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ありすとてれす  作者: 春乃
227/259

227話 二人で「わっ!」っと

 てれすに猫のひげと鼻をマジックペンで書いてもらって、わたしとてれすは教室のお化け役が待機する場所にやって来た。

 

 まだいろいろと朝のシフトだった生徒とこれからの生徒の入れ替わりをしているので教室は明るいけど、きっとすぐに暗くなる。

 

「てれす、ここでいいんだよね?」


「ええ。ここに待機ね」


 文化祭の前日に練習をした場所だけど、やっぱり狭い。

 二人で座ることはできるけど、けっこう肩とかがくっついてしまう。


 あの日、そのあとてれすと一緒に転んじゃったことを思い出すと、少しだけ座るのが躊躇われた。いや、別にてれすとくっつくのが嫌ってわけじゃなくて、それはいいんだけどやっぱり恥ずかしい。


「ありす?」


「あ、ごめん」


「いえ。もうすぐ暗くなるんじゃないかしら」


「そ、そうだね……」


 どれだけ考えてもスペースは広くはならないし、時間は迫ってきている。

 実際、わたしとてれすが座ってから少ししたら、教室の灯りが消えて辺りは暗くなった。


「…………」


 てれすと肩が触れ合っていて、その温度を感じられるからだろうか。

 沈黙が気恥ずかしい。変に意識をしてしまう。

 てれすは何ともないのだろうか? きっと何ともないんだろう。薄暗いからはっきりと確認できたわけじゃないけど、いつも通りみたいだ。


 それなら、わたしもそうしないと。

 お客さんはもうする入ってくるだろう。


「ね、てれす、手順の確認しよ?」


「わかったわ」


「まず、お客さんがわたしたちの前を通過する。わたしたちはそれを見送る」


「ええ。お客さんの後ろから、わたしたちは驚かせばいいのよね?」


「うん。わたしが懐中電灯を持って飛び出すから、てれすも一緒にわぁ! って」


「言葉は『わぁ!』でいいのかしら」


「え、どうだろ……」


 たしか前日練習のときは短いほうがいいんじゃないか、ということで「わぁ!」とシンプルに驚かすことにした。

 高井さんや赤川さんは全然びっくりしていなかったけど、他のクラスメイトはそこそこ驚いてくれていた。だからたぶん、お客さんも驚いてくれると思うんだけど。


「とりあえずは、それでいかない?」


「そうね、良いと思うわ」


「一回それでやってみて、ダメだったら変える?」


「ええ、そうしましょう」


 てれすも同意してくれたので、驚かし方が決定する。

 と、入り口の扉が開いて、案内役の山中さんの声が聞こえた。どうやら、一人目のおきゃさんが入ってきたらしい。


「うぅ、ドキドキする……」


「ええ、わたしも」


「ヤバいかも」


「あの、ありす」


「ん?」


「あまり話さないほうが」


「あ、そうだね、ごめん」


 お客さんが来たというのに、緊張感が足りなかったかもしれない。たしかに、そこにお化け役がいるとわかってしまうと、怖さはなくなってしまうだろう。

 反省しつつ、でも一つ話すことを思い出したので、声を潜めて尋ねる。

 

「ね、てれす、一つ提案なんだけど」


「な、なに?」


「出ていくときの合図があったほうがいいと思うの」


 一緒に飛び出して驚かすんだから、動きがバラバラになってしまわないほうがいと思う。二人に驚かされるっていうのは怖いだろう。

 周りが暗いとはいっても隣にいるわけだから、なんとなくで察することもできるとは思う。でも、ぴったり合わせてお互いの動きがわかったほうが、前みたいに転んだりしなくて済むんじゃないだろうか。


「そうね、そのほうがいいかも」


「でしょ?」


「でも、どうするの?」


 もうお客さんは来ているから今から考える余裕はないわよ、とてれすが考えているのが伝わってくる。

 だから、わたしもさっき思いついた一つしか方法はない。それを提案する。


「てれす、手を貸してくれる?」


「手? ええ、構わないけれど」


 暗闇の中で、てれすの手を探す。そして握る。ぎゅっと。


「あ、ありす?」


「こうしてさ、出るときに手を離すから、てれすも準備して?」


「え、ええ。でもこれ――」


「あ、来たよ」


 てれすはまだ何か言いたげだったけど、お客さんが来たのでそうもいかない。

 お互いに息を殺して、じっとお客さんが前を通過するのを待つ。ゆっくりとした足取りの足音が前を通ったので、わたしは握っていたてれすの手を離した。


 立ち上がって、ライトをお客さんに照らす。こっちに気づいたであろうタイミングでライトを自分たちの顔を下から照らすように向ける。


「わぁッー!」

「わっ!」


 息ピッタリ。

 自分でも手ごたえを感じる驚かしに、お客さんは「きゃあぁ!」と悲鳴を上げて、教室の外へ駆けて行った。


「いい感じだったんじゃない?」


「ええ、わたしもそう思うわ」


 ということは、しばらくの間は驚かす言葉は「わっ!」で行くことにしよう。

 そう思いながら、待機場所に戻ろうとすると、てれすがシャツの裾を引っ張った。


「あの、ありす」


「どうしたの?」


「その、手なんだけれど……」


「手? うん、もしかしてタイミング早かった?」


「いえ、それはばっちりだったわ。けど」


 どうやら、わたしの提案はよかったらしい。

 でも、それなら何だろう?


「その、えっと、ずっと握っているのかしら。待っていいる間、ずっと」


「あ、たしかに……」


 それは考えていなかった。

 てれすの指摘通り、驚かすときよりも待っている時間のほうが長いのだから、かなりの時間をわたしとてれすは手を握っている状態になる。


 てれすと手を繋ぐくらいはよくしていることだから、今更抵抗はない。でも、主に手汗とか気になってしまうかも。

 うん、わたしは気になる。

 さすがに手汗でベトベトの手でずっと手を繋ぐわけにはいかないい。てれすに申し訳ない。


 わたしが考えているのを、てれすはどう受け取ったのか、慌てて訂正する。


「あ、別に嫌というわけではなくて」


「うん、わかってる。でもたしかにそうだよね」


「ええ、その教室も少し暑いし……」


 てれすは凛として可憐でクールビューティーだから、汗をかくとかってイメージはない。けど、教室はてれすの言うとおり意外と暑いので、さすがのてれすも、わたしと一緒で手汗とかが気になるみたいだった。


「それじゃあ、お客さんが入って来て、少ししてからにしよっか?」


「そ、そうね。いや、でも」


「ど、どっちなの?」


「……いえ、それでいきましょう。ええ、それで」


 最後の最後でてれすが悩んだ様子を見せたけど、そういうことで落ち着いた。

 待機スペースに戻ると、新しいお客さんがやって来る。


 手汗の問題は解決したけど、意識すると変に汗をかいてしまