったのか思い返していき、反省していくのだ。
ウツウツとした気分をそれで解消していく、意外とこれが良い物で、更に身体が温まった状態で眠ると次の日にはリセットまでとはいかないが、かなり自分の状態が改善されていると実感できるのだ。
「という訳で、風呂に入ろう。
湯船作ってくるから、入りたい奴いるか?
ちなみに俺が一番風呂な」
それは絶対に譲らない。
エルライド達はまさか野営をするのに風呂にまで入れるとは思っていなかったんだろう。
二番風呂はエルライド、次いで隻眼、ハロルドさん、そしてアドルフだった。
「まさか風呂に入れるとはなぁ…悪戯で熱湯にするなよユーリ?」
何故かハロルドさんが念押ししてきた、俺そんな悪辣な事しないぜ?
変わる毎に使った水を入れ替えてやるくらいには、優しいんだけどなあ。
俺は風呂に入って気分を一新させると、湯船に使って最近の出来事を振り返っていた。
特に酷いのはファミリーを潰した事、聞いた所だと、俺に襲われた連中は1人残らず死んだらしい。
俺ってここまで惨忍な事出来たか?
前世の記憶もあって、人を殺しはするが忌避観という物は薄くはあるがどこかあった。
しかし、あの日から境に、やる事為す事血生臭い行動ばかり、どう考えても腑に落ちない。
となると原因は…、
「闇魔法、か。
記憶の読み込みのし過ぎ…いや、魔法そのものか。
闇魔法を使う度に人並みの心がドンドン黒く染まっていっている気がしてならねえ…特に、他人の記憶を読み込むなんてのは自分という境界を揺らしているようなもんだ。
これまで俺が殺したのはそういう連中の記憶ばかりだったから、俺にも影響が出始めて入るっていう事なのか?
そうなると…今後記憶を読み込むのは控えた方がいいのかもしれないな」
記憶の読み込みはかなり有効かつ優秀な魔法だ、どんな人間、魔獣の記憶だろうと完全に読み込むことが可能で、一部では改竄する事も可能なほどになっていた。
…面白半分で魔獣を殺し合わせていたのは、正直思い起こすとドン引きだな、いくら魔獣といえ、命を弄ぶのは良くない、実験しても結果が分かり次第すぐに殺すべきだったと思う。
「……一日の制限しよう。
2回…いや、3回かな。
あの日みたいに魔力があれば何十何百もしていたら、俺の称号通りの『魔王』になっちまう。
…もしかして、前世の魔王もこういう事をやりすぎて壊れたのか?
……有り得なくは無いか、闇に属した魔法だし、魔王が使い込んでいた可能性もある、生物の尊厳なんて簡単に踏み躙れる魔法だ、魔王だなんて言われていた奴だし、俺以上に面白半分で遊んで壊して回っていただろう……気付けてよかった、こんなことしまくってたら、父さんと母さんに会わせる顔がなくなっちまう」
自分の精神に負担のかかる闇魔法は控えよう、するなら攻撃形の…影を使った魔法をメインだ、それ以外は1日3回だが、次第に2回、1回と減らしていけばいい。
…やっぱり風呂は良い、命の洗濯とはいったもんだな。
さて、気分も良くなってきたし、上がるとするか。
「ユーリ、いい加減風呂から上がらないか、待ち遠しくて…って、ななな、何をハダカで入ってるんだ君は!?」
あ、エルライドだ、何故か騒いでるけど、何で同じ男のハダカ見て顔を赤くさせてるんだ?
…そういえば、冷まさないように湯船とか地面を暖かくさせていたから熱いのか、悪いことしたな。
「なにって、風呂はハダカで入るもんだろ?
悪いな長湯しちまって、すぐに上がるからそこで待っててくれ」
「良いから前を隠してくれ!!」
…男同士なのに、何でそこまで恥ずかしがるんだ、変な奴め。
良く分からんが従った方が良いだろう、俺は地魔法で石の壁を使ってエルライドからの視線を遮断すると、身体を拭いてすぐに着替えた。
ふむ、脱衣所みたいなのも作るか、エルライドの奴は恥ずかしがり屋の様だしな。
簡易的な脱衣所を作って、エルライドを呼んだ。
「よ、今度はちゃんと着替えてきたぜ。
あとこれ脱衣所な、なんか王子様は恥ずかしがり屋みてえだから、この中で脱いでからその足で入れば良いぜ。
お湯も今から張るから、ちょうどいい温度になったら教えてくれ」
「見てしまった…男のハダカを…しかもはっきりと…うぅ、どういう顔をすれば…」
あれ、なんかエルライドが蹲ってブツブツしてるんだが…情緒不安定な奴だな。
経験者がいうから説得力があると思うが、溜め込みすぎは良くないんだぞ?
「おーい、王子様、ご主人様ー?
お風呂の準備が出来ましたよー」
「ひゃ、ひゃいいっ!!
…って、ユ、ユーリか、驚かさないでよ!!」
「そんな事より風呂だ風呂、俺が魔法で温めていくから、ちょうど良いと思ったら教えてくれ」
「そ…そんな事…い、いや、男同士だから、あれくらいは普通なのか?
となると、将来一緒に風呂くらい入らないと友好関係が築けない?
…む、無理だ、危険すぎる!!」
なにやらエキサイトしているのだが、大丈夫か?
先に俺は水をもう一度張り直すと、手を突っ込んでから火魔法で少しずつ温度を上げ始めた。
これで大体良いくらいかな、さてと、エルライドに聞いてみるか。
「おーい、これくらいの湯加減で良いか?」
「あ、ああ、大丈夫だぞ、いい湯加減だ。
ありがとうユーリ、上がったらまた呼びにいくから、絶対、ぜったいに風呂を除くなよ!?」
「あ、ああ、わかった。
結界も張っておくから、安心して入っててくれ?」
よっぽどの恥ずかしがり屋なんだな、結界を張って魔獣が来ても大丈夫な状態でしておくか。
あとは見られないように外側から見えないように弄って…予想以上に魔力食ったな、毎回これしないといけないのか?
俺はエルライドに自家製シャンプーとコンディショナー、それと石鹸の使い方を説明してその場から出て行った。
その後、風呂から上がって戻ってきたエルライドが満足したと喜んでいたのでリフレッシュ出来て良かったなと返しておいた。
いい匂いがするが、多分シャンプーとかの匂いだろう、まあ好評なようでよかったよ、うん。
あとの3人だが、まあ普通だ、隻眼の奴を適温になったと思わせて脱衣所に入っている間に中身を水風呂に変えたのは大成功した。
何故か隻眼と一緒にハロルドさんにも怒られたのだが、熱湯にするなとは言われたが、水風呂にするなとは言われていないだろというと、家族以外にはじめて拳骨された、理不尽だ。
ハロルドさん、あとはアドルフの風呂はハロルドさん監修で温めさせられた。
寝る時も結界を張っているので、見張りは必要ない。
最初あった気まずさも、俺の魔法の制限を話したら賛同してくれた、どうやら皆をドン引きさせていたらしい、申し訳ない事をしたと思う。
こんな調子だったが、その後俺達は順調に王都を目指して行った。
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