報告
数日後、フリモリウム魔法学院のマディアスの執務室には、少年と三匹の姿があった。
窓からは燦燦と陽が差し込み、ポッカリとした雲が青空を流れている午後のひと時。
いつものように来客用のお菓子に狙いを定める狸に、ソファの上で寛ぐ狐。犬は少年の側に佇んでいた。
「レポートです」
「確認しよう」
差し出されたレポートをパラパラとめくる。ザッと流し読みするマディアスの目が忙しなく動いていた。
(マディアス先生に確認されるのは、緊張するな……)
いつものように涼しい顔をしながらも、目の前で自分の書いた文を確認されるとなると、内心ドギマギとしていた。今回のこれは、単位を取るためのモノではない。ダメ出しされることはないだろうと思いつつ、容赦なく粗を突かれた過去を思い出し、落ち着かなかった。
一通りレポートに目を通したマディアスは「御苦労」と少年を労う。
「これならば、十二分に満足させられる」
「それはよかったです」
ホッとしつつも顔には出さず、静かな声で応える。
「今回、道中でヴァルフ・グリフォンの羽根と思われるものを拾いまして……」
犬はピクリと耳を動かすと扉の方に視線を移す。狐はするりとソファから降りると狸の首根っこを咥えて、部屋の隅に退避させる。狸は咥えたお菓子を落とさぬよう両手で抱えていた。
次の瞬間、扉がドンドンと激しく叩かれて、マディアスが入室の許可を出す前に豪快に開いた。
「レポートを寄こせ!」
だみ声が部屋の中にこだまする。嫌そうに顔を歪ませる犬と感情を失くしたような眼を向ける狐。狸の口はモグモグと動いていた。
「今、受領中だ」
マディアスがレポートの束をまとめる。その動作を見た男は目を見開いた。
「それがヴァルフ・グリフォンの新しい情報か!」
大きな音を立てて扉が閉まり、どすどすと床を踏みしめて近寄る巨体。爛々と光る眼に、ワキワキと毛むくじゃらの手が動いた。
「待てと言っている」
「これが待てるか!」
ダンッとマディアスの机に肉厚の手が叩きつけられた。
「……」
少年はスッと机の上に差し出す。自身の腕の長さほどの鳥の羽だ。
「拾い物ですが、御入用とあれば……」
掴もうとする手をひらりと避け、言葉を続ける。
「いくらで御購入していただけますか?」
「そうだな……」
マティアスが口を開いた途端、侵入者が吠えた。
「金貨……いや、魔晶通貨一枚でどうだ?」
マディアスは目の前の男に呆れた眼差しを送る。金貨三枚もあればジョージの二年間の奨学金とほぼ同額だ。魔晶通貨一枚あれば、庶民が贅沢せず過ごすならば一生暮らせるだろう。
(魔晶通貨……)
庶民には一生お目にかかることのない通貨の提示に、一瞬何の冗談だとジョージは自分の耳を疑った。
こちらを真剣に見る眼差しからは冗談かどうかの判断が付かない。
「それは払いすぎです」
冗談を聞いたと流すように肩をすくめて、ジョージは羽根を男に差し出す。
「持ち帰る途中で、かなり歪んでしまいました」
後で破損があったなどと文句を付けられても困るので、念のために予防線を張っておく。
「これは……随分若い個体の羽根だな。大きさはさほど大きくない……成獣ならば、一回りか二回り大きいだろう。この大きさならば、あと数回換毛しなければ成獣にはなるまい。ということは、雌の可能性が高いな。雌は成獣まで時間がかかると研究結果が出ている。これが雄ならば……いや、待てよ。この時期だったら……ならば……」
ブツブツと早口で呟きだす男の姿。ジョージはマディアスにどうすべきかと視線で尋ねる。
「メイツ魔法伯……」
マディアスが呼びかけるも、自分の世界に入った男の耳には入らないようだ。
「モーゼス・メイツ!」
「あ?」
酷く物騒な視線と共に応えた男はマディアスをギロリと睨みつける。
「この一本の貴重な羽根から導き出されるのはな……」
「先日の件の件だが……」
「それより、この羽根の価格について詰めたい。おい、この羽根の価格はっ!」
ジョージに詰め寄ろうとするモーゼスの姿に、マディアスが静かに尋ねた。
「レポートは必要ではないのかね?」
その言葉に、それがあったとハッと動きが止まる。そのまま、男の手がマディアスに向かって伸びようとしていたが、男の手が伸びるより先に、マディアスはレポートの束を机に仕舞う。
「さて、ちょっと大人同士、話し合いをいないかね?」
「レ、レポ……」
引き出しに鍵がかけられた。錠のかかる音が部屋に響く。
「せ、殺生な……まずはレポ、成果物を確認し、その有効性を確かめてから、改めてっ!」
「そんなことをしておったら、進まぬものが更に進まぬではないか」
呆れたように告げるマディアスに、ここぞとばかりにモーゼスはいつもの台詞を繰り出した。
「すべてはマノン君に一任しておる」
どうだと言わんばかりの言葉にもマディアスは狼狽えなかった。ふむと顎に手を置いて、淡々と言葉を繰り出す。
「ならば、マノン・ベイル女史にお伺いを立て価格交渉、その上で王都の商工ギルドの長への根回しを済ませていただいてから、成功報酬としてお渡しすることにしましょう」
「待てるかっ!」
ダンッと強く机を叩いたモーゼスは、ギリリとマディアスを睨みつけた。
二人の様子を眺めていたジョージは終わりそうにないことを感じ取り、マディアスに確認する。
「支払いの方は後日、になりますよね?」
隣から響く呻く声を気にもせず、少年はマディアスをジッと見つめていた。
「そうだね。羽根の件も含めて条件を詰めて、キミに支払うよう手配する。今日は帰って構わない」
「わかりました」
ぺこりと頭を下げる少年にマディアスは銅貨の入った重い袋を手渡した。
ジッと渡された袋を見るジョージにマディアスはにこりと笑う。
「口止め料だよ。皆で好きなものを食べるといい」
「ありがとうございます」
魔法伯からの料金提示についてだろう。端からそんな高額で取引するつもりのなかった少年だったが、迷惑料としてありがたくいただくことにする。
銅貨を袋で用意したということは、マディアスとしては、この騒動になることは最初から織り込み済みということだ。
部屋の隅でこちらの様子を窺っていた狸が、キラキラとした目で少年の脚に縋りついてきた。狐と犬は扉に向かって歩き出す。ジョージも狸を連れて扉の方へ向かい、少年と三匹が出て行く。
扉が閉まり、執務室には魔法伯を冠する男が二人残る。
「さて、仕事の時間だよ? メイツ魔法伯」
「レポートを読ませてくれー!」
野太い男の叫びが響いた。




