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ありすとてれす  作者: 春乃
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229話 お化け役交代

 桜町会長と十里木副会長を見送ったあと、わたしとてれすは再びお客さんを驚かせるお仕事に戻った。


 手を繋いで、お客さんが近づいてきたら離して飛び出す。この作戦はやっぱり有効で、わたしとてれすは息ピッタリだった。

 やって来た人のほぼ全員が驚いてくれたので、会長と副会長が特殊だったんだなぁと苦笑する。


 てれすと手を握るのも、もう自然なことになっていて無意識で行える。

 お化け役待機スペースに座ってお客さんを待って、足音が聞こえたらてれすの手を握る。前を通過したら離して飛び出して「わっ!」と驚かす。


 上達していくのを自分たちでも感じながら、何度もお化け役に徹していると、出口の扉がガラッと開けられた。

 こっちは出口だから、この扉が開けられることはないはずなんだけど、と不思議に思っていると、入ってきたのは赤川さんだった。


「お疲れさまー! みんな、交代の時間だよー!」


「わ、もうそんな時間なんだ」


 ポケットに入れていたスマホで時間を確認すると、たしかに後退をする時間になっていた。楽しかったし一生懸命驚かせていたから、あっという間に過ぎてしまったように思える。

 

 教室内の灯りが点けられて、笑顔の赤川さんがこちらにやって来た。


「最上さん、高千穂さん、お疲れ様」


「うん、お疲れ様」

「ええ、お疲れ様」


「けっこう中は暑いね」


「そうかな? 練習のときに高井さんが換気をしようって言ってくれたから、そこまで気にならなかったけど」


 もう11月になったとはいえ、完全に締め切った中に何人もの人がいるのはよくないということで、内容に影響が出ないように気を付けて、窓が開けられていたので問題ない。


「そう? それならいいんだけど、驚かすのどうだった?」


「最初は緊張とかもあったけど、楽しかったよ。ね、てれす?」


「ええ。その、ありすのおかげでよかったと思うわ」


 手を繋いでいたことや、肩がくっつくくらいの距離にずっと一緒にいたことを思い出しているのか、てれすがわずかに頬を紅潮させる。


 照れられると、わたしも照れてしまう。

 てれすの顔を見るのは恥ずかしくって、目線は手に向かってしまう。肩にはまだ、てれすの温度が残っていて、触れられているみたいだった。

 ……って! 何を考えているんだろう。


 わたしは首を振って、話題を切り替える。


「そ、そういえば! 途中で会長と副会長が来てくれたの。二人ともまったく驚いてなかったけど」


「あはは、っぽいぽい。桜町会長は笑ってそうだし、十里木副会長は顔色一つも変えなさそうだもん」


 たしかに二人はそんなイメージだし、実際もその通りだった。

 学校の文化祭のお化け屋敷レベルじゃ取り乱したりはしないから、生徒から信頼される生徒会で会長と副会長ができているのかもしれない。


「そうだ。最上さんと高千穂さん、まだ文化祭回ってないよね?」


「え、うん、そうだけど」


「だよねだよね。だったら足止めするのも悪いし、二人は遊んできてよ」


「いいの? 何か手伝うこととか」


 次のシフトの生徒に交代するにあたって、何かやることはないのだろうか。

 尋ねると、赤川さんは手をひらひらとさせた。


「ないない。もうお昼過ぎちゃってるしさ、二人は行っておいで?」


 たしかに赤川さんの言うとおり、もうお昼を過ぎてしまっている。

 午後の5時にはおしまいって言っていたから、きっと少し早い時間に撤収作業となってしまうと思う。飲食店だと人気のものはもう売り切れているかもしれない。


 宣伝をしに行ったときに、気になるクラスの目星はつけていたけど、どのくらい時間がかかるかわからないし、ここはお言葉に甘えさせてもらうとする。


「うん、ありがとう赤川さん」


「いいっていいって。いってらっしゃい」

 

 そう言って赤川さんが他の生徒のところに向かったのを見送って、わたしは隣のてれすに声をかける。


「てれす、行こ?」


「……ええ」


 教室を出て、まずは着替えるために空き教室に行くことにした。

 宣伝のときはこの格好で回っていたとはいえ、やっぱり恥ずかしい。うちのクラスの出し物が喫茶店じゃなくてお化け屋敷で本当によかったと思う。


 たくさんの人たちで賑わっている廊下を歩きながら、てれすに尋ねる。


「てれすは、どこか行きたいところあった?」


「そうね、わたしは……」


 あごに手を添えて思案するてれす。

 それにしても、てれすのナース姿はやっぱり似合っていた。もう見ることができなくなると思うと、ちょっと悲しいし寂しい。


 脳裏にはしっかり焼き付いていて、忘れることはないと思うんだけど、違う形でも残しておきたい。

 ということで、わたしはポケットからスマホを取り出しててれすに向けて構えた。


「まずは飲み物を……って、ありす何をしているの?」


「ううん、気にしないで」


「いえ、この格好で写真は恥ずかしいから、ちょっと……ありすも入ってくれるなら、考えるけど……」


 やんわりと写真を撮ることを断ってくるてれす。

 だけど大丈夫。


「大丈夫大丈夫、写真は撮ってないから」


「そうなの? 勘違いしてごめんなさい」


「ううん、いいよ。これ動画だし」


 スマホの画面の端にはREC の文字。

 動いているナースなてれすの姿がばっちり動画で納められていた。


「そう、動画。……って、ど、動画!?」


「うん」


「ちょっと、やめて……」


 てれすは目を大きくさせると、ぷいと顔を横に逸らしてしまった。


「あはは、ごめんごめん」


「もう……」


「その、可愛いからついね。もう見られないのかって思ったら」


「か、可愛いって、それを言ったらありすも……」


「え? ごめん、最後のほう聞こえなかったんだけど」


「な、なんでもないわ」


 誤魔化すように、てれすは強く首に横に振る。


「写真だったら、その……ありすも一緒なら映っても」


「ほんと!?」


 あの写真があまり好きではないてれすが、そんなことを言ってくれるなんて。

 球技大会で優勝したとき、記念写真を拒否しようとしていた頃が懐かしい。


「え、ええ。だから、動画はできれば」


「う、うん! もちろん消すよ。ごめんね」


 スマホを操作して、写真や動画が収められているアプリケーションを開く。

 先ほど撮った動画を消去しようと指を動かしていると、てれすが「待って」と声をかけてきた。


「あ、いえそこまでは、しなくても……」


「残しててもいいの?」


「……他の人に……見せないのなら……」


「それって」


 わたしなら、見てもいいってこと……?

 撮影したのはわたしだけど、なんだか恥ずかしくなってしまう。

 

 発言した当の本人であるてれすも照れてしまったのか、ほっぺたを朱に染めて俯いてしまった。


「と、とにかくそういうことだから。さ、写真を撮るなら早く撮りましょう?」


「うん!」


 てれすに促されて、わたしはインカメでパシャリ。

 写真も動画もゲットして、わたしたちは空き教室にやってきたのだった。


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