Chat.4『タルトは和菓子か洋菓子か』後編
……ということは、別にこの子と付き合い始めたから生活スキルを失ったんじゃなくて、最初から私はそんなスキルを持ってなかった……ってことか。
「腑に落ちたよ」
「よくわからないけど、ならよかったよ」
「で、それはいいんだけど、お茶だけ飲むの?お茶菓子とか用意してないけど」
「うん?あるよ、お土産のタルト」
テーブルに紅茶のセットを置いた彼女は自分のキャリーバッグを開き、中から細長い紙箱を取り出した。
「……カステラか何か?」
「ううん。タルトだよ」
そう言って彼女がこちらに向けたパッケージには確かにタルトという文字が記されている。
なんだ、これ……?
「タルトって書いてあるけど、タルトじゃないよね?」
「でもタルトって書いてあるよ?」
書いてあればその名の通りになるのなら、金の延べ棒にタルトと書けば食べられるようになるんだろうか。
細長い箱を見ながら、そんな荒唐無稽なことを考えてしまう。
「お茶、冷めるから開けるね?」
「う、うん。切り分け用のナイフとか、食べるようにフォークとか出した方がいいのかな?」
「んー、たぶんそのまま手で食べられると思うけど」
そう言いながら丁寧に包み紙を開けて行く。
たぶん私だったらバリバリと破ってるところだ。
内箱にも確かにタルトと書いてある。
メーカー名がなんとか本舗っていう漢字の製菓店名になっているところからすると、どこぞのパティスリーが作った品ではなさそうだ。
「ほら、やっぱり。そのまま食べられるよ」
「あー、個食パックの……ロールケーキ?」
「だからタルトだって」
「いやいや、どこをどう見てもこれタルトじゃないでしょ」
彼女が手渡してくれた、小さなパッケージの中に入っているのはロールケーキのような形状で、中に……餡子が巻き込んである?
「これ、餡子だよね?」
「そだね。原材料に柚子餡って書いてあったよ」
「ゆず……あん……」
想像していたタルトどころか、洋菓子の範疇からも大きく外れる言葉に私が戸惑っている間にもこの子はさっさとパッケージを開けて、小さな口で謎の菓子を一口ついばんでいる。
瞬きしながら彼女の様子を見ていると、少し怪訝げな様子でこちらを見ながら、言った。
「ね、タルトって好きだったよね?」
「う、うん」
言外に早く食べろとせっつかれている気がして、私は慌ててパッケージを破って中身を取り出した。
見た目通りのカステラ生地にくるまれた餡子からは爽やかで濃厚な柚子の香りがする。
「じゃあ、いただくね」
「うん。食べて食べて」
小さなロールケーキをそのまま口の中へ放り込む。
しっとりとしていて、それでいて柚子餡の甘みと仄かな苦みが調和している。
……うん、甘党としては決して嫌いな感じではない。
いや、むしろ美味しい。
「どう?」
「美味しいね。でもこれ、和菓子だよね?」
「タルトだよ?郷土菓子って書いてあったけど……ここからうちのタルトに進化したなんて、不思議だよね」
「いやいや、これはどう逆立ちしてもLysBonheurのタルトには進化しないよね?」
「そうなの?同じタルトなのに?」
改めてそう言われると、もしかして……という疑念がわき上がってくる。
こういうときは調べて事実を明らかにするのが一番だ。そう考えた私は、口の中に残る柚子餡の香りを楽しみながら、枕元に放り投げてあったスマホを手に取った。
「タルト、柚子餡……あと、四国……っと」
「なにしてるの?」
「この不思議なタルトの正体を調べようと思ってね」
「わぁ、さすがリケジョだね」
「いや、理系関係ないからね……っとなになに?愛媛のタルトは江戸時代に松山藩主・松平定行公が長崎から伝えた南蛮菓子が由来の郷土菓子……?」
「南蛮っていうことは、タルタルソース?」
