232話 ありす母と文化祭
正門付近に来ると、お母さんの姿はすぐに見つけることができた。
来た人に帰る人、誰かを待っている人がたくさんいるけど、やっぱり家族だから何かあるのかもしれない。
「お母さーん!」
てれすと手を繋いでいる手とは反対の手で、手を振って声をかける。
少し駆け足になって近寄っていくと、わたしたちに気づいたお母さんが笑顔で手を振り返してくれた。
「あら、ありす」
わたしを見て、それから隣にいるてれすに目を向ける。
「それに、てれすちゃんも来てくれたのね。わざわざありがとう」
「い、いえ。その、ありすと一緒にいたので」
「そうみたいね」
お母さんはわたしとてれすの繋がれている手を見て、うふふと微笑む。
見守るような温かい目に、わたしはもちろん、てれすも恥ずかしくなったのか、ほぼ同時に慌てて手を離した。
ちらと横目でてれすを見ると、てれすと目が合う。てれすは目を大きくさせて、すぐに顔を逸らした。
……なんだか、わたしも照れてしまう。
そんなわたしたちを見て、お母さんは苦笑を浮かべた。
「そういえば二人とも」
「ど、どうしたの?」
話題を変えてくれたようなので、ここぞとお母さんの話に乗る。
「今日は可愛い格好をしているって聞いてたんだけど……」
そういえば、お母さんにはお化け屋敷をやること。そしてわたしとてれすはお化けの役だから、その格好をすると伝えていた。
しかし、今のわたしたちは制服姿なので、お母さんは不思議そうに首をかしげている。
「わたしたちがお化けをする番は終わったの」
「あら、そうだったの……残念ね……」
「あ、でも写真を撮ってるから、あとで見せてあげるね」
「ほんと?」
「うん」
しかも驚くことに、わたしのスマホには写真だけでなく、動画まで入っている。それもただのナースてれすの動画じゃなくて、歩いているナースてれすの動画である。
レアなんてものじゃない。希少性を例えるなら、日本で採れたダイヤモンドくらいの価値はあると思う。
どうやってお母さんに自慢しようかと考えていると、ふいに制服の裾が引かれた。
「あ、ありす」
「ん?」
「その、写真……」
そういえば、てれすは他の人には見せたくないから、動画は嫌だって言っていた気がする。わたしならいいけど、他の人には……と。
でもお母さんには見せてあげたいし……。
「ダメ、かな?」
「…………」
「お願い」
「……あ、ありすのお母さんなら」
「ありがと!」
わたしのお母さんというのは、半分くらいわたしだから、実質わたしだと思う。
とにかく許可をくれたてれすに感謝だ。
これで堂々とお母さんに自慢することができる。
「お母さんは行きたいところとか、見たいところってある? 案内する!」
「いいの? てれすちゃんと回っていたんでしょ?」
お母さんが気を遣うように、わたしを、そしててれすを見る。
「いえ、わたしのことは気にしないでください」
「そう?」
「はい。三人で回ったほうが」
「それなら、お言葉に甘えちゃおうかしら」
てれすの言葉を聞いて、お母さんは数回うなずいた。
これで三人での行動が決まったわけだけど。
「それで、お母さん行きたいところある?」
「そうねぇ、どうしようかしら。二人は教室にいないし」
「じゃあ、とりあえず校内を歩く?」
「そうね、そうしましょうか」
どこの教室を見ても楽しく盛り上がっているから、適当に歩いていても何か興味が引かれるものはあると思う。
大人はどうなのか、正直なところわからないけど……。
「てれすも、それでいいかな?」
「ええ、もちろんよ」
てれすも同意してくれたので、わたしたち三人は校舎へと向かった。
玄関でわたしとてれすは上履きに、お母さんは来客用のスリッパに履き替える。
まずは三年生のフロアを見てみることにした。
外の模擬店やわたしたちのお化け屋敷も盛り上がっていたけど、さすがは三年生というべきか。最後の文化祭ということもあるのか、すごく力が入っていて、より活気に溢れていた。
すごいわねぇ、という感想を零すお母さん、ちらちらとわたしを見て、よく目が合うてれすと一緒に廊下を歩いていると、
「あらぁ! 最上さんじゃない。またまた会ったわねぇ~」
そんな声が聞こえて、声のほうに顔を向ける。
そこには、クラシカルなロングスカートのメイド服に身を包んだ桜町先輩の姿があった。
ちょいちょいと手招きをされたので、自然と身体が先輩へと進む。
「先輩。何してるんですか?」
「何って、見たらわかるでしょー? 喫茶店よ喫茶店。うちのクラスわねぇ、メイド喫茶をしているの」
扉から先輩のクラスの中を見ると、先輩と同じようなメイド服姿の生徒たちがウェイトレスをして、お茶やお菓子を運んでいた。
いわゆる、メイド喫茶らしい。
わたしが足を止めて話をしていたから、お母さんが尋ねてくる。
「ありす、こちらの方は?」
「えっと、こちらは生徒会長の桜町先輩」
紹介すると、先輩はにっこりと笑みを浮かべてぺこりと頭を下げた。
「最上さんのお母様ですか?」
「はい。いつもうちの娘がお世話になっています」
「いやいや、そんなことないですよぉ。どうです、うちのクラスに寄っていきませんかぁ?」
「そうねぇ」
とお母さんは少しの間悩んで、答えを出す。
「お邪魔させていただこうかしら」
「ちょ、お母さん」
もちろん、お母さんが行きたいと思ったのなら行けばいいと思う。
けど、わたしとてれすはすでにご飯を食べているのだ。満腹ではないけど……。
「いいじゃない、行きましょう?」
「う、うん。お母さんが言うなら……」
一応、てれすにも確認しておこう。
「てれす、いい?」
「ええ。構わないわ」
と満場一致となったので、わたしたちは桜町先輩に案内されて、教室に入るのだった。




