230話 てれすと文化祭
お化け屋敷のお仕事を終えたわたしとてれすは、約束通り文化祭を一緒に回るため、制服に着替えた。
いくら文化祭で、みんなの空気が浮かれているとは言ってもお化け屋敷のお化けの格好で歩き回るのは恥ずかしい。
空き教室で着替えて、出発する。
まずは飲み物を買おうと話していたので、模擬店の並んでいる正門から玄関までの真っすぐな道にやって来た。目に付いた1年生の模擬店でジュースを買う。
「さてと、まずはどうする?」
もうクラスのお仕事はないから、文化祭が終わるまでは自由に行動することができる。
この辺りは模擬店が主となっているけど、校舎に入ればもっと数は増える。カフェなどの飲食関係だけでなく、わたしたちのお化け屋敷をはじめとして、各クラスや部活が準備した出し物も選り取り見取りだ。
というわけで、わたしもてれすも頭を悩ませる。
「そうね……」
と、あごに手を添えて思案していたてれすは、どこを見ても盛り上がっている模擬店を眺めて口を開いた。
「少し、お腹が空いたから何か買って食べてもいいかしら?」
「もちろん」
てれすの提案にわたしは大きくうなずく。
お化け屋敷のお仕事の前に、宣伝に行った帰りに買ってきた食べものをみんあと食べたけど、お仕事が終わった今は、お腹が空いていた。
腹が減ってはなんとやら、だ。
「賛成! そうしよう!」
「問題はどこで買うかだけれど……」
と、てれすはたくさん並んでいる模擬店を見て、苦笑を浮かべた。
各クラスだけでなく、模擬店は運動系の部活動の生徒たちもやっているから、焼きそば、からあげ、ピザなどや、パンケーキやドーナツなどといった甘いものも揃っている。
「てれす。適当に歩いて、色々見ながら決めない?」
「……そうね、そうしましょう」
ここに立っていいるだけでは決められそうになかったので、とりあえず模擬店を見てみることにした。
他のお客さんとぶつからないように気を付けながら、わたしとてれすは模擬店を眺める。
甘いものもいいけど、やっぱり最初はご飯って感じのもののほうがいいかな?
てれすはどうなんだろう、と考えながら進んでいると、気になる模擬店を見つけた。
反対方向を見ていたてれすの制服の裾を引っ張って、呼びかける。
「てれすてれす」
「どうしたの? なにかあった?」
「うん、あれなんだけど」
わたしの指で示すものを見て、てれすが首をかしげる。
「たこ焼き?」
「どうかな?」
夏休みの縁日とか、こういったときのベタな食べ物の一つだと思う。それに二人でシェアするのに向いているし、爪楊枝だから食べるのも簡単。何よりもわたしが好きだ。
少し人が並んでいるけど、そこまで時間もかからないと思う。
「ええ、わたしは構わないけど……って、ありす。あのたこ焼き、ロシアンたこ焼きって書いてあるのだけれど」
「うん。文化祭っぽくておもしろそうじゃない?」
ロシアンたこ焼き。
いくつかあるたこ焼きの中で一つだけ、わさびやからしが入っているというものだ。
こういったものって、テレビのバラエティーなんかではよく見るけど、自分では食べる機会がなかなかないから、すっごく興味がある。
「ありす、外れは辛いとおもういのだけど、平気なの? 普通のたこ焼きにしたほうが、いいんじゃないかしら」
てれすの言っていることは最もだsと思うし、心配してくれるのもありがたい。
けど、外れを食べなければいいだけの話だ。
外れの辛いたこ焼きは一つだろうし、二人でやると言っても引かないと思う。ちょっと運が良いことには自信があるから、きっと大丈夫。
「ダメかな? タコ焼き美味しいし、文化祭ぽいから、いいかなって思ったんだけど」
「……まぁ、たしかに文化祭ぽいと言われれば、そうかもしれないけど」
「もしかして、てれす辛いのダメ?」
「得意……というほどではないけれど大丈夫よ。……本当に買うの?」
「うん。運試し勝負しよ?」
「……わかったわ。買いましょう」
ということで、列に並んでたこ焼きを購入する。
順番に選んで食べてもいいんだけど、せーので選んで一緒に食べることにした。
わたしが提案したときは渋っていたてれす。だけど、勝負と聞いてやっぱり負けず嫌いが発動したらしい。たこ焼きを選ぶときの目は、勝負師のそれだった。
いつも以上に凛として、かっこいい。
「てれす、それでいいの?」
「ええ、問題ないわ」
お互いに一つ選んで、「せーの」で口に入れる。
こうして開幕した、わたしとてれすのロシアンたこ焼き対決なわけだけど……。
「うぅ……辛い……鼻が……ぁ」
結果を言えば、わたしが敗北した。
外れのたこ焼きが最後まで残るというデッドヒートを繰り広げたわたしとてれすだったけど、最後の最後に選んだたこ焼きがわさび入りだった。
想像以上に辛くて、鼻にツンとくる。
最初に買っていたジュースも全て飲んでしまった。
けど、まだ鼻にツンとした感覚は残っていて、自分でも涙目になっているのがわかる。いや、泣いていると言っていいと思う。ぐすん。
わさびが入っていないたこ焼きはすごく美味しかったけど、これは……強烈だった。
「あ、ありす大丈夫?」
「大丈夫……じゃない……」
「そ、そうよね」
どうしたものか、とてれすは頭を悩ませて、閃いたように「あ」と声を漏らした。
「ありす、あそこにチュロスがあるわ。甘いもの、買いましょう?」
「うん……買う」
わたしがチョコレート味を、てれすはシンプルなシュガーを買って、一口かじる。
チョコレートのなめらかで柔らかい甘味が口の中に広がって、包み込まれるみたいだった。
癒される。
「あまぁ~い」
「よかったわ。辛いのはもう平気?」
「うん、てれすのおかげ」
「わたしというよりは、チュロスだと思うけれど……」
「うーん、それならどっちものおかげってことで」
辛さに悶えるわたしを心配してくれたてれすがチュロスのお店を見つけてくれたわけだし。
「ね、てれす」
「なにかしら」
「そっちの、一口くれない?」
「これ?」
とてれすが自分の持っているチュロスを見て、首をかしげる。
「うん。わたしのも一口あげるから」
「ええ、もちろんよ」
「やった」
差し出されたてれすのチュロスを、パクッと食べる。
まぶされた砂糖と、チュロスにしみこんだメイプルシロップがじんわりと口の中に溶け込んだ。チョコレートとはまた違う甘さが口いっぱいに広がる。
「はい、てれす。あーん」
お返しに、とてれすに自分のチュロスを差し出す。
しかし、てれすはじっと見つめて、固まってしまった。
「…………」
「て、てれす?」
「ッ! え、ええ。いただくわ」
「うん、どうぞ?」
「……あの、いいのよね?」
「へ? そりゃあ、もちろん。わたしももらったし」
「そ、そうよね」
その後、てれすは何やらをつぶやいてから、意を決したようにチョコチュロスをかじった。気のせいか、ちょっとだけ頬が赤く染まって見える。
「どう?」
「ええ、美味しいわ」
「そっか、よかったぁ」
さて、次はどうしようかとチュロスを食べながら考えていると、スマホから着信音が聞こえる。
誰だろう。
もしかして、教室に何かあったんだろうか?
少し不安になりながら画面を見ると、お母さんから「もうすぐ学校に着く」という旨のメッセージが届いていた。




