237話 2人の文化祭
「――それで、次はどこに行くか決まった?」
廊下を進みながら、パンフレットを眺めているお母さんに尋ねる。
「そうねぇ……」
桜町先輩、十里木先輩のクラスがやっていたメイド喫茶を経て、わたしたちは廊下を歩いていた。
途中、てれすのほうがお母さんっぽいって言ったら、てれすとお母さんがなぜかわたしの頭を撫でるっていう、よくわからない状況になったけど、あれは本当になんだったんだろう……。
嫌ってわけじゃないんだけど、周りに人がいっぱいいるからすっごく恥ずかしかった。
と、先ほどのことを思い出しながら、隣を歩いているてれすを横目で見る。
てれすはもう何も気にした様子もなく、いつも通り凛とした綺麗な顔をしていた。わたしの視線に気づいて、首をかしげてくる。
「ありす、どうかした?」
「あ、ううん。なんでもない」
「そう?」
「うん」
やっぱりてれすは、いつもと同じだし、わたしだけ変に意識するのはもうやめておこう。
文化祭だし、ちょっと周りの空気に流されちゃったのもあるかもしれない。お母さんも悪ノリしていたし、てれすにもそういうことが起きたのかも。
今までのてれすだったら、そういうことはなさそうだったけど、それだけ学校やクラスに馴染んでるってことなのかもしれない。
だったら、それは良いことだなって思う。
てれすはちゃんと自分を持っているから、流されても流されないっていうか、変なことにはならないし、絶対いいこと。
この一年で、てれすはすっごい変わったなって改めて感じた。
そんなことを考えながらてれすを見ていたせいか、てれすはより一層、怪訝そうに首を捻った。
なんでもないよ、と若干の気恥ずかしさを覚えつつ首を振って、お母さんに視線を向ける。
どうやら、ちょうど次に向かう場所の目星がついたらしく、「あ」と言う声を零した。
「二人が良かったら、文化部さんの活動を見てもいいかしら?」
「美術と書道とかってこと?」
「そうそう。この書道パフォーマンスとか面白そうだし、どうかしら」
「へぇ、そういうのやってるんだ」
「ここに書いてるわよ? ちょうど今からあるみたいだから、急いだら間に合いそう」
「あ、ほんとだ」
書道パフォーマンス。
テレビとかで見たことはあるけど、実際には見たことはもちろんない。
中学生のときは書道の授業があったけど、高校ではないので、書道と関わることもなくなっていた。
……おもしろそう。
わたしはオッケーだけど、てれすはどうだろうか。
と、てれすのほうを見ると、心配は杞憂だった。てれすも興味深そうに「書道パフォーマンス……」とつぶやいていた。
「てれす」
「?」
「書道パフォーマンス、どう?」
「ええ、行きたいわ」
「よぅし、決定ね」
てれすもうなずいてくれたので、誰の文句もなく満場一致。
ということで、わたしたちは書道パフォーマンスが行われる、体育館へと急いで向かうのだった。
体育館にはすでに多くの観衆が集まっていて、パフォーマンスが始まるのを今か今かと待っているようだった。
わたしたちも席取りをして、数分後に迫ったパフォーマンスに備える。
そして始められた書道部のパフォーマンスは圧巻で、躍動感のある書道部員たちの動きに合わせて、大きな半紙に迫力のある文字が作られていく。
最後の一画が書かれると、拍手喝采に包まれた。
巨大な半紙に書かれた言葉は『希望』。
わたしはもちろん、隣を見るとてれすもお母さんも自然と拍手をしているみたいだった。
書道部のみなさんがお辞儀をすると、また一層大きな拍手が沸き起こる。
「――いやぁ、すごかったね!」
体育館からの帰り道、わたしたちは書道部のパフォーマンスの余韻に浸っていた。
提案してくれたお母さんは、もちろん興奮気味に答える。
「ええ。最近の子たちは本当にすごいのねぇ」
「次はどうしよっか?」
体育館では部活やクラスが出し物をするみたいだけど、今は書道部の片付けをしているから、しばし休憩時間。
だからみんな、校舎のほうに流れてきている。
「そうねぇ……」
お母さんは悩んだ様子でパンフレットを広げて、わたしたちを順々に見た。
「あとは二人で見て回ったら?」
「え? お母さんは?」
「わたしはもう少し適当に見てから、帰るから」
「だったら一緒に」
「嬉しいけど、ね? ありすとてれすちゃん。二人の思い出も大切でしょう? 来年はもう受験だし、高校二年生の文化祭は今日しかないんだから」
真剣なお母さんの言葉には重みがあった。
そんな風に思っていてくれたなんて嬉しいし、たしかにその通りだと思う。
やっぱりお母さんは大人だ。
ちらと隣を見ると、てれすはどうしたら、という感じで困惑しているみたいだった。
それはそうだよね。ここはわたしが導いていかないと。
「……わかった」
お母さんに首肯して、てれすに向き直る。
「てれすは、それでいい?」
「え、ええ。わたしは嬉しいけれど、いいのかしら」
「もちろんよ、てれすちゃん。わたしはとっても楽しかったから、あとは二人で楽しんで?」
「……はい。ありがとうございます」
てれすのお礼に、お母さんはにこりと笑い返した。
「それじゃあ、わたしは適当に歩いて、演劇部の演繹を見て帰るから。二人とも、ありがとう」
「ううん。わたしたちこそありがとう、お母さん」
てれすがぺこりと頭を下げると、お母さんは軽く手を振って、人波にさらわれるように廊下を進んでいった。やがてその姿も見えなくなる。
「さてと。わたしたちも行こうか、てれす?」
「ええ。そうね」
「どこか行きたいところってある?」
「いえ、特には……」
「そっか。それなら、わたしたちも適当に歩いて探してみよっか?」
「ええ」
何かあるかなぁ、とわたしたちも廊下を歩くのだった。




