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追記

トーフェルブーク学術都市には、大きく分けて行政区、学園区、商業区と三つの区画がある。

行政区は、トーフェルブーク学術都市を中心とするアルタール自治区の評議会などの役所が集まるお堅い地区だ。

学園区は、学生や教師の勉学の場であるフリモリウム魔法学院の施設があるエリアだ。とても華やかで、一般人が想像する学園都市といったら学園区を指すと言っても過言ではない。

そして、商業区。学院に近い中央部に魔法街、その外側に商店街と職人街、外郭には冒険者などが多く逗留する宿場街が広がっている。

学院の正門前から伸びるメインストリートに軒を連ねるのは魔道具や魔法杖、魔術書など、魔法に関連した店が多く、路地に入れば怪しい魔法薬の店やジャンク品を並べる屋台などがあり、玉石混交の装いを見せていた。

マディアスの執務室を出て、少年は狐狗狸の三匹と共に学院から伸びるメインストリートをそぞろ歩く。

『そういえば……森で拾った羽根、先生に渡せなかったね』

少年が呟けば、狐が耳をピクリと動かし、少年を仰ぎ見た。狸はと言えば、フンフンと足取り軽く魔道具のお店を眺めて店員から追い払われたり、魔法薬の店主からオヤツをもらったりして、日常を楽しんでいた。

犬が路地への曲がり角で鼻をひくつかせ、少年の方をチラリと伺う。アパートに帰るならば、この路地裏が近道になるので、帰るのか否かを確認しているのだろう。

『けーん』

狐のひと声に犬は少年たちの方へと戻ってきた。

『加工、してもらおうかな』

「わふっ」

ぱたりと尻尾を振った犬が返事をひとつ。狐は少し呆れたように、寄り道ばかりしている狸を確認していた。

『臨時収入も入ったしね』

微かな笑みを浮かべる少年に、道案内は任せろとばかりに犬は胸を張って尻尾を振る。

少年とともにこの街に来て6年。少年の行きつけの店は把握していた。こっちだと道案内する犬の後ろについていく少年と狐。それに気付いた狸が、慌てて追いかける。

路地裏を進めば、【ドラート】と書かれたプレートがドアの上に掲げられていた店の前で犬は振り返る。

くすんだ青の扉を少年が開くと、カランとベルの音が鳴り、するりと犬が店内に潜り込んだ。少年の足元を狐と狸も通り抜け、最後に少年が店内に入った。

「こんにちは」

ジョージが声をかけると、店の奥から女性が出てきた。

「あら、いらっしゃい。久しぶりね」

「お久しぶりです、ヒセラさん」

「わんっ」

「あら、白いの(ヴィト)も久しぶり」

座り込みわしゃわしゃと犬を撫でる。

狐さん(ヴォス)ふとっちょ(フェッツ)も……待ってたわよ」

それぞれを撫でたヒセラはジョージの顔を仰ぎ見た。

「最近来ないから忘れられたかと思ったわ」

「タイミングが合わなかっただけです」

ジョージが肩をすくめると、ヒセラは「そういうことにしておいてあげる」と笑う。

店内は魔方陣を書くためのインクや筆記具、特別な用紙などが丁寧に分別して展示してあった。店の片隅にはインクの調合につかうのであろう鉱石が入った瓶が、棚に並んでいる。

ジョージは羽ペンの並ぶ棚を眺める。手に入りやすい駝鳥(だちょう)や白鳥の羽根から鳥系魔物の羽根まで、様々な羽根が取り揃えてあった。

(そういえば……あの鳥は初めて見たな)

先日、オッフェルの森の玄夢の森で手に入れた鳥の羽根。青と緑のグラデーションが美しい風切り羽根は、鞄の中にある。

ヒセラに挨拶が終わったと、狐は小さな窓のそばの椅子に優雅に座ると、店内を眺めていた。犬は商談用のテーブルの下に潜り込むと伏せて目を瞑る。

狸は来客用のお菓子に目を輝かせていた。

羽根が並んだ棚の隣には、金属でできたペン先が並ぶ棚がある。羽根とペン先とを自由にカスタムすることができるようだ。

ペン先は魔道具になっているものもあるらしい。ペン先のそばのカードには、その効果が一つ一つ表示されていた。

「滑らかな書き味を求める方へ? 疲労軽減の効果あり?」

「あぁ! ペン先に術式を付与してみたの。金属のペン先の模様が術式になっていて、見栄えもいいって好評なのよ」

ペン先には点刻スタイルで描かれた美しい模様が刻まれていた。きめ細やかな点の集合が繊細な陰影を描き出し、このペン先だけで一つの芸術のよう。

「インクに付けるのが勿体無いです」

「インクに付けてこそ映えるように作っているのよ」

軽やかにヒセラは笑うと「ほら見て」とテーブルの上に自分の羽ペンを並べて見せた。使用中のそれは点刻にインクの色が入り込み、金属のペン先を鮮やかに彩っていた。不思議と色が付くのは点刻の部分だけで、金属そのものに何かしらの術式を練り込んでいるのかもしれないとも思う。

(金属に対する魔法付与は一つまでだと……除外事項があったはず……あぁ、釉薬をかけ合わせれば……練り込むときの……いや、炎の精霊の質に寄っては……)

