ブローチの記憶
「……婚姻の胸飾り、か。」
手を伸ばしても届かない程の深い穴に仕舞いこまれていた小箱から取り出した、淡い黄緑の石の填まったブローチを手に、アルが呟く。
ソレを載せた彼の手に、わたしも手を重ねて過去を覗きこむ。
こうして触れ合っていれば、同じものを彼も見れるから。
そのブローチを、お祖父さんの胸に飾るのは淡い金髪の少女。
小柄な彼女は、少し背伸びをしながら彼の胸にソレを飾って、そっとはにかむ。
ちょっぴり尖った耳をした黄緑色の瞳をした少女は、清楚で可憐な印象だ。
彼女の胸に、金の石の填まったブローチが飾られるとその白い頬がほんのりと色付く。
こちらに向けられる視線は柔らかく穏やかな思慕の色が滲んで見えた。
「可憐な少女だな。」
「可愛い子だねぇ。」
「輝影族ではないのだな……。」
「金髪だもんね?」
このグラムナードと言う町に暮らす輝影族は、髪質に多少の差はあってもみんな色は決まって漆黒で、他の色は存在しない。
だから、この少女は他の種族であり、どこかから嫁いできたのだと思われた。
彼女との時価何はとても穏やかで温かなものであったらしいと言うのは、向けられる幸福そうな頬笑みからも見て取れる。
やがて生まれた子供は女の子で、彼女を黒髪にして小さくしたような容姿で、彼はその子をあちこちに自慢して回っていたらしい。
ていうか、黒髪の遺伝子強いな!
でも、彼女達との幸せな時間は長くは続かなかった。
彼女とその娘は、子供の一番可愛い盛りに、惨たらしい方法で命を奪われたらしい。
らしいって言うのは、その結果だけしか見えないから。
ブローチの主が、コレを付けている時に見たモノしか物を仲介しての過去視では見えないのだ。
見えたのは、顔だけは生前のまま美しい彼女達の死体を前に、大きな雫が落ちる様だけ。
「……これは、どれ位前の事かね?」
「500年以上は前かな……。」
「……そうか。」
わたしもだけど、アルも先代様の奥方とその娘の最後の姿には随分とショックを受けたらしい。
過去視を止めて、大分してからやっと彼が口にした言葉は少し掠れていた。
「アル……。ぎゅーっとして、いい?」
「私もぎゅーっとして、いいかね……?」
わたし自身の死に様も、決して見た目が良いものじゃなかったけれど、人の手によってあんな風にされるなんて酷過ぎる。
ましてや、愛する妻子にあんな事をされたら……?
アルの胸に縋りついて、ぎゅっと目を閉じると涙が零れ落ちた。
「あれが、君だったらと考えたら、目の前が真っ暗になった……。」
暫くして、アルが少し震える声でそう呟く。
わたしは、上手く声が出せなくてただ頷いた。
「私なら……」
そう呟いて、彼はわたしの髪に顔を埋める。
震える身体とその声が、彼の気持ちを如実に語っていて、また涙が出た。
「……そうする選択肢が無かった彼は、どんなに苦しかったんだろうね。」
その頃は、アルのお祖父さん以外の管理者は居なくって、アルにとってのリエラちゃんの様な代行者なんてものも存在していない。
1人きりで長く長く管理していた彼には、代わりになってくれるような人も、一緒の時を歩んでくれる相手も居なくって、ましてや、その役目を放棄する方法すらも存在しなかった。
その上、世界を滅ぼす事が出来る力を持っていても、ソレを揮う事は許されない。
何でも出来ると言いたくなる程の力を与えられていながら、妻子を守る事も出来なかったなんて、それは、一体どれだけ辛くて苦しい事だったんだろう?
「だから、彼はあちらの大陸を逃げ出して、この地に閉じこもったのだな……。」
陰鬱な口調でそう呟くと、彼は重いため息を吐く。
きっと、この彼女が亡くなったその時に、先代様の心は修復が難しい程に傷ついてしまったのだろう。
創造主様は、そうなるよりも前にどうにかしてあげる事はできなかったんだろうか?
コネコ大陸への足掛かりは手に入れたモノの、わたし達は何とも暗い気持ちで帰途についた。
何はともあれ、明日には紫姫ちゃんと輝さんがリエラちゃんに連れられてこの町にやってくる。
あちらの大陸に向かう為の準備が整った事だけに、今は目を向ける事にした。
もう、終ってしまった出来事だし、何かを出来るとしてもこれは手を出してはいけない事の様な気がする。
私の神力を歴史を変える事に使うのは禁忌の様に感じるんだけど、それは私が娯楽小説を読み過ぎてるせいだろうか?
リエラちゃんには悪いんだけど、出発の前に悲劇の予告を残す事になる。
『森からの災厄により、迷宮都市アトモスが失われる未来が見えた。』
こういった災害に管理者は出来る限り手を出してはいけない事にもなっているみたいで、これ以上詳しい情報は残せない。
でも、彼女ならこの情報だけでも、災厄が広がらない様に立ちまわる事が出来ると思う。
まあ、難しい事は考えない事にする。
そちらの件は、最悪の場合でも町一つが犠牲になるだけで済むはずだし……。
当座はその町を守り切れれば、災厄の根絶についてはその元凶になんとかさせるしかない。
彼と接触する頃に、わたしがその事を覚えていられるかどうかは微妙な様な気がするから、紫姫ちゃんにきちんと交渉するように頼んでおかないといけないけれど。
なにはともあれ、リエラちゃんの健闘を祈る!
わたしの方は、紫姫ちゃんを今生の父のところに連れていく方を頑張らせて頂きます。
そうして明日、先代様のブローチを道標にわたし達は、コネコ大陸へと旅立つことになる。
次から、コネコ大陸編になります。
暫く不定期更新とさせていただきます。




