244話 てれすのお母さん
「お、お母さん……」
と言うてれすの言葉にわたしは驚愕しつつ、ゆっくりとこちらに歩いてくる女性に視線を向ける。
確かに言われてみれば、綺麗な黒髪とか、整った顔立ちとか、美しい歩き姿とか、目元とかが似ている気がする。
てれすはどうやら、お母さん似らしい。
それにしても、わたしのお母さんと同じくらいの歳の人とは思えないっていうか、絵に描いたような大人の女性だ。
加えて、大学病院でお医者さんをしているなんて、なんていうか、さすてれだ。いや、さすてれお母さん?
思わずわたしがてれすのお母さんを見つめていると、いつの間にやらてれすのお母さんは近くまで歩いてきていた。
会話ができるくらい近くにやって来て、てれすに話しかける。
「よかった、まだ帰っていなかったのね」
「お母さん、こんなところにどうしたの?」
「どうしたのって、母親が娘を迎えに来ちゃダメ?」
「ダメじゃないけど……」
てれすはお母さんに行事を見に来てもらったりとかした記憶がないと言っていたから、こうやって出会うのは慣れていないのかもしれない。
いつもの凛とした態度はお母さんに吸い取られてしまったみたいだ。
友達に自分と親が一緒にいるのを見られるのって、なんか気恥ずかしいっていうか照れるものがあるから、気持ちはわからなくもない。
だけど、こんなてれすはレアだから、ちょっと微笑ましい。
そのてれすが助けを求めるようにわたしへと視線を向けると、てれすのお母さんも同じようにわたしに顔を向けた。
自然と背筋がビシッと伸びる。
……それにしても、二人はほんとに似ている。
2人とも綺麗で、てれすが大人になったらお母さんみたいになるだろうし、てれすのお母さんも子供のときは、てれすみたいだったってはっきりわかる。
てれすのお母さんもてれすと同じくらいには顔が良いから、じっと見つめられるとドギマギしてしまう。
てれすも見ているから、威力は倍増だ。
「てれす、そちらの子は?」
「あ、えっと、ありす。友達よ」
てれすが紹介してくれたので、乗り遅れないようにわたしは頭を下げる。
てれすのお母さんに印象の悪い子だと思われるのは絶対に嫌だ。
「てれすさんの友達をやらせていただいてます! いつもてれすさんにはお世話になってます!」
頭を下げたまま、てれすのお母さんの返事をドキドキしながら待つ。
よくも娘をたぶらかして! とか言われないだろうか。
いや、たぶらかしてはないんだけど。
「あぁ! あなたが!」
「へ?」
「たまに娘から聞いているわ。ありすさんと仲良くしているって。お話通り、とてもいい子ね。頭を上げてちょうだい?」
「は、はい」
とりあえずは好反応っていうか、認めてもらえたっぽくて、肩の力が抜ける。
頭を上げると、てれすのお母さんは柔らかく微笑んでくれた。
その笑顔も、てれすそっくりだ。
「娘はほら、ちょっと面倒っていうか、あれなところがあるから心配してたんだけど……」
「お、お母さん……」
「でも、あなたみたいな素敵なお友達が本当にいて、嬉しいわ。これからも娘をよろしくね」
「はい! もちろんです! こちらこそ、お願いします!」
「ええ。ありすさん」
こう言っちゃうと失礼だけど、てれすのお母さんはもう少し厳しい人なのかと思っていた。てれすの話を聞くと、仕事優先でてれすのことは放っておいている、みたいな印象だったから。
でも、そんなことはなくて、すごく優しい。
やっぱり、てれすのお母さんって感じかもしれない。
と、てれすのお母さんが腕時計を見て、「さてと」とてれすに話しかける。
「てれす」
「なに?」
「そろそろ行きましょうか」
くるりと方向転換して、乗ってきた車へと向かおうとするお母さんに、てれすは困惑気味に声をあげる。
「い、行くってどこに?」
「夕食に決まっているでしょう。あら、言っていなかったかしら」
「そんなこと、聞いていないわ」
「そうだった?」
「一言も聞いていない。迎えに来ることも」
「あらー、それはごめんなさいね。でも、別に平気でしょ?」
「そんな、勝手に決めないで……ッ」
わずかに怒りが含まれた風に感じられるてれすの言葉に、てれすのお母さんが足を止める。
少し、意外そうな顔をしながら、てれすに質問した。
「……何かあるのかしら? はっきり言わないとわからないわよ、てれす」
「その、このあと……」
もごもごと、てれすは言い淀んでしまう。
きっとてれすの心の中は、わたしとの約束とお母さんとの夕食で揺らいでいるのだろう。
どっちを優先させればいいのか、と。
悩んでくれるのは嬉しいけど、そんなの比べるまでもなく答えは決まっている。
「あの、てれす」
「ありす?」
「わたしのことはいいよ、てれす」
「ありす……でも」
……わたしの憶測でしかないけど、もしかすると、てれすのお母さんは文化祭にも来る予定だったんじゃないだろうか?
だけど、どうしても仕事が間に合わなかったから、せめて夕食でもって考えた。
もちろん、本人に聞いてみないと、実際のところはわからないけど。
「わたしのことは気にしないで。ね? わたしとはいつでも会えるけど、お母さんと一緒に過ごす機会ってあまりないんでしょ?」
「それは、そうかもしれないけど」
「いいからいいから。また今度遊ぼ?」
「……えええ。ありすがそう言ってくれるのなら」
「うん。それじゃ、また学校で」
「ええ。ありがとう、ありす」
「ううん」
お泊り会をしたいって気持ちはあるけど、それは次の機会ってことで。
てれすにとっては、お母さんと一緒にご飯を食べる、それも文化祭の日にっていうのは、もう二度とないかもしれないのだ。
てれすはまだ少し気にした様子を見せつつも、お母さんにうなずいてみせた。
「行くわ、お母さん」
「そう」
お母さんと一緒に車へと向かうてれすと手を振り合って、別れる。
その二人が見えなくなってから、わたしは歩き始めた。
一人になって、ちょっと寂しいけど仕方ない。
てれすとまだ一緒にいられると思っていたから、より一層とその想いは強くなる。けど、自分で決めたことだし。
それに、また学校で会えるし、お楽しみが先に延びたって思うことにしよう!
そう自分に言い聞かせて、一人帰路に就いた。




