235話 ありすのクラスとお母さん
桜町会長と十里木副会長のクラスでパンケーキを食べ終わって、わたしたちは会長にお礼を言ってお会計へと進んだ。
お母さんがまとめてお金を支払おうとしたので、てれすが慌てて財布をポケットから取り出す。
「あの、お金」
「あぁ、いいからいいから」
「でも、自分の分くらいは……お母さんに言われていますし」
「いいのいいの。ありすといつも仲良くしてくれているし、ね?」
そう言われて、財布を開きかけていたてれすは、手の動きを止めた。
何やら思案するみたいに難しそうな顔になる。
仲良くしてくれているから、と言われているのにここでお金を無理やりに払ったら、なんだか仲良くしていないみたいかも。でも、お金を払わないのも嫌だし、どうすれば、と葛藤しているんだと思う。
「てれす」
「ありす」
てれすはお財布に手をかけたまま、わたしのほうに顔を向ける。
「いいの、かしら……」
「うん。お母さんが言ってるんだし」
「ええ。てれすちゃん、そのお金はありすと遊ぶときにでも使って?」
お母さんが柔らかく微笑むと、てれすはようやく観念したように財布をポケットに戻した。
それから、お母さんに小さく頭を下げる。
「ありがとうございます」
「いいえ。これからもありすのことをよろしくね?」
「はいっ」
力強く、そして素早くうなずくてれす。
そんなに即答されると、嬉しいけど恥ずかしい。でもでも、やっぱり嬉しいのが一番だし、てれすとお出かけをする約束のチャンスだ。
「てれす、またどこか行こ?」
「ええ」
てれすは少し赤みの差したほっぺたのまま、首肯してふわりと笑みを浮かべる。
「ありすのさそいなら、いつでも喜んで」
「うん、ありがと」
ちょっと気恥ずかしい。
わたしたちの反応にお母さんは満足そうに「うんうん」と納得して、レジの先輩にお金を支払ってくれた。
先輩たちの教室から出て、廊下でお母さんはパンフレットを眺める。
「さて、次はどうしようかしら」
「お母さんの興味があるところでいいよ?」
「そう?」
尋ねてくるお母さんに、わたしもてれすもこくりとうなずく。
「あ、でもお母さん」
「なに?」
「食べ物はもうきついかも。わたしもてれすも、ご飯は食べたから」
「おっけー、わかったわ」
再びお母さんはパンフレットに目を落として、「うーん」と考える。
数秒の間悩んで、答えを出した。
「それじゃあ、ありすとてれすちゃんのクラスに行きましょうか」
「え!?」
予想外の提案がされて、思わず声を零してしまう。
てれすも以外だったみたいで、少しだけ目を大きくさせていた。
「どうしたの?」
「いや、なんでわたしたちのクラス?」
「ダメ?」
「ダメじゃないけど……」
わたしとてれすが驚かす番は終わっている。それにお化けの衣装を着ている写真もさっき見せた。
お母さんって、そんなにお化けやすき好きだったかな? 何度か遊園地には連れていってもらった記憶があるけど、あまり覚えていない。
「わたしもてれすも、もうお化けはしないけど、いいの?」
「うん。それはさっき写真を見せてもらったから、十分よ」
「そう? うん、わかった」
もちろん、お母さんが行きたいって言うのなら、それが一番だから一緒に行く。
てれすに「いい?」と聞くと「ええ」と了承してくれた。
「2人のクラスがどんな出し物をしているのか、気になるのよ。見ておきたい」
「そういうもの?」
「そういうものよ」
ということで、わたしたちは三年生のフロアから階段を下りて、一つ下の階にやって来る。
この時間、受付をしているのは山中さんだった。
午後になって、体育館でステージ発表が始まったからか、お化け屋敷に並んでいる人の数も、少し落ち着いたように見える。
「あ、最上さんと高千穂さん。おかえり」
「うん。ただいま」
山中さんの視線は、わたし、てれすと順に見て行って、お母さんのことろで止まる。
「最上さんのお母さん?」
「うん」
首肯して、わたしはお母さんに山中さんのことを紹介する。
てれすのときもそうだったけど、クラスメイトをお母さんに紹介するのってちょっと気恥ずかしい。
逆もそうなんだけど。
「お母さん。こちらクラスメイトの山中さん。文化祭では、あそこにある看板を作ってくれたの」
受付を後ろに目立つようにして掲げられている看板を指差して言うと、お母さんは感心するような息を漏らした。
気恥ずかしそうに頭を下げる山中さんに、お母さんは笑顔で紹介を始める。
「ありすの母です。あ、今日はてれすちゃんもかしら。いつもありすとてれすちゃんがお世話になってます」
「い、いや、わたしたちのほうがお世話になってるっていうか……って、え?」
山中さんは、何か引っかかったのか眉をひそめる。
いや、何かっていうか、絶対てれすのお母さんってところだ。
たぶん、お母さんは冗談緒つもりで言っているんだと思うけど、これは通じてない気がする。
っていうか、初対面の友達のお母さんが冗談を言ってくるなんて、考えもしないと思うし、緊張して冗談だと考える余裕はないと思う。
「あの、高千穂さんのお母さんでもあるんですか?」
「ええ、そうよ」
とお母さんが堂々と嘘を吐くから、ついわたしは間に割って入った。
だって、山中さんはちょっと納得しかけている。
「何言ってるの!? 違うでしょ!?」
「うふふ」
「うふふじゃないって」
お母さんを軽く叱ってから、わたしは山中さんに訂正する。
「山中さん、冗談だからね? たしかに今はわたしとてれすの保護者って感じだけど、てれすにはてれすでお母さんがいるから、この人はわたしのお母さんなの。ごめんね?」
「う、うん。わかった」
まだちょっと困惑しているみたいだけど(そりゃあ、人のお母さんがいきなり変なことを言ったのだから、当たり前だと思う)、なんとか真実をわかってくれたみたい。
次はてれすに謝っておく。
「てれすも、お母さんが変なこと言ってごめんね?」
「いえ、構わないわ」
さすがはてれす。
何度もお母さんと会っているから、慣れたものなのかもしれない。
良いことなのかは置いておいて、それだけてれすが最上家に馴染んでるってことみたいで、嬉しくなる。
「それじゃあ、ありす、てれすちゃん。せっかくだし、入りましょう?」
「入るって?」
「お化け屋敷に決まっているじゃない」
で、ですよね。
「わ、わかった……」
てれすと二人で入ったとき、悲鳴を上げまくってカッコ悪いところばかりを見せてしまったことを思い出す。
てれすには失望とかされなかったし、お母さんも絶対そんなことはしない。けど、やっぱり恥ずかしい。
いや、でも。
さすがに二回目だし、さっきまで自分もお化けをしていたんだから、大丈夫……だよね?




