254話 決意の生徒会室
生徒会長になるため、選挙に出るのか出ないのか。
その決断を桜町会長、十里木副会長に伝える日が、ついにやって来た。
けれど、特に気負った感じもないし、むしろ心はすっきりと晴れている。
いつも通りに登校をして、授業を受ける。そして、放課後になった。
「それじゃあ、てれす。わたし生徒会室に行ってくるね」
「ええ。がんばってね」
「ありがと」
今日もてれすとは一緒に帰れないので、挨拶をすませてわたしは生徒会室へと向かった。
廊下を歩いて、階段を上って、また廊下を歩く。
ここで昨日下した決断を伝えたら、もうあとには引き下がれない。
いや、まぁ、生徒会選挙に落ちちゃったら普段と同じ生活のままなだけど。でも、桜町会長のあの感じだと、立候補すると言ったら当選させる自信があるのだろう。
生徒会室の前にやって来て、一度深呼吸をする。
よし、と気合を入れて、わたしは生徒会室の扉をノックした。
「はぁい、どちらさまぁ~?」
「最上です」
「あぁ! 最上さん、待っていたわ。入って入って」
「失礼します」
生徒会室の中には、前回訪れた時と同じく桜町生徒会長と十里木副会長が、それぞれ自分の指定席である場所に座っていた。
二人とも何か作業をしている途中だったようだけど、桜町会長がわたしに手招きをする。
……ちなみに、そのとき書き込んでいた書類はノールックで十里木副会長へとパスされていた。
「ようこそ最上さん。こっちに来て?」
「はい。あの、大丈夫なんですか?」
「ええ、もちろん。どうして?」
「いや、忙しそうだなって」
「大丈夫よぉ。十里木ちゃんがいるし」
と名指しされた十里木先輩が大きなため息を漏らすのを聞きながら、わたしは前回と同じ席に移動して、会長に促されて着席する。
桜町会長はいつも通りの人好きのする笑みを笑みを浮かべた。
「じゃあ、さっそく聞いてもいいかしら? って、その目を見たら、答えはなんとなーく、わかっちゃうけど」
「え、そうですか?」
「ええ。でも、最上さんの口から聞きたいわ~」
「はい、もちろんです」
わたしは短く息を吐いてから、桜町会長の目をじっと見つめる。
ニコニコしてくれている会長、そして心配そうにこちらを眺めている副会長を順に見てから、言葉を紡いだ。
「わたしは、生徒会長選挙に出たいです。そして生徒会長になりたいって思います」
「そう。よかった」
「桜町会長のようにはできないかもしれないですけど、それでも、自分なりにがんばりたいなって」
桜町会長、十里木副会長、水卜ちゃん。そして、てれす。
いろいろな人のお話を聞いて、わたしがわたしの意志で決断したことだ。
学校のため、桜町先輩の期待に応えるため。そして、てれすのため。決め手はたくさんあった。だけど、一番は何よりも自分のためだ。
今までにないくらい、この一週間は自分のことを考えた。
そして、気づいた。
この半年くらいの間に、てれすはすごく変わった。文化祭の様子を春と比べたらその差は歴然としている。
苦手なことだってたくさんあっただろうに、いまや自分からクラスのために行動をするようになった。すごい、と素直に想う。
でも、一方でわたしは?
わたしは、何か変わった?
いや、なにも変わっていない。
てれすと仲良くなって、一番の友達になって、それでも目に付くのはてれすのことばかり。わたしだって、がんばらないと。
これからもてれすの隣を歩いてくために、がんばりたい。
そう決意した。
「だから、会長。わたしに力を貸してください」
「もちろん、そのつもりよ。だってわたしが頼んだことだもの。最後まで責任を持って会長になるまでサポートするわ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。それじゃ、最上さんの気が変わらないうちに、選挙に出るっていう申し込みの紙を書いてもらおうかしら」
「気なんて変わりませんよ……」
「冗談よ」
「この用紙のこことここ、それからここも書いてくれる?」
「わかりました」
立候補者、の枠に自分の名前やクラスなんかを書いていく。
しっかり誤字なく書けているか、書き忘れているところはないか確認する。
うん、大丈夫。
自分が埋めるべき欄は全てきちんと書けていると思う。
残っているは先生がサインするところ、そして。
「桜町先輩」
「どうしたの?」
「この、推薦責任者ってところなんですけど」
「あぁ、そこは通常、応援演説をする人が書くことになっているの」
ということは、今回のわたしの場合は桜町会長になる、のだろうか?
「だけど、それは絶対じゃないわ」
「そうなんですか?」
「別にそこへ名前を書いたからと言って、絶対に応援演説をしなければならないという決まりはない。もちろん、応援演説だって、今はわたしがするつもりだけど、別の人に頼みたいのならそれでもいいわ。どうする?」
「どうするって……」
きっと、てれすに頼んでもいい、と言ってくれているのだろう。
だけど、わたしの答えは決まっている。
「桜町先輩、お願いできますか?」
「……わかったわ」
先輩はうなずくと、推薦責任者の空欄に自分の名前をサインした。
「それじゃ、この用紙を次は担任の先生に渡して?」
「はい」
「よぅし。公示されたら、がんばりましょうね」
「はい! よろしくお願いします!」
これから協力者となる桜町会長に頭を下げる。
と、会長は「うーん」と複雑そうな声を零した。
「といっても、今のところは最上さんだけになりそうかな」
「ええ!?」
「あ、だけど油断しちゃダメよ? 仮に立候補者が一人でも、信任……つまり信用できるかどうか、マルかバツかを書く投票があるから、活動はがんばりましょうね?」
「わ、わかりました……」




