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ありすとてれす  作者: 春乃
228/259

228話 生徒会長と約束

 はじめはちゃんと驚かすことができるか心配だったお化け役だけど、何度も重ねていくうちにだんだんと慣れてきた。


 こっちに歩いてくる人の気配を感じて、わたしはてれすの手を握る。

 そしてお客さんがわたしたちの前を通過したタイミングで、てれすの手を離した。息を合わせてお客さんの背後に飛び出す。


「わぁッ!」

「わっ」


 後ろから驚かされると思っていなかったのか、大半のお客さん――今回の女子生徒二人組も――びっくりした表情で悲鳴を上げた。その勢いのまま、出口へと走っていく。

 

 その姿を見送っていると、お客さんにはちょっと申し訳ないけどしっかりお化け役をできていると実感して、ほっとすると同時にちょっと満足。楽しんでもらえているってことだと思うし。


「けっこう慣れてきたね、わたしたち」


「ええ。今みたいに反応してもらえると、嬉しいわね」


 ナースてれすも「ふふん」とちょっと得気だ。

 

 と、入口の扉が開けられた音が聞こえてくる。新しいお客さんが教室に入ってきたので、わたしはお話するのを中断して、てれすの背中を押す。


「さ、てれす。隠れよ?」


「ええ、そうね」


 今や定位置となった、待機スペースに二人で座る。

 やっぱり狭くて、てれすと肩がピッタリくっついてしまうけど、こっちにも慣れてきた……かも。


 いや、本当のことを言うと、今もすごく意識してしまっている自分がいる。

 特に今の時間、お客さんが入ったばかりだと、わたしたちのところに来るまでは静かに待っているわけだから、てれすの温度を感じてしまう。

 それは嫌じゃないけど、わたしの熱がてれすに伝わってしまっているんじゃないかと思うと、さらに顔や体が火照ってしまいそう。


 お客さんが近づいてきたら、タイミングを計って驚かすことに集中するから平気なんだけど、ずっとくっついていたら、クラクラして倒れるんじゃないかって思う。


「……ありす?」


 と、わたしが一人考え込んでいたせいか、小声でてれすが話しかけてくれた。

 はっと我に返ると、お客さんの足音がもうすぐそこまで迫ってきている。


 わたしは急いでてれすの手を握ると、タイミングを計って背後に飛び出した。


「わぁッ!」

「わ」


 タイミングはばっちり、手ごたえもある。

 だけど。


「……あらぁ?」


 前を歩いていた、同じ制服を着た二人の生徒は悲鳴を上げることもなく、ビクッと肩を揺らすこともなく、ただ名前を呼ばれたように振り返った。


「あらあら、最上さんじゃない」


 と相変わらずの柔らかな笑みを浮かべているのは、先ほどにも出会った生徒会長の桜町さくらまち先輩。

 

「桜町の知り合いか?」


 と表情を変えることなく会長に首をかしげて質問するのは十里木じゅうりぎ先輩。副会長だ。

 ふわふわと柔らかなイメージの桜町先輩とは真逆のタイプで、肩口にそろえられた黒髪にキリっとした目つき、凛とした佇まいは美しさとカッコよさを兼ねている。


「ええ。ほら、あなたにも話したでしょう? 最上さんよ」


「あぁ、あの」


 わたしにはわからないけど、どうやら桜町先輩が何やら十里木先輩にわたしのことを話していたらしい。

 と、桜町先輩の視線が、わたしの隣に立っているてれすを捉える。


「そういえば、あなたさっきも最上さんと一緒にいたわよね。名前を聞いていなかったから、聞いてもいいかしら?」


 桜町先輩が言うと、てれすは少し警戒するように間をおいてから口を開いた。

 2人の先輩――それも会長と副会長――が相手だから少し緊張しているのかもしれない。


「……高千穂です」


「高千穂さん……そう、あなたが」


 先輩は少し何かを思案するようにあごに手を添えた。

 しかし、すぐに「あ、そういえば」と話を切り出す。


「そうそう、最上さん」


「はい」


「あなた、どこかで時間はあるかしら?」


「え?」


「少し、お話をしたいの」


「わ、わたしにですか?」


 桜町会長がわたしにお話?

 まさか、そんなことを言われるとは思っていなかったので驚いてしまう。


「ええ、最上さんと」


「わかりました。でもその、今はお化けをやってて……」


 さすがに、いくら生徒会長からのお話でもクラスの仕事を放りだすわけにはいかない。

 わたしが言うと、桜町先輩は猫の衣装を着ているわたしを眺めて苦笑する。


「それはそうよねぇ。クラスのお仕事のあとでもいいのだけど、予定はどう?」


「あとですか」


 てれすと一緒に文化祭を巡る約束をしているけど、少しくらいなら時間を作ることはできるだろう。

 きっと何時間も続くような話ではないだろうし、てれすには申し訳ないけどちょっとだけ待ってもらって。

 

「はい、それなら――」


 と、わたしのシャツの裾が引っ張られた。

 振り返ると、右手を伸ばしてシャツを掴んでいるてれすが俯き加減で、小さくつぶやいた。


「……ありす」


 上目づかいで見つめられて、ドキリと心臓が脈打つ。

 わたしの考えを改めさせるには十分すぎた。


 そうだよね。

 先に約束をしていたのは、てれすなわけだし。


 それに、文化祭の最中に文化祭気分で話を聞くよりも、文化祭を楽しんで終わって気持ちを切り替えて話を聞いたほうがいいと思う。

 どちらも中途半端にするのは相手に失礼だ。


「すみません、てれすと一緒に文化祭を回る約束をしてるんです。だから、その」


「……そう。わかったわ」


「すみません」


「いえいえ、いいのよぉ。そんなに急いでいることではないし。また、日を改めるとするわ」


 お礼を言うと、会長と副会長は「そろそろ行くわねぇ」と教室を出ていった。


「ありす」


「ん?」


「その、ありがとう……わたしを選んでくれて……」


「ううん、てれすのほうが先に約束してたもんね」


 先輩もああやって言ってくれたわけだし、これでよかったはず。

 それにしても、会長がわたしの話って、いったいどんなことだろう? 想像がつかない。


 注意をされるような悪いことは何もしていないはず。

 頭を悩ませながら、わたしはてれすと再度お化け役の待機スペースに戻るのだった。


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