Chat.8『スープとタルトと2つの幸せ』/Side「Brave Hunt」
「お帰りなさい、ユートさん!」
自宅の玄関を開けた僕が最初に感じたのはトマトベースのスープの香りだった。ついでいつも通りの明るい声。
「ただいま、志織。今日も機嫌が良さそうだね?」
「ええ、もちろんです!だってイイコトありましたからね」
そういってキッチンで微笑んでいるのは僕の婚約者の1人である志織……高坂志織だ。僕が異世界から連れ戻した元勇者であり、今は総合学部で僕達勇者狩りの後方支援を担当してくれている、優秀な錬金術師だ。
学内にいるときはセーラー服の上から白衣というトンチキな格好をしている志織だけど、プライベートでは割とラフな格好でいることが多い。
余所行きのドレスでも身につければ、どこに出しても恥ずかしくないご令嬢にみえるのだろうけど……。
「あれ?私の顔になにかついてます?」
「いや、いつも通り綺麗だなって思っただけだよ」
「もう……もっと褒めてくださいよ!」
そんな事を言って志織は笑う。外出時に掛けている阻害の効果がある眼鏡は外しているから、今は瞳に宿ったエーテルの赤い輝きが良く見える。
けど、それがまた志織の美しさを増しているようにも思えた。
「そう言えば麗奈とブランは?」
「お二人なら買い出しに行ってますよ。今日、美味しいタルトが手に入ったんですけど、紅茶が切れてたらしくて。私はコーヒーでいいって言ったんですけどね」
「まぁ、麗奈は紅茶派だからね。……そういえばブランも紅茶派だっけ」
「腑に落ちません……!」
我が家のティータイムに供される飲み物の比率はブランが家族に加わるまではコーヒーと紅茶で1:1だったけど、紅茶派が増えたことで今では1:2の比率になっている。コーヒー派の志織としては納得がいかないのだろう。
「そういえば良いことがあったって言うのは、タルトのことかい?」
「ええ、そうなんです!実は前々から凜々花さんに素敵なパティスリーがあるって聞いてたんですけど、やっと買いに行けたんです。それも新作を!」
「へぇ……そんなお店があるんだ?」
「ええ。学生通りを一本裏に入った所にある、知る人ぞ知るお店らしくて。『リスボヌール』って言う名前なんですけど」
「うーん、僕は聞いた事が無いかな。けど、リスボヌール……どういう由来の名前なんだろう。響き的に、フランス語かな?」
「ええ、店員さんと少しお話ししたんですけど、なんでも『幸せの百合』って言う意味らしいですよ」
志織はコミュニケーション能力が高いから、初見のお店でも店員と世間話が出来るのか。僕も見習わないといけないな……。
「そう言えばユートさんに貰った指輪、褒めて貰ったんです!婚約指輪だって自慢してやりましたよ!」
「いや、確かに婚約指輪だけど、一応それは魔導具だからあんまり他人に見せびらかすのは……」
「大丈夫です、魔法効果は使ってませんから」
志織の言葉に思わず苦笑してしまう。
僕が志織と麗奈、そしてブランに贈った指輪にはそれぞれ魔法効果が付与されている。
例えば志織が左手の薬指にはめているものは「清浄の指輪」で、錬金術師である彼女の衣服を清潔に保てるよう、汚れや匂いを完全に洗浄する効果を秘めている。
「いやー、でもあのお姉さん、ゆるふわ系で可愛かったですよ」
「店員さんのことかい?」
「ええ。パティスリーの店員さんらしい、ふんわり柔らかな印象で……私もあんな感じの雰囲気を纏ってみたいです」
「志織はどちらかというとシャープな知的美人だからね」
「あ、それ!もしかして私は癒やし系じゃないってことですか!?確かにレーナさんみたいな神聖魔術の達人じゃないですし、真白サンみたな聖女でもないですけど!」
「いやいや、誰もそんな事言ってないじゃないか。それに志織は今でも十分僕の癒しだよ」
訳のわからないポイントで興奮する志織を軽く抱きしめ、宥めてから、僕はリビングのソファーに腰を下ろした。
「それで、ご機嫌なのはタルトの件だけかい?」
「あ、もう一つありますよ。ユートさんにも関係のあるやつ」
「へぇ?何だろう」
「ほら、前にセントグラーディアから持って帰ってくれた異世界の薬草。あれを栽培できるプラントが工作室に設置されたんです」
「へぇ、思ったより早かったんだね」
「ええ。榊サンが大学の上層部に圧力を掛けて、バイオ系の研究室に納入される予定だったものを総合学部に回して貰ったって」
志織は平然とそういうけど、そのバイオ系の研究室からしたら横取りされたように思われてるんじゃないだろうか。要らぬところで恨みは買いたくないけど……異世界の薬草を栽培する環境が手に入ったことは喜ばしい。
転移の女神に連れ去られた日本人を狩るため、異世界へ赴く「勇者狩り」の任務は常に危険と隣り合わせだ。志織が用意してくれる錬金ポーションの有無は生死を分ける重要なアイテムになるからね。
けど……。
「なるほど。いつかその研究室の人に会うことがあったら、お礼とお詫びを言っておかないといけないね」
「まぁ、そうですね。どこの研究室かは聞いてませんけど」
「志織、そういう所はドライだよね……」
そんな事を言っていると、玄関が開き少女が2人入ってきた。
いや、2人とも少女の外見をしている少女ではない存在、だけど。
1人はピンクゴールドの髪をしたビスクドールのような整った顔立ちの少女、麗奈。僕のもう1人の婚約者だ。
その後ろにくっついている白い髪の幼い少女は、病没した僕の姉が異世界で再び生を受けた転生体であり、姉の魂の残滓を保つ異世界の聖女ブランシュ。彼女は……ヒトではなく、思春期に達するまで性別が確定しない「アンヘル」という特殊な種族だ。
「ただいま。悠斗、帰ってたの?」
「ああ、お帰り、麗奈、ブラン。僕の方は案件の報告と情報共有だけだったからね」
「ゆーくん、ただいま!紅茶、買ってきたよ!あと、お砂糖も!」
「どちらかというとブランは砂糖メインだよね……」
「シオリ、今日の晩ご飯は何?」
「チキンのトマトソース煮込みですよ!」
「わー、しーちゃんの料理楽しみ!」
2人が帰ってきた事で僕達の「家」は一気に賑やかになった。
トマトスープの匂いに包まれた家族と彼女達が存在するこの世界を守るために、僕は……これからも異世界へ赴き、勇者を狩ることになるのだろう――
同じ世界で展開される、全く異なるお話しのクロスオーバーでした
贖罪のための戦いを続けるユートの物語はこちらから
勇者狩り ~僕は女神に反逆し、異世界転移した勇者達を狩る~
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