231話 てれすのお母さんって
スマホに着信があったので画面を見てみると、MINEにメッセージが届いていた。
誰からだろうと思いながら、アプリを起動させて確認する。
クラスメイト――例えば高井さんや赤川さんからだったら、何かクラスであったのかなって思ったけど、メッセージを送って来ていたのは、
「あ、お母さんだ」
相手の名前のところに「お母さん」とあったので、ちょっと安心する。
内容を見ると、学校のすぐ近くまで来ているから、もうすぐ到着するらしい。
「ありす、どうかしたの?」
わたしがスマホを見て固まっていたからか、てれすが心配そうに尋ねてくる。
「ううん、何でもないよ。お母さんから、もうすぐ来るって連絡があって」
「なら、迎えに行ったほうがいいんじゃない?」
「うん。いいかな、てれす?」
先に、てれすにお母さんが来ることを言っておいた方がよかったかもしれない。
てれすと二人で文化祭を見る約束をしていたから、少し申し訳なくなる。
でも、てれすとお母さんは面識があるし、てれすとも仲が良いって思うからたぶん大丈夫……だと思う。
お母さんが来てくれるのは恥ずかしいけど、やっぱり嬉しい。だから、今は三人で楽しむことにしよう。
さすがにお母さんは、文化祭の閉幕まではいないと思う。
見送ったあと、改めててれすと二人で終わるまで楽しめばいい。
わたしの許可を求める様な発言に、てれすは「当たり前じゃない」と柔らかな笑みを浮かべた。
「もちろんよ。ありすのお母さんだもの。さ、行きましょう?」
「うん、ありがと」
てれすにお礼を言って、正門へと向かう。
まずは何かを食べようということで、模擬店が並んでいる校舎限から正門にかけての通路にいたので、けっこう近い。
ラッキーだなぁ、と思いながら、歩いていく。
「そういえば、てれすのお母さんはやっぱり来てくれないの?」
「……ええ」
てれすの表情はいつも通りで、凛と綺麗だけど、ほんの少しだけ影を落としたように見えた。
うちだけお母さんが来てくれて楽しんでいるみたいで、罪悪感が……。
「それに、そもそも今日が文化祭だと伝えていないの」
「え、どうして」
「いいのよ。前にも言ったけれど、いつものことだもの。慣れっこよ」
「……そっか」
そもそも、子供の行事に一切関わることができない、というか、てれすはお家でも一人のときが多いみたいだし、てれすのお母さんは何をしているんだろう。
すごく忙しいというのはてれすから聞いているけど、具体的なことは何も知らない。
てれすの家庭に踏み込んだことになるし、ちょっと聞きにくいけど、気になる。
てれすは言いたくなかったら嫌ってはっきり言ってくれると思うし、聞くだけ聞いてみよう。
「ね、てれす」
「なに?」
「あの、もし嫌だったら答えてくれなくてもいいんだけど」
「ええ」
「てれすのお母さんって、何をしている人なの?」
「わたしの母?」
「うん。すっごく忙しいって、何をしてる人なのかなって」
わたしの質問に、てれすはあごに手を添えて思案顔を作った。
「ご、ごめん。変なこと聞いちゃって……」
「あ、いえ、違うの。全然聞いてもらって構わないわ。その、ありすに言ったことなかったかしら、と思って」
「えっと、うん。聞いたことない……と思う」
「そうだったのね……」
もしかしたら忘れているだけで、どこかで聞いたかも? と思って記憶を探るけど、やっぱり聞いたことはないと思う。
てれすのお母さんの職業ってなんだろう。
てれすを大人にした感じだと、すっごく綺麗な人だと思うそれは。間違いない。ってことは、芸能人……とか? もしやハリウッド女優?
そんなことを考えていると、てれすが答えを口にする。
「わたしの母は医者よ。二つ先の駅に大学病院があるでしょう? そこに勤務しているの」
「えぇ!?」
「そ、そんなに驚くとは思わなかったわ」
「だって、お医者さんってすごいよ。かっこいい」
「そ、そうかしら……」
てれすは照れたようにほっぺたを掻いて、少し俯く。ほんのりと頬を朱に染まっていた。
家族を褒められて恥ずかしい気持ちは、ちょっとわかる。
けど、お医者さんって、本当にすごいと思う。てれすはナースだったけど、お母さんはドクターだなんて。
てれすとてれすのお母さん、美人コンビが一緒に並んで立っているのを想像してしまう。
その病院に通ってしまうかもしれない。
と、てれすが薄く微笑む。
「だから、母は忙しいのよ。研究とかもしているし」
「でも、少しくらい」
てれすのお母さんが忙しくて、てれすのことを見に来られない理由はよくわかった。
でも、てれすが高校生活はもう半分もないのだ。ちょっとくらい、見てあげられないのかなって思う。
ほんとに大変なお仕事だと思うし、人のお家のことで他人のわたしが言えたことじゃないって承知しているけど、どうしても思ってしまう。
「ありがとう、ありす。けれどいいのよ」
「てれす……」
やや寂しさを滲ませて、てれすは微笑んだ。
そして、わたしと合わせていた目を逸らしてもごもごと小さな声でつぶやく。
「わたしは、こうしてありすといられて嬉しいから」
「てれす……っ!」
思わず抱きついて、ぎゅーとしてしまった。
てれすが慌てたように声をあげる。
「あ、ありす!?」
「ごめん、てれす。でもその、いつでもうちに来てくれていいからね!」
「え、ええ。ありがとう、ありす」
「うん」
わたしではお母さんの代わりになんてなれないし、そんなの思うことすらおこがましい。
けど、友達としてできることがあるはず。
てれすから離れて、けれど手を繋いで促す。
「行こ? てれす」
「……ええ」
わずかに頬が紅潮したままのてれすの手を引いて、わたしは正門を目指すのだった。




