234話 生徒会長パンケーキ
てれすとお母さんと、てれすのお母さんについてのお話で盛り上がっていると、おぼんを持った桜町先輩が「お待たせしましたぁ」とやって来た。
「パンケーキになりまぁす」
「ありがとうございます」
「いっぱい愛を込めて作りましたぁ~」
「え、先輩が作ったんですか?」
接客もしながら、調理も担当しているのだろうか。
それとも、基本的には調理担当だけど、わたしたちが教室の前を通りかかったときは偶然、先輩が店先に立っていたのだろうか。
すごく忙しいんだなぁ、と先輩の答えを待っていると、先輩は首を横に振って苦笑した。
「作ったのはわたしじゃないわよ。さすがに無理よぉ」
「あ、そうですよね……」
少し考えればわかる話だった。
それなら、愛を込めたって話はいったいどこから……?
きっと運んで来るときに、先輩がおまじないでもかけてくれたんだと思う。
深く考えないようにしようと決めると、注文していたパンケーキとドリンクの紅茶がテーブルに並べられる。
パンケーキはホイップクリームやチョコレートソースなどがトッピングされた、シンプルなもの。
だけど形がクマさんの模したもので、とても可愛い。いわゆる、映えるとはこういうことを言うんだと思う。たぶん。
メープルシロップが金色に光り輝き、パンケーキの甘くていい香りが鼻孔をくすぐった。
そのパンケーキを見て、お母さんも感心したような声を零す。
「まぁ、可愛い。すごいわねぇ」
「ありがとうございます、お母様」
「わたしたちが学生のとき
見た目が楽しめるのはもちろん、きっと味も美味しいはず。限られた予算の中でこのクオリティができるのは、さすがは先輩たちのクラスだなって思う。
先輩は伝票をテーブルの端っこに置くと、十里木先輩に呼ばれてそちらへと向かった。
見送ってから、わたしたちは両手を合わせる。
「いただきます」
とはいえ、ちょっと食べにくい。
可愛いいクマさんが、つぶらな瞳でわたしを見つめていた。
ふと隣を見ると、てれすが躊躇なくナイフを真ん中に入れて、さらに小さく切って、口に運ぶところだった。
さすがてれす、さすてれ……?
お母さんと先輩に囲まれていたから、いつもよりも硬い表情をしていたてれすだけど、パンケーキをもぐもぐとしているうちに弛緩した。
見ているだけで、このパンケーキが美味しいってことが伝わってくる。
わたしも食べようと手を合わせる。
「いただきます」
ナイフとフォークを手に、パンケーキを切り分けよう……としたけど、てれすの頬にホイップクリームがくっついているのに気が付いた。
早めに教えておいてあげよう。
「てれす」
「……どうかした?」
本人はまったく気が付いていないようで、パンケーキを舌鼓を打ちながら食べ進めていた。
わたしに呼ばれて、首をかしげる。
「ほっぺにクリームついてる」
「え、どこかしら」
「えっとね、ここ」
「え、ここ?」
「ううん、違う。こっちだよ」
人差し指で、てれすのほっぺたのクリームをすくいとる。
すると、てれすの顔が朱に染まった。わたしから目を逸らして俯き、小さな声でつぶやく。
「あ、ありす……」
「へ? どうしたの……って、あ」
しまった……。
つい、いつもの感じでやってしまったけど、今は文化祭で周りにすっごく人がいるし、周りどころか目の前にお母さんがいる。
お母さんは口をもぐもぐさせながらも、わたしたちを凝視していた。
無言で咀嚼しながら、じっと見つめられる。
な、何か言ってほしい……。
「お、お母さん?」
「あぁ、ごめんなさい。なんでもないわよ。うふふ」
まるで小さくて可愛らしい花を見守るような温かい視線がむず痒い。
と、とにかくパンケーキを食べることに意識を向けよう。
ナイフとフォークを使って、一口大に切る。
ホイップクリームをつけて口の中へ。ふんわりとした生地を噛むとじわっとメープルシロップが口の中いっぱいに広がった。
「あ、美味しい」
これだけ甘くて幸せな気分になれるなんて、パンケーキは最高だ。てれすの表情が緩んでいたのも納得である。
きっと、これを食べる前に激辛たこやきを食べるという試練をクリアしたから、いつも以上に美味しく感じられているのだろう。
「…………」
前に一度、てれすと一緒にパンケーキを食べに行ったことを思い出す。
もちろん、どっちが良いという話じゃないし、比べるものではない。どっちもいいに決まっている。
それにしても、一緒にパンケーキを食べに行ったのは期末テストが終わった時だったはずだから、もう4か月も経つのかぁ、としみじみ感じた。
楽しい時間が経つのは早いって言うけど、本当に今年の一年は早いと思う。春にてれすと出会ってから、あっという間だったような気さえする。
またお出かけしたいし、さそってみようかなと思っていると、お母さんが「あ」と声をあげた。
「そういえば、ありす」
「なに?」
「写真見せてくれるって言っていたじゃない?」
「あ、そういえば」
お母さんと合流したときに、ナースてれすの写真を撮っているから、あとで見せると約束をしていたのだ。
本当は生で動いているてれすが一番なんだけど、もう制服に着替えているから仕方ない。あの姿はわたしのスマホと記憶と胸の中にしっかりと残っていた。
わたしはスマホの電源を入れて、すぐお母さんに渡す。
「はい、これ」
「ありがと……って、あらぁ! 本当にすごく可愛いじゃない」
画面に映っているてれすの写真を見て、お母さんがやや興奮気味の口調で言う。
「てれすちゃんはナースで、ありすは……猫?」
「うん、そう。てれすすっごく似合っているよね?」
「ええ。元がいいのもあるし、お母様がお医者さんなだけあって、馴染んでるわ。病院にいそう」
「だよねだよね」
「ありすもすごく似合っていると思う。二人ともいい顔してるし」
お母さんはうなずきながら写真を眺めて、やがてわたしにスマホを返した。
「ありがとう。よかったわ」
「どういたしまして」
受け取ったスマホをポケットにしまおうとすると、てれすがわたしの画面を覗き込んできた。
顔が近い。
「て、てれす、どうしたの?」
「ええ、これなのだけれど」
「ん?」
「その写真、背景に設定されていないかしら?」
「え? そうだけど」
制服に着替えるとき、わたしのほうが先に着替え終わったので、てれすを待っている間に設定しておいたのだ。
「ごめん、嫌だった?」
けっこう周りの子たちが友達との写真を背景にしていたから、普通なのだと思っていた。だからわたしも真似してみたんだけど……。
高井さんや猫川さんも同じような写真を背景にしていたとはいえ、てれすは嫌だったのかも。
「い、いえ! そんなことはないけれど……ちょっと驚いただけで……」
「そっか、よかった……」
ほっと安心する。
勝手にしちゃってからた、拒絶されたらどうしようかと……。
「ありす、その写真なのだけれど」
「うん?」
「よかったら、わたしにも……」
「もちろん」
そういえば、まだてれすに送っていなかった。
さっそくMINEで写真のデータをてれすに送る。
「そうだよね、てれすもお母さんに見せてあげたいよね。うん、絶対そうすべきだと思う!」
「いや、えっと、ええ、そうね……」
「うん!」
それからパンケーキを食べ終わったわたしたちは、近くを通った会長にお礼を言って教室を出たのだった。




