下
「どーでも良いので、早く天界へ戻ってください。」
あっさり、お返事を下さいました。しかも目の前に、疲れた顔で立っておられます。
すごいですねウイルエル様、天界で一番偉い神様をあっさり呼び出せるなんて、さすが元神官長です。
「無理ですよ、むやみに生命の寿命を変えてはならない。って天界規定があるんですから。この身体の寿命が尽きるまで、私は、天界に帰れない。」
あの・・・ウイルエル様。天界で一番偉い神様に対して、砕けた物言いをしていますが大丈夫なんですか?
「作ったの、貴方でしょう。」
「作った本人だからこそ、守るべきなのです。」
「そう言って、天界に戻りたくないだけですよね。」
仲が良さそうなアレグリオ様と、ウイルエル様。あまりに仲が良さそうなので、失礼とは思いつつもつい、口から言葉が漏れ出してしまいました。
「ダイリ様とウイルエル様は、とても仲が良いのですね。」
天界では、ほとんどの神様がアレグリオ様の事をダイリ様と呼んでいたので、私もダイリ様とお呼びしたのですが・・・・あれ?スッゴイ勢いで睨まれているんですけど。
「アレグリオです。ア・レ・グ・リ・オ。」
怖いです。お美しいお顔が、怖いデス。
ダイリ様と呼んでは、いけなかったのですね。
「ップ。」
ウイルエル様、今笑いましたね。何に笑ったのですか?この美しくも、恐ろしいダイ・・・アレグリオ様のどこを見て笑ったのですか?
「アッ・・・アレグリオ様。」
呼び直せば、アレグリオ様はムッとした顔のまま、大きく頷きました。
天界では、様々な神々がダイリ様と呼んでいて、アレグリオ様も特に注意していなかったのですが、あまり呼ばれたくない名だったのですね。
「アレグリオ、代理って呼ばれているんですか?」
ウイルエル様、必死に笑うの我慢していますよね?私、お腹の上に乗っているので、我慢しきれずに、お腹が僅かに揺れているのを感じていますからね。
「ええ、貴方の代理ですからね。おかげさまで最近では、私の名前が代理だと思っている新米女神もいるほどです。」
ダイリ・・・代理・・・
ああぁ、ウイルエル様の代理で・・・代理様・・
新米女神・・・私デスネ。
・・・
ん?ウイルエル様の代理?
という事は、ウイルエル様は。
「思春期病では無かったんですか!」
「誰が、思春期病ですか。本当の話ですよ!」
ウイルエル様の怒りと、呆れの混じった声と共に、カプッと私の頭が甘噛みされました。
一見すると、丸呑みにされている様に見えるこの姿・・・
痛くは無いです。痛くは無いですが、御免なさいという気分になります。
「ップ」
あれ?今度は、アレグリオ様が笑ってらっしゃいますね。肩が揺れてますよ。私が頭を噛まれているのが、そんなに面白いのですか?
怖いお顔よりも、断然そっちの方が良いですよ。勿論、私の精神的な面で!!
「まあ良いです。人生をギリギリまで生き抜いた事を考えれば、犬生など一瞬の事なのですから。」
小さく溜息をつくアレグリオ様。
一瞬だと思っているのに、わざわざ来たんですね・・・
「あと、ウイルエル様の身体の持ち主、ベスことベルキルエデスには、きちんと罰を与えておきましたので、ご安心ください。」
そう言うと、アレグリオ様は天界へと帰って行きました。
ベス・・・ベルキルエデスって名前だったのですね。罰・・・何でしょうね。考えるのはやめておきましょう。
「ということで、これからもずっと一緒ですよ。ファリステ。」
これで、全て解決・・・とばかりに、笑顔を浮かべているウイルエル様。
「ちょっと、待ってください。」
ウイルエル様が天地創造の神様というのは、よく分かりませんが、何だか偉い神様なのは分かりました。
分かりましたが・・・そうなると、大きな疑問が残ります。
あの干ばつ・・・何だったんですか?
ウイルエル様が雨を降らせれば終わった話しですよね?
偉い神様なら、それくらい出来ましたよね?私、死ななくて良かったですよね?