ヒセラは年相応に目を輝かせる少年の姿に笑みを浮かべる。

「使うインクの色に寄って表情が変わるのよ」

色や材質の違うインクにペン先を付けては、ペン先を見せて、試し書きをさせて筆運びを実感させる。ジョージは、ペン先の滑らかさに驚きながら、どんな術式を付与してあるのだろうと推測して楽しんだ。

「綺麗です」

施してある魔法術式が、インクで浮かび上がる点刻が、滑らかな書き心地が、どれもこれも素晴らしかった。すべて、常日頃から使ってこそ道具だと言っているヒセラらしいとも思う。

これならばマディアス先生に喜ばれるだろうと、鞄から羽根を取り出した。

「この羽根に、このペン先を付けられますか?」

「まぁ! 随分綺麗な羽根ね」

青と緑のグラデーションが灯の下で煌めく。その美しい光の流れに、ヒセラは目を輝かせた。

「森で羽根を拾ったので、先生に贈りたいんです」

「マディアス先生に渡すのね」

ジョージがヒセラの店に来るようになったのはマディアスの紹介だった。マディアスが専用で使っているインクはヒセラが調合している。

「先生のインクは黒に近い群青のものだったから……ペン軸のは銀星白や月白光がおすすめね」

青みがかった白銀色のペン先や、淡い青みを帯びた柔らかな真珠色のペン先を羽根の横に並べる。あわせて、マディアス専用のインクの色味に近いものを取り出して、紙に一滴だけポトリと落とす。

「月白光でお願いします」

月白光の真珠色の輝きがヴァルフ・グリフォンの卵のようだった。

(玄夢の森で拾った羽根に玄夢の森で見たヴァルフ・グリフォンの卵色のペン先……今回のお土産にピッタリじゃないかな)

いつも表情の乏しい少年が微かに浮かべる楽し気な雰囲気。それを見る狐の眼差しは優しいものだった。

少年はヒセラとどんな効能の術式がいいか話し合う。どんな術式がマディアスに相応しいか、喜ばれるか、店の外が赤く染まるまで、語り合っていたのだった。


数日後。ヴァルフ・グリフォンの生態調査レポートの代金を受け取るため、ジョージはマディアスの執務室にやってきた。

レポートと共に提出したヴァルフ・グリフォンの羽根。それらの査定を行い、報酬が提示される。その報酬から差し引く奨学金の返済分の割合を決め、残額がジョージの手元に残った。

「学院に納める分の領収は私の方で行おう」

学院所定の書類を書類棚から出したマディアス。サインをするためにインク壺に入った羽ペンを手に取った所で、ジョージは「あのっ!」と声を上げた。

その声の大きさに出した本人であるジョージが驚き、バッと手を口に当てる。

「どうしたのかね?」

パチパチと瞬いたマディアスは、一呼吸おいて酷く冷静そうに聞こえる声で尋ねた。

「あ、あの……」

ジョージはおずおずと、鞄の中から薄い木の箱を取り出す。いつものように来客用のソファに丸くなった狐と少年の足元にいる犬が、チラチラとこちらを窺っていた。

狸は来客用のお菓子を食べ尽くして、足を投げ出すように寝ている。酷く平和そうだ。

差し出された細長い木箱をマディアスはジッと見つめていた。

「先生に……森で、羽根を拾ったので……」

いつも歯切れのいい言葉を紡ぐ少年の声が、どこか尻込みするかのようにおずおずと零れていた。

「私に、か?」

マディアスは受け取ろうとして、自分の手が震えていることに気付き、グッと強く握りしめる。

その仕草を目にした少年は、小さく傷ついた表情を浮かべ、木箱をそっと自分の方に近付けた。

「いただこう」

慌てた声でマディアスは告げていた。自分の声が余りにもぶっきらぼうに聞こえて、そっと言葉を足す。

「是非、受け取らせて欲しい」

「はい」

差し出した手の上に、躊躇いがちに乗せられたのは、細長く薄い白みを帯びた木の箱。それは、とても滑らかな手触りだった。

(バロニア)か?」

桐で出来た箱は、コの字型の箱を二つ被せたような形状で、被せた蓋を開けてみれば、青と緑のグラデーションが美しい羽根の先に、淡い青みを帯びた柔らかな真珠色のペン先のついた羽ペンが現れた。

「これを、私に?」

「森で……羽根を拾ったので……先生に、その……」

少年の顔はうつむいていて見えない。だが、うつむいた少年の黒髪から覗く耳が真っ赤だった。

マディアスは羽ペンを箱から出して眺める。

「美しいな……」

ペン先の点で描かれた模様は窪んでいるらしい。光の陰影が出来ていて、羽根の美しさと併せて芸術品のようだった。

机の上に出した少年へ渡す受領の書類にサインしようと、ペン先にインクを付ければ、点刻にインクが入り込み、先ほどとは違った美しさを醸しだす。捨て紙に軽く試し書きをしてみれば、その滑らかな書き心地に驚く。

サインをする。同じインクだというのに、いつもよりも筆が軽く感じた。

「非常に使いやすい」

パッと顔を上げた少年の顔が、幼く感じた。心底嬉しそうに破顔した少年は「沢山つかってください」と声を弾ませた。

「あぁ……ありがたく愛用させてもらおう」

少年の足元にいた犬は嬉しそうに「くぅん」と鳴き、ソファに丸くなった狐は安心したように顔を身体に埋めた。狸はくぅくぅと軽いイビキを立てる。

執務室に差し込む午後の日差しが、いつもよりも柔らかく感じた。


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