「いやいや、それチキン南蛮でしょ?」
半ば反射的にそうツッコミを入れながら、「和菓子のタルト」の由来を読み込む。
なるほど。洋菓子のタルトとルーツは別物だけど、江戸時代の南蛮菓子はオランダ語でケーキを意味する「taart」と呼ばれていたということは……名前のルーツは同じってことか。
「ね、折角ふたりでいるのにお勉強?」
「あ、ごめん。つい読み込んじゃったよ。でも名前の語源は同じだけど、モノとしては別物だね」
「そうなんだ?うちのタルトにも餡子、合うと思ったんだけど」
「いやいや、それは無い……いや、アリかな?」
「今度試作したら食べてくれる?」
「もちろん、喜んで」
そんな事を言いながら、私達は紅茶と共に残りのタルトを食べた。
この子が言っていたように、やはり緑茶の方が合うだろうなと思いながら。
しかし洋菓子のタルトに餡子か……あまり想像できないけど、美味しいんだろうか。
「ところで、聞いていい?」
「ん?何を?」
「段ボール箱。どうしたの?」
この子が言っているのは、部屋の隅に置いてある3個の段ボール箱の事だろう。
そう言えばまだあの話はしてなかったっけ。
「えっとね。実は……引っ越ししようと思って」
「え?引っ越しちゃうの?なんで?」
「ちょっと手狭かなって思ってさ」
「片付けたら、お部屋広くなるよ?」
「いや、そこまで散らかしてないし……。ないよね?」
「最初に来たとき、足の踏み場も無かったよね?」
「うっ……」
あの時のことを言われると反論できないけど、今から大事な話をするんだ。
ここで気圧される訳にはいかない。
「えっと……つまり、だ。私、考えてたんだ」
「うん。良く色々と考えているよね?」
「まぁそうなんだけど……いや、そうじゃなくて。ほら、この前言ってたこと。カップ焼きそばの話した時に」
「自炊しないとダメってこと?」
……わざとか?わざと話を焦らしてるのか!?
思わずそんな事を思うけど……いや、この子がそんな高度な心理戦を仕掛けてくるとは思えない。
なので、私は深呼吸をすると、意を決して言った。
「同棲、しよう」
「へ……?」
「だから、ここだと狭いから。広い所だと一緒に暮らせるでしょ?」
「え?え?」
「出張中にいくつか物件見たんだけどね、LysBonheurの近くにファミリー向けの賃貸があって、そこだと家族じゃなくても一緒に住めるって」
「……いいの?」
「良く無かったら物件探したりしないし、引っ越しの準備始めたりしないよ。まぁ、相談なしに勝手に決めたのは悪かったと思ってるけど……。動いてないと、寂しかったんだ」
私、割と自分では独りで生きて行けるタイプだと思ってたんだけど正直この10日間は結構辛かった。
一応、毎晩電話はしてたけど、それでも、だ。
タバコの量が増えて、生活が荒れて、先の事を考えて、動いて準備することでメンタルを保たないといけないぐらいには、寂しかった。
「……そっか」
「そうだよ」
「嬉しいな」
「……まだ、新居の間取りも何も聞いてないのに?」
「そんなのはどうでもいいよ。そっか、一緒に住めるのか~」
にへら、という擬音が似合うような顔で笑われると、私まで嬉しくなってしまう。
「えっと……契約はまだなんだけど、明日にでも内見しに行く?」
「うん、行く」
「即答だね?」
「当たり前だよ!」
この前、同棲を打診されたときに私は一度尻込みしてしまったから、もうその気は無くなった……と言われたどうしようと内心では不安だったんだけど、どうやら杞憂だったようだ。
私は、1つだけ残っていたタルトを口に放り込む。
タルトは洋菓子だと思っていたけど、和菓子のタルトだってある。
美味しければ……名前なんてどうでもいいんじゃないかって。
そんな事を思いながら、私も彼女に微笑み返した――