勿論、この事はウイルエル様に問いただしましたよ。
そしてウイルエル様は、長い説明と言う名の、長〜い昔話をしてくれました。
いや、本当に長過ぎて、途中聞いていない所が多々ありますが、要約すると・・・
ウイルエル様は、長い時の中で、様々な生物や神々の恋模様を見ているうち、人間達が愛する相手の事を『魂の伴侶』と言い、愛しんでいる姿を見て、うらやましくなり『魂の伴侶・・・私も、作れば良いんです。』と、自分の魂を千切り『困りました。このままでは、ただの魂の塊で自我がありません。そうだ、地上で自我を磨かせましょう。ついでに、神にしてしまえば一石二鳥ですね。』と言って、私の魂を地上に向かって放り投げたそうです。
そうして、大地に大干ばつを起こし、その大干ばつを私が、奇跡の様な力で助ける事で、信仰心を集め、私を女神にする計画だっそうです・・・
私、勝手に死んじゃいましたけど・・・
つまりは・・・
ハイ!!壮大な、マッチポンプですよ!!
壮大な、大迷惑ですよ!!
「何故態々そんな事をしたんですか? 本当に天地創造の神様なら、そんな事をしなくとも・・。」
「天界とは、地上に住まう者達の想像と信仰心で出来ていますからね、それを捻じ曲げる様な事をすると、後々面倒なのです。」
「天地創造の神様なのに?」
「私は、作っただけですからね。後は、その地に住まう者たち次第です。」
「干ばつは、捻じ曲げる事にならないのですか?」
「なりませんね、天界は神々が住まう場所として、生物達の中でイメージが確立されていますが、天候は神々の気分次第で、どうにでも変わるとなっていますからね。」
それって、つまり・・・
「天地創造の神って、意外と役に立たないって事・・・・あっ」
うっかりです。ふと思っただけです。本心ですけど、口に出す気はありませんでした。
思うだけなら自由ですよね!口に出しちゃいましたけど・・・・
怒られると思って、思いっきり目を瞑りました。
・・・
瞑ったのですが・・・あれ?
ウイルエル様から怒りの雰囲気を感じませんよ?
怒ってない?
そっと目を開き、ウイルエル様を見上げます。
役立たずと言われて、怒らない方はそういないと思うのですが・・・ウイルエル様は、何故でしょう?とても嬉しそうに笑っていらっしゃいました。
これが、Mですか?ドMですか?
私、うっかり言っちゃいましたけど、貶すのが好きなわけではありませんよ。
そういうのを求められても無理ですからね。
「そうですか、そうですね、役立たずですね!私、役立たずなので、休暇をもっと伸ばしても大丈夫ですよね?」
「へ?」
「そうです、意外と役に立たないのですから、人生同様、犬生を限界まで生きましょう。」
にこやかな笑みを浮かべているウイルエル様。
あれ?地上で神官をしていたのは、休暇だったのですか?
休暇を使って私を作ったのですか?
いや、良いんですけどね。良いんですけど、何でしょう日曜大工で棚を作る、的な感覚で作られたと思うと、複雑な気分なんですけど・・・
「ファリステ、愛していますよ。」
その一言で、全てを誤魔化そうとしていませんか?
尾を全力で振りながら、満面の笑みで言わないでくれませんか。
つい・・・
「私も・・愛しています。」
誤魔化されてしまいます。
皆様どうぞ、安い女と笑ってください。
良いのです。私は今、とても幸せなんですから。
遠く、遥か遠くから『貴女は、魂を落っことして、ウイルエル様を勝手に転生させた挙句、更に長生きさせる気ですか!私も休暇が欲しいんですよ!!』
と、アレグリオ様の声が聞こえますが、もう良いです。
ウイルエル様が幸せそうですし、私を愛してくれているのから、もう丸っと良いのです。
私は、ふかふかとしたウイルエル様のお腹に鼻先を押し付け、思いっきり息を吸い込みます。
犬の匂いに微かに香る、懐かしいウイルエル様の香り。魂は同じでも、身体が違うのですから、気のせいだとは思いますが、それでも良いのです・・・このお犬様は、ウイルエル様なのですから。
「おや?眠いのですか?」
優しいウイルエル様の声と共に、私の額を、大きな舌がねっとりと通り過ぎていきます。
「・・・なめ・・ないで・・・。」
自称、元天地創造の神様で、元神官長で、現在犬をしている恋人のお腹の上で
元神子で、元女神で、現在仔猫の私は、小さな抗議の声を上げますが、その声に勢いはありません。
成長中の仔猫の身体は、そろそろ限界のようです。
重たい瞼を微かに開けば、楽しそうに笑うウイルエル様の顔があります。毛に覆われて、はっきりとは分かりませんが、多分楽しそうな顔です。
私が側にいる事で、その顔が見れるのなら、もう何でも良いです・・・
眠いから、考えるのをやめた訳では・・・・あり・・・・から・・・
「ゆっくりおやすみ、私の魂の伴侶。貴女がいるのなら、この世界を潰さなくてすみそうです。」