253話 一番に話しておきたかったの
てれすからの連絡を受けて、わたしは教室から玄関へと移動した。
今日はいつもてれすが来る時間帯よりは少し早い時間とはいっても、やはり朝のホームルームの時間が迫ってきているので、玄関にいる人の数は少ない。
でも、これならてれすもすぐにわたしのことを見つけてくれるだろう。
そう思いつつ、スマホで時間を確認して、ポケットにしまう。
すると。
「あ! てれす」
「ありす。ごめんなさい、待たせたわね」
「ううん。お話したいって言ったのはわたしだし、今来たところだから」
「そう? それなら、よかったのだけれど……」
「うん。ごめんね」
「いえ、ありすなら構わないわ」
会話をしながらてれすはローファーを脱いで、上履きに履き替える。
かかとをトントンと床に打ち付けて、顔を上げた。
「それで、お話って何かしら?」
「あ、うん。それなんだけど」
「ええ」
わたしは一度深呼吸をしてから、改めててれすに切り出す。
「わたしね。生徒会選挙に出ようかなって思うの」
「……そう」
「うん。いろいろ考えてみて、わたし自身が出たいなって思って。どう、かな……?」
こんなこと、聞かれても困ってしまうだろう。
でも、最後にてれすの意見を聞いておきたかった。
聞くって言っても、もうわたしの意志は固まっているから、仮にてれすにが会長にならないでって言っても、出馬するつもりだけど。
いや、でも。てれすが泣いて止めたりとか、出馬するなら絶交とか、そんなことを言ったら決意が揺らいでしまう自信がある。間違えなく、わたしはそっちを取る。
もちろん、てれすはそんなことを言わないって知っているから、聞いたって言うのもあるけど。
……出馬のために、最後にてれすに背中を押してほしかったのかもしれない。
「どうって、わたしに言えることは前と変わらないわ」
てれすはふわりと柔らかな笑みを浮かべて答えてくれる。
「ありすのことなのだから、ありすが決めるべきよ。どの道を選んでも正解なのだし、わたしはその決断を肯定するわ」
「てれす……ありがとう」
「べ、別にお礼を言われるようなことじゃないわ……」
「あはは、そうかも。でも、ありがとね」
再び感謝の気持ちを伝えると、てれすは照れてしまったのか若干ほっぺたを朱に染めて、顔を逸らす。
「それで、これからのことなんだけど」
「これから?」
「うん」
選挙に出るってことは、当選するための活動をしなくちゃいけないわけで。
その間は、今まで通り過ごすなんてことはできなくなるだろう。
「今はまだ大丈夫だけど、生徒会選挙の期間に入ったら、忙しくなるそうなの」
「そうなの……って、当たり前よね。ええ」
「だから、しばらく一緒に帰ったり、電話とかMINEもあんまりできなくなっちゃうかも」
期間中はきっと、選挙のことで頭がいっぱいになってしまって、他のことに目を向ける余裕がなくなってしまうと思う。
放課後はきっと、ポスターを貼ったり、「お願いします!」って校内を回ったりすることになるんじゃなかろうか。桜町先輩たちも、何か考えてくれているかもしれない。
それに、朝も挨拶運動とかをするなら、早起きすることになるから、夜も今以上に早く寝ることになるだろう。
だとすると、てれすと一緒に居られるのは教室で授業を受けているとき、ご飯を食べているときくらいになる。
二人きりになんて、なるのは難しそうだ。
「……そう。そうよね、仕方ないわ」
少しだけ、てれすがしょぼんと肩を落としたように見えた。
だとしたら、ちょっと嬉しい……なんて思ってしまったわたしは、ちょっぴり嫌な子なのかもしれない。
心の中でそんなことを思ってしまったことも含めて、一度ここで謝罪をしておこう。
「ごめんね」
「あ、いえ。別に困らせたいわけじゃなくて……」
「うん、わかってるよ」
「その、ありすならきっと大丈夫だから、がんばって」
「うん。出るってなったからには、会長になってみせるよ!」
「ええ。応援しているわ」
「ありがと」
「わたしにできることがあったら、何でも言って」
「うん。頼らせてもらうね」
その言葉は心の底から嬉しい。
でも、正直言うと、てれすの手を借りるつもりはなかった。
今回はできるだけ。わたしだけでてれすには頼らずに成し遂げたいのだ。
教室へ向かって廊下を歩いている途中。
階段を上り切ったところで、てれすが首をかしげる。
「今日はそれを話したかったの?」
「てれすには相談に乗ってもらったし、一番に話しておきたかったの」
「そ、そう……一番に……」
「うん。これ実はね、まだ会長たちにも言ってないんだぁ」
「え……よかったのかしら……」
「いいに決まってるよ」
「そ、そう?」
「うんうん。だから、まだ秘密だよ?」
「え、ええ。もちろん……」
しばらくは、こうやっててれすと二人で一緒に歩くことはできなくなるのかぁ。
でもそれも、選挙が終わるまでの我慢だよね。
よし。
会長になって、またてれすの隣を笑って歩けようにがんばろう!
心の中で再び決意して、わたしたちは教室へとやって来たのだった。




