240話 二人の相性
「それでは次に、ありすちゃんとてれすちゃん、二人の相性を占いまーす」
そう占い師さんはわたしたちに言って、紙とペンをそれぞれに差し出してきた。
「これに名前と生年月日を西暦でお願いしまっする」
「わかりました」
「しまっする」
「な、なぜ二回……」
「うふふ」
占い師の生徒はただ笑っていた。
たしかに小ネタみたいなのもスルーしてしまったのは申し訳なかったと思う。
でも、正直言うとあれにどう返事をしたものかと考えていた結果、普通に受け答えをしてしまったのだ。
ちなみに、てれすは困惑した表情で黙していた。
……この占い師さん、わからないなぁ。
不思議な感じがするっていうか、つかみどころがないっていうか。
とりあえず、占い師さんからペンを受け取って、メモ用紙くらいのサイズの小さな紙に、フルネームと生年月日を書く。
てれすと同じくらいの来民具で書き終わって、占い師さんにお互い紙とペンを渡した。
占い師さんはそれを受け取って、名前の書かれた用紙をまじまじと見つめる。
「えっと二人とも質問なんだけど」
「は、はい?」
どうしたんだろうか。
何か間違っている……ってことはないと思うし、生年月日もちゃんと西暦で書いたと思う。
もしかして、名前を見ただけでわかるくらい、めちゃくちゃ二人の相性が悪かったのだろうか?
そんなわたしの不安が伝わっていたのか、占い師さんが苦笑を浮かべながら「まだ何もわからないから大丈夫だよ」と教えてくれた。
「聞きたいのは、二人とも名前はひらがなでいいのねん? ってこと」
「あぁ、そういうことですか」
質問の内容がわかって、ほっと安堵する。
たしかに日本人の名前って、同じ読み方をしても感じが違うこともあるし、使われている漢字とかその画数で占いの結果は変わるんだろう。
わたしの名前は紙に書いた通りひらがなでの表記で正しいので、うなずく。
「はい、ひらがなです」
「おっけおっけ。てれすちゃんは?」
「わたしもです」
「はいよぅ、それじゃあ占いますよう」
占い師さんは別の用紙を取り出して机の上に置くと、わたしとてれすが渡した養子と見比べながら、何やら書き込んでいく。
しばし彼女のペンが動く音だけが聞こえ、わたしたちは結果を待つ。
そしてついに占い師さんの手が止まって、顔を上げた。
「はーい。出ました」
「ど、どうですか?」
隣の席では、てれすが緊張した面持ちで、ごくりとつばを飲み込んだ……ような気がした。
その気持ちは、すっごくわかる。
「えっとね。基本的にはいいよね。うん」
「ほんとですか?」
「うんうん。まぁ、あれだよね。一緒にこうして占いに来てるし、仲は良いよね」
「た、たしかに……」
「間違いないよ。信じてみ? 名前もそうだけど、星の位置もいい感じだから」
うんうんと占い師さんはうなずきながら話しているので、きっとその通りなんだろう。
2人の中は最悪とか、一緒にいるのはあり得ないとか言われなくてよかった。
良いって言ってるし、絶対そう。
信じてって言葉を信じようと思う。わたしとてれすの相性はいい!
「あとはねぇ、そうねぇ」
今まで、はきはきと滔々と淀みなく話していた占い師さんが、初めて言葉を詰まらせた。
何か気になることでもあったんだろうか。
「どうしたんですか?」
「えーっと。二人の苗字を交換してみようか」
「苗字ですか?」
「うん。あー、今この瞬間ってことね?」
「は、はい。わかりました」
これで何が分かるんだろう?
疑問でいっぱいだけど、頭の中で苗字を取り返っこする。
高千穂と最上を交換ってことだから、わたしが高千穂ありすになるってこと。
え、それってまるで……。
と、隣のてれすをちらと見る。
てれすのほうも思うところがあったのか、わたしと一瞬だけ目を合わせたけど、すぐに逸らしてしまった。頬はほんのり色づいていて、わたしまで気恥ずかしい。
「あの、これで何が分かるんですか?」
「さぁ?」
「え、さぁ……って?」
「いやー、なんだろうね。二人はどうだった?」
「どうって、やっぱり違和感っていうか不思議な感じがしましたけど」
苗字って、わたしは生まれてからずっと、16年間同じで別のものって名乗ったことがないから、落ち着かない感じだった。
憧れの苗字のランキング、みたいなのを前にテレビでみたことがあったけど、わたしは特に考えたことがなかったし。
それに、てれすの苗字になるってことは、たぶんそういうことだから……って、そういうことを余計に変に意識してしまう。
いや、もちろん占いのためっていうか、遊び感覚に近いから、深く考えなくていいんだけど……。
「てれすちゃんはどうだった?」
「わ、わたしも同じです……変な感じっていうか、むず痒いっていうか……」
「そっかそっか」
占い師さんは納得したように首を縦に数回振っているけど、わたしには、というよりわたしとてれすには、何のことだかわからない。
「あの、これって何だったんですか?」
「え? 何だろうね?」
「えぇ……」
指示をした占い師さんもよくわかっていない占いって……。
ていうか、そもそもこの苗字交換って占いじゃないと思う。うん。
だって、これでは本当に何も占ってくれてない気がするし、恥ずかしかっただけだ。
「あ、それともう一つ。二人にとっても大事なことを忘れてた」
「大事なこと……」
「うん。とってもね。ハンバーガーのピクルスくらい大事」
たしかにハンバーガーのピクルスは美味しいと思うけど、どのくらい大事なのかはイマイチわからなかった。
けど、とても大事なことって言われたら気になってしまう。
「よくわからないんだけど、何か壁に当たりそうかも? うーん、あんまりこの感じって、見たことなくて、はっきり言えないのが申し訳ないんだけど……」
占い師さんは、今日一度も見せたことがないような、悩んだ表情になる。
あごに手を添えて、確かめながらゆっくりと続きを口にする。
「今までにない感じになるかも。試練っていえばいいのかな、ニュアンスとしてそれが正しいのか微妙だけど、何かありそう。それも、けっこう近いうちに」
「試練ですか」
「うん。なんだろうね、これ。本当に珍しいやつで、わたしも驚いてるの。でも二人でしっかり密にコミュニケートすれば大丈夫だと思うよ。うんうん、そうしな?」
「わ、わかりました」
何かって何だろう。あくまで占いだっていうのはわかっていても不確定だからこそ、不安になってしまう。
てれすも首をかしげていた。
「ありすちゃんとてれすちゃんの相性がいいのは間違いないから、そこは自信をもって?」
「はい」
「それじゃ、こういう感じで。今日はありがとうショータイム!」
「……は、はい。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
二人でお礼を言って立ち上がる。
暗幕をくぐって教室の扉を開けると、けっこうな数の生徒が順番待ちで並んでいた。
まだ文化祭が終わるまでは時間があるとはいっても、全員を占うことができるんだろうか、といらぬ心配をしてしまう。
受付の生徒にもお礼を言って、わたしとてれすは魔女の館を離れるのだった。




