236話 お母さんっぽい
お母さんに、うちのクラスのお化け屋敷に入ろうと提案されて、入ることになった。
文化祭の前日に、わたしとてれすで体験をしたときは驚きすぎて悲鳴を上げちゃったわたしだけど、きっと今回は大丈夫。
二回目だし、時間はめちゃくちゃお昼だし、てれすに加えてお母さんもいる。
……お母さんがふざけて、わたしの耳とか首筋に息を吹きかけておどかしてくる可能性もあるけど、てれすがいるからたぶん大丈夫。
そう思って、わたしとお母さん、てれすは山中さんに案内されて、教室に入った。
……わけだけど。
「――はぁ、楽しかったわぁ」
お母さんが笑いながら満足そうにつぶやく。
最後の背後から驚かされる、という仕掛けを突破して、わたしたちは廊下に出てきた。
どうして笑っている(というか大爆笑)のかというと、最後の仕掛けでわたしが悲鳴を上げてしまったから。
……ずっとこの調子だから、ちょっとひどい。
もちろん、お母さんが楽しんでくれたみたいだからよかったけど、わたしはというと、どっと疲れてしまっていた。思わずため息が出る。
「あ、ありす。大丈夫?」
「うん……なんとか」
心配してくれるてれす。だけど、お母さんにはそんな様子はない。
わたしがほっぺたを膨らませて睨むような視線を向けていると、それに気づいてこちらに振り向く。
だけど、目が合うと思い出したように吹き出して、笑い始めてしまった。
「もうっ、お母さん。いつまで笑っているの!」
「だって……ふふっ、ありす。あなた……あはっ、お化け屋敷こんなに苦手だった、の?」
「そうじゃないけど」
「すっごい悲鳴だったから。映画かと思っちゃったわ」
「うぅ……」
「だからあなた、入ろうっていったとき、ちょっと渋ってたの? 可愛い~」
「か、からかわないでよ。だってわたし、腕を掴まれたんだよ!? びっくりしないほうがおかしいよ!」
そう、わたしが悲鳴を上げてしまったのは、そのせいなのだ。
序盤や中盤は、一度経験しているということもあって、無事に乗り切ることができた。
だけど、最後の最後にお化け役をしていた犬飼さんがふざけて、わたしの手を掴んできたのだ。しかも、超至近距離でゾンビのマスクをつけていたから、悲鳴を上げずにはいられなかった。
……完全に犬飼さんのせい。
お客さんに触るのも、お客さんが触るのも禁止なのに、ひどい。
「あぁ、面白かったわぁ~。ありす、あなたホラー作品の女優さんになれるんじゃない?」
「なれるわけないでしょ!」
もうっ、ずっとからかってくるんだから……。
これはあれだ、今日お家に帰って晩ご飯を食べているときにも話題にされるパターンな気がする。
と、てれすがわたしの手をとった。
「ありす、あれは仕方ないと思うわ」
「だ、だよね!」
てれすの手を握り返す。
さすがはてれす、わかってる。さすてれだ。
それに比べてお母さんは……。今もちょっと笑っている。
「えー、でもてれすちゃん?」
「は、はい?」
「さすがにあれはびっくりしすぎだと思わない?」
「それは……」
お母さんの質問に、てれすは黙ってしまった。
そしてついには「……はい」と肯定してしまう。
「て、てれす……」
たしかに、終始ニコニコしてたお母さんや、表情を崩さなかったてれすに比べたら、わたしはびっくりしていたかもしれない。
けど、そこまで笑われるほど、それこそ映画って言われるくらいは悲鳴だって大きくなかった……はずだ。
ちょっとむくれるわたしに、てれすは優しく微笑んで口を開く。
「でも、その、ありす。誰にでも苦手なことの一つや二つはあると思うわ」
「いや、だから苦手ってわけじゃ……」
「それにありすにはいいところがいっぱいあるから、むしろいいと思う」
「あ、ありがとう……?」
「ええ。わたしは、とても良いと思うわ」
わたしを励まそうとしてくれているのはすごく伝わってくるんだけど、真剣な表情で、それも凛と整って美人なてれすに言われると恥ずかしい。
いつもは照れるのはてれすだけど、今回は逆。
照れているのを悟られないようにわたしは目を逸らして、お母さんに話しかける。
「ほら、お母さん。てれすはすっごく優しいでしょ。お母さんも見習って」
「え~?」
「だってずっと笑ってるんだもん。てれすのほうがお母さんっぽいよ」
「わ、わたし?」
思わぬところで名前が出てきたためか、てれすが自分を指差して首をかしげた。
「うん」
「そ、そう。わたしがありすのお母さん……」
「あの、てれす? あんまり深い意味はないよ?」
わたしの言葉をどういう風に受け取ったのかはわからないけど、てれすは思案顔になる。
そして、顔を上げたと思うと、こちらにやって来て、
「ありす」
「う、うん?」
なぜか、わたしは頭を撫でられた。
「てれす? なにしてるの?」
「いい子いい子……?」
「なんで!?」
あ、わたしがお母さんって言ったから?
とはいえ、突然のことに、びっくりしてしまう。
嬉しいと言えば嬉しいけど、すごく恥ずかしい。他の人も見ているので羞恥のほうが大きい。顔が熱い……。
更に、その様子を眺めていたお母さんが「あぁ!」と納得したような声を零した。
「なるほど。ありすはそうしてほしかったのね」
「いや、ちがっ」
「ほら、お母さんもしてあげるわ。いい子いい子」
「やめてよ二人とも!?」
学校の廊下で、お母さんと同級生に「いい子いい子」と言われながら頭を撫でられるわたし。なにこの状況。
このままだと、二人は一向にやめてくれる気配がないので、わたしは無理やり脱出を試みる。
二人の手から抜け出すと、「あっ……」とすごく寂しそうな残念そうな視線を向けられた。
ちょっと悪いことをしてしまったかも……って一瞬思いそうになるけど、どうしてわたしが罪悪感を感じてるの……。
「ほら、二人とも。次行こう?」
半ば強引にこの場を離れようと、わたしは歩き始める。
未だに少し残念そうに肩を落とす二人がついてきているのを確認して、わたしはため息を漏らすのだった。




