233話 やっぱり親子
「さぁさぁ、こちらへどうぞ~」
桜町先輩の案内で、わたしたちは先輩のクラスのメイド喫茶へとやって来た。
先輩のクラスの喫茶店はかなり賑わっていて、空席はほとんど見受けられない。
大勢のメイドさんが忙しくパタパタと動き回っていた。
「お席こちらになります~」
可愛らしい花柄があしらわれたテーブルクロスの席に、三人で着く。
メニュー表はどこにあるんだろう。もしかして、桜町先輩が持っているのだろうか。
先輩に尋ねようと顔を向ける。
その桜町先輩は、何かを、もしくは誰かを探しているのかきょろきょろと周りを見渡していた。
数秒して、「あ」と声を零す。
「十里木ちゃ~ん」
どうやら探していたのは十里木副会長だったらしい。
呼び止められた十里木先輩が怪訝そうな顔をしながら、こちらへとやって来る。
「桜町、どうかしたのか?」
「メニュー表持ってきてくれない?」
「は?」
「メニュー表」
「いや、お前が案内したんならお前が」
「おねがぁい♡」
「…………はぁ」
はじめは渋っていた十里木先輩だけど、桜町先輩が両手を合わせて懇願すると、観念したようにため息を吐いた。
そして、くるりと方向を変えて、メニュー表を取りに行ってくれる。
少しして、十里木先輩が戻ってくた。
と。
桜町先輩は十里木先輩が持ってきたメニュー表を受け取って、さも自分が持ってきたかのようにわたしたちへと差し出した。
「こちらメニューになります」
「あ、ありがとうございます……」
メイドさんがメイドさんに仕事を頼むというなんとも言えない光景に困惑しつつ、とりあえず、お母さんにメニュー表を渡す。
そして、十里木先輩はこれでいいのだろうか、と手柄を横取りされたといってもいい十里木先輩を見る。
先輩はわたしの視線に気づいて、苦笑を浮かべて肩を竦めた。
怒っているような様子はないから、もしかするとよくあることなのかもしれない。二人は仲良しってことだろう。きっと。
たしかに、わたしもてれすに「お願い」されたら断れない……かも。
その十里木先輩が他のお客さんに呼ばれて、離れていったのを見送ってわたしもメニュー表に目を落とす。
この喫茶は、パンケーキがメインらしい。
一学期にてれすとパンケーキを食べに行ったなぁ、ということを思い出しつつ、それぞれパンケーキと飲み物を注文する。
メモを取った桜町先輩がスキップしながら調理しているクラスメイトのところへ向かうのを見送っていると、お母さんが話を切り出した。
「そういえば、てれすちゃん」
「はい?」
「てれすちゃんの御両親は、今日も来られないの?」
「はい。二人とも忙しいので」
わたしも聞いた質問に、てれすは丁寧に答える。
そうとは知らないお母さんは、「そう……」と少し寂し気に返した。
「そうなのねぇ……って、てれすちゃん、どうしてちょっと笑っているの?」
「え?」
お母さんに指摘されて、てれすははっとした表情になる。
自分のお母さんが文化祭に来られないのを嬉しがっていると、わたしのお母さんは勘違いをしたのかもしれない。
「あ、その、さっきありすにも聞かれたから、やっぱり親子だなって思って……」
「あら、そうだったの?」
お母さんがわたしに視線を向けてきたので、「うん」とうなずく。
ちょっと恥ずかしい。
「てれすちゃん、ごめんなさいね。同じことを聞いちゃって」
「いえ、気にしないでください。えっと、心配してくれてありがとうございます」
「どういたしまして。ところで、てれちゃんのお母様は何をしてらっしゃるの?」
これまたわたしと同じ質問をお母さんがしたので、てれすが苦笑を浮かべる。てれすにつられて、わたしも笑ってしまう。
わたしたちの反応を見て、お母さんも察したらしい。
「もしかして、これも?」
「はい」
「あらら、ごめんなさいね」
「いえ。えっと、わたしの母は大学病院で医者をしてます」
「そうだったの。そう、大学病院……それはあまりお家にも帰られないかもしれないわね……」
それから少しの間の沈黙があったのち、お母さんがポツリとつぶやいた。
「……今度、会いに行ってみようかしら」
「え! お母さん、どこか悪いの!?」
会いに行く、というのは病院へということだと思う。
お家とか学校の行事だと、いつ会うことができるかわからない。一番可能性が会える高いのは職場だと思う。
「いいえー、どこも悪くないわよ。すっごく元気」
「えぇ……それなら行っても迷惑だって」
てれすのお母さんを必要としている人は、もっとたくさんいるのだ。
それに病院で出会ったとしても、あんまり込み入った話はできないと思う。
わたしの言葉にお母さんは「そうねぇ」と指南して、
「あ、わかったわ。それなら、恋の病なんてどうかしら」
「絶対ダメ!」
友達のお母さんに「恋の病で来ました」なんて言う自分の母親。嫌すぎる。
でも、お母さんならしかねないので、何としても阻止しなくては。
てれすも動揺してしまったのか、ガタッとイスを鳴らして、腰を浮かせている。
真剣な表情であるわたしとてれすに、お母さんは「やーねー」と苦笑した。
「冗談よ」
「ほ、ほんと?」
「本当に決まっているでしょ。そんなことするわけないじゃない」
「よかった……」
てれすと一緒に安堵の息を吐いて、再び椅子に腰を下ろす。
と。
「あらあら~、随分と盛り上がっているみたいねぇ」
間延びした優しい声色が聞こえて、パンケーキや紅茶の乗せられたおぼんを持った桜町先輩が現れたのだった。




