239話 てれすと占い
「こちらにどうぞ」
案内してくれた生徒に促されるままに、わたしとてれすは薄暗い教室の中に足を踏み入れる。
外観が少しだけお化け屋敷に似てるかもって思っていたけど、こう見るとなかなかに雰囲気はそっくりかもしれない。
暗幕をくぐると、「ようこそ」と机を挟んだ向こう側にいかにも占い師って感じの女子生徒が座っていた。
服装は黒のドレスとテレビなどで見たことがある占い師と同じような格好。顔も黒色のベールで隠されているため良く見えず、そのため彼女の学年はわからない。
一歩踏み入れた雰囲気もそうだけど、想像以上に本格的な空気感に飲まれてしまって、わたしとてれすは立ちすくんでしまう。
と、占い師の生徒が柔らかく口元を緩めた。
「ささお二人さん。こちらに座って」
「は、はい」
手招きに従って、用意されていた二つの椅子に、わたしとてれすはそれぞれ腰を下ろす。
さっきよりも占い師の生徒とは距離が近いけど、誰かっていう判断はできない。もしかすると、先輩なのかもしれない。
占い師の生徒を観察していると、彼女がおもむろに話し出す。
「えー、今日はオカルト研究会の占いに来てくれてありがとうございます」
軽く頭を下げると、隣でてれすもぺこっと小さく会釈をした。
それを見た占い師の生徒はうなずいて、話を続ける。
「それではさっそく占っていきたいんですが、まず占いの料金が二億両になります」
「えっ!?」
彼女の言葉に、思わず反応してしまう。
「キャッシュがないなら銀での支払いも可よん?」
「いや、なんで下関条約……? って、無理ですって、そんなお金……」
現金ももちろん、銀も持っていない。二億両って、たしか今のお金で行ったら三億円くらいって先生が言っていた気がする。
てれすのほうをちらと見ると、てれすが困惑しきった顔をしていた。が、すぐに意を決したように立ち上がる。
「ありす、出ましょう。このお店は危険だわ」
「え、う、うん」
てれすに応じよう……っていうか、てれすに腕を掴まれてわたしも立ち上がる。
と。
その様子を見ていた占い師の生徒が「まぁまぁ、落ち着いてよ」と言葉をかけてきた。
「待って待って。冗談だから。じょーだん。さすがに文化祭でそんなお金取れるわけないでしょ? おーけー?」
「冗談……」
「うんうん。冗談。バスケットボール」
「そうだったんですか……」
占い師さんの言葉を聞いて、たしかにと納得する。
今日はあくまでも高校の文化祭何だから、お金稼ぎが目的のことってあまり許されないと思う。楽しむことが最優先って先生も言っていた気がするし。
「あはは、そういう反応してくれると、やっぱり楽しいね」
「す、すみません……」
謝罪を口にすると、占い師さんは「謝らないで」と頭を上げるように言った。
そして、てれすのほうに顔をを向けて、苦笑する。
「その、そっちの子もからかったのは悪かったから、そろそろ睨むのやめてもらっていいかな? めっちゃ怖いんだけど……」
「…………」
占い師さんが指摘するまで気づかなかったけど、てれすは警戒心をあらわに、まるでゴミでも見る様な視線で占い師さんのことを貫いていた。
あんまり見たことのない敵意に満ちた瞳。てれすが美人なこともあってか、迫力満点だ。
「て、てれす?」
声をかけると、てれすははっと肩を揺らす。
「ご、ごめんなさい。つい……」
「あ、いいえ、そのわたしも伝わりにくい冗談言っちゃったかもだし、お互いさまってことで……」
と双方が謝って、問題は無事に解決。
仕切り直すためか、占い師の生徒が咳払いをしてから口を開いた。
「さてと。それじゃあ占うんだけど、あなたたちは何を知りたいのかな?」
「とりあえず、ぞれぞれの運勢とかを占ってもらって、それから二人の相性とかって見てもらえますか?」
「ふむふむ、おっけー」
軽い調子で承諾してくれて、占い師さんはタロットカードを取り出した。
「じゃあまず、あなたから占おっかな。お名前は?」
「最上ありすです」
「ありすちゃんね。はーい、ちょっと待ってね……」
と占い師さんはタロットカードを裏向きに並べていって、順番に表にしていく。
「あー、ほうほう。へー」
「えっと、どうですか……?」
一人感心したように声を零す占い師さん。
めちゃくちゃ不安だ。
「うーんとね。基本的には素直に今のままでいいと思う。でも、優しすぎるっていうか、何て言えばいいのかな……えっと、大事な相手と誤解しちゃうかも」
「誤解、ですか?」
「うん。星の位置がこれだと、わりと近いうちかな? だから、相手のことを考えよう。うん、それがいい。そうしな?」
「は、はい……」
「それじゃあ次は隣の子ね」
と、占い師さんは視線をわたしからてれすに移した。
「お名前は?」
「……高千穂てれす、です」
「てれすちゃんね。ほうほう……」
わたしのときと同じように、占い師さんは慣れた手つきでタロットカードを並べていく。
すべてのカードを表向きにすると、
「なるほどねぇ。そう来たか……」
そうつぶやいて、てれすを見た。
「あなたたちはおもしろいね。逆っぽいんだけど、おんなじっていうか。うん。おもしろい感じがする」
ど、どういうことだろう……。
おもしろいって、褒め言葉として受け取っていいのかな?
「えーっと、てれすちゃんの結果ね。てれすちゃんはねぇー、もう少し素直に自分のことを出してもいいかも。自分でも知らない自分のことっていうか、そうだね、とりあえずはもっと自分のことを知ろう! それがいいかな、うん。そうしな?」
「自分のこと?」
「うんうん、自分のこと。なんかさ、あるんじゃないの? 知らないけど」
「い、いえ、特には……」
「そうなん? まぁいいや」
占い師さんはタロットカードを片付け始めた。
……え、この占い師さん、ちょっと適当過ぎない?
いや、そんなものなのだろうか。
でもでも、ぽいことは言ってくれているし……。
それに、最終的に占いって信じる信じないのは自分次第だから、こういうものなのかもしれない。
あくまでも文化祭の出し物の一つだし、楽しくって考えたらこういう感じなのかもしれない。
「それじゃあ、次は二人の相性だったね。ちゃちゃっとやろうか」
「はい。お願いします」
首肯すると、隣でてれすもうなずく。少し緊張した面持ちだった。
こうして二人で占いに来ているし、文化祭も一緒に回っていたわけだから、相性が悪いってことはないと思う。
でもやっぱり、緊張してきた……。
そんなわたしたちの心境のことなどまったく察していないみたいに、占い師さんは笑顔で紙とペンを取り出したのだった。




