250話 ありすと十里木副会長
いつまでもてれすと一緒にいられるわけじゃない。
お昼休みに桜町会長に言われた言葉はこれだけではなかったけど、強く心の中に残っていた。
もちろん、わかっているつもりだ。
わたしたちは高校二年生で、卒業したら進路はたぶん違うと思う。
さらにその先、社会に出たら、絶対に今のように一緒に居るって言うのは難しくなる。
それにもしかすると、早ければ来年のクラス替えでクラスが離れてしまうかもしれない。その可能性だって、大いにあるだろう。
てれすが好きな人と結ばれるのなら、その応援をしたいし。
……そのとき、てれすの隣にいるのはわたしではなくなるけど…………。
でもでも。
今はわたしとてれすは一番の友達同士で、クラスも一緒というのは間違いない。
それを考えたとしても、わたしが生徒会長になる理由はある気がした。
これも桜町会長が言っていたことだけど、わたしが生徒会長になることで、てれすの努力を無視するような噂が少しでも減るのなら。
てれすの頑張りを多くの人に認めてもらう、そのお手伝いができるかもしれないのだ。
当たり前だけど、てれすのサボりや遅刻を生徒会長の権限で黙認する……なんてことは絶対にしないけど。
むしろ厳しく。いや、そこまで厳しくではないにしろ、ある程度は守ってもらわないと。
職権乱用にならないようにしつつ、でも、生徒会のお仕事がない日にてれすと生徒会室でゆっくりするくらいは許されるかもしれない。
……それは、ちょっといいかも。
そんなことを考えながら時間は進んでいって、放課後になった。
これから部活へ行く高井さんと手を振って別れて、カバンに教科書を入れていると、
「ありす」
「あ、てれす。ごめん、もう少し待ってくれる?」
考え事をしながら帰る準備をしていたせいか、てれすを待たせてしまっていたらしい。
「わたしは構わないのだけれど、その、お客さんよ」
「お客さん?」
誰だろう、とてれすの視線を辿る。
美月ちゃんあたりが勉強でわからないところを聞きに来てくれたのかな、と思ったけど、その予想は大きく外れた。
廊下からわたしを見つめていたのは、十里木副会長だった。
せ、生徒会長の次は副会長が!?
と驚きつつも、先輩をお待たせするわけには、と急いで廊下へ向かう。
「す、すみません、十里木先輩」
「いや、構わない。急に来たのは私なのだし」
十里木副会長がさして気に留めていない様子で、わずかに微笑んでくれたので、ほっとする。
それにしても、生徒会長の次は副会長って、今日はなんだかすごい日だ。
「どうかしたんですか?」
「あぁ、うん。少し君に話がね」
「はい……、あの、場所変えますか?」
お昼休みに生徒会長と話したばかりなので、おそらく生徒会選挙についてだと思う。
また何か伝え忘れがあったのか、追加で話しておいた方がいいことができたのか。
「いや、ここでいいよ。たいした話じゃないんだ」
「そう、ですか?」
「ああ。君も帰るところだろ? だから、できるだけ早く終わらせたいし」
ちら、と十里木先輩が視線を逸らす。
その先には、心配にそうにこちらを眺めているてれすの姿があった。
「それで話というのは、今日の昼休みのことなんだけどね」
「お昼……桜町会長と話した時のことですか?」
「そう。あいつが君と話をしたと聞いて、少しフォローをさせてもらおうかなと」
短く息を吐きながら、先輩は苦笑する。
「いろいろと桜町に言われたかもしれないが、あまり気にしないでほしい。あいつはあいつなりに君のために言ったんだろうけど」
「はい、それは。それに十里木先輩が気にするようなことは何も言われてませんし」
「そうかい? それならいいんだけど……」
おそらく、てれすとのことについて言っているのだろう。
でも、噂のことは桜町会長のせいじゃないし、生徒会に入るためにてれすと距離をとれて言われたわけでもない。
むしろ、気づかされたっていうか、良かったと思う。
「桜町先輩には、すごくわたしのことを考えていただいていたみたいで……」
「それなら、よかった」
ほっと安堵の表情を浮かべる十里木先輩。
「あいつはね、一年のときに副会長に立候補しているんだ」
「へぇ! 副会長から、会長になったんですね!」
「うん。だけどそのとき、すごく苦労してね。いや、苦労をかけたのはわたしなんだけど」
「え? 十里木先輩が?」
先輩の言っていることがよくわからないくて、聞き返してしまう。
桜町会長と十里木会長が一年生の時から仲が良かったとしても、二人は成績優秀で他の生徒の模範になるような人だから、お互い強みにしかならないと思う。
それなのに、苦労って?
「いやー、これはあんまり人に言っていないから、あまり口外してほしくないんだが」
「はい……?」
「実はわたし、一年の頃はなかなか悪い生徒でね」
「悪い、ですか? 十里木先輩が?」
「うんうん。今の高千穂さん……以上だった気がするな……あまり思い出したくないが」
「まさか」
今、わたしの目の前にいる副会長が、少し前のてれすみたいに遅刻は当たり前、サボりも同じく。
学習態度もあんまりよろしくなくて、他の生徒や先生への態度もよくない。そんな生徒だったなんて、信じられない。
「んー、だよね。じゃあ特別にこれを見せてあげよう」
そう言って、十里木先輩はポケットからスマホを取り出した。
少しの間、画面をスワイプして、やがて手を止める。
「はい、これ」
先輩が見せてくれたのは一枚の写真だった。
映っているのは、うちの学校の制服を着た二人の少女。
一人は桜町会長だとすぐにわかったけど、もう一人は派手な金髪に着崩された制服と、この学校の生徒とは思えない見た目をしていた。
二人ともすごくいい笑顔だけど、会長の友達……だろうか?
いや待って。
この写真を見せてくれたってことは……。
「え、もしかして……桜町会長の隣にいるのが」
「そうそう。二年前のわたしだ」
「え!?」
「誰にも言うなよぉ?」
悪戯っぽく笑いながら、先輩はスマホをポケットに入れる。
「てなわけで。桜町には迷惑をかけた。無論、わたしが副会長になるときも、だが」
たしかに、十里木先輩のこういう姿を見たら、先生たちは桜町先輩のことまで心配してしまうかもしれない。
十里木先輩の言うように、生徒会選挙は大変だったに違いない。
……この金髪だった頃の十里木先輩と桜町先輩がどうして仲良くしていたのか、そのきっかけは何だったのだろうか。
個人的に、すごく気になる。
「ということがあったから、桜町は君と高千穂のことを気にしている……心配しているんだと思う」
「そうだったんですか……」
「うん。まぁ、君が桜町のことを嫌な奴だと思っていなくてよかったよ」
「それはそうですよ」
「はは、そうか。それはよかったよ。それじゃ、悪かったね」
「いえ、ありがとうございました。その写真のことは誰にも言いません」
「そうしてくれると助かるよ」
笑顔でひらひらと手を振る十里木先輩と別れて、わたしは教室へと入る。
話は少し、ということだったけど思いの外盛り上がってしまった(というか衝撃的な写真を見せてもらった)こともあってか、中にはてれすしか残っていなかった。
「てれす、遅くなってごめんね~!」
「いえ、大丈夫よ」
「あはは、心配してくれてありがと。でも大丈夫だよ。さ、帰ろう?」
「……ええ」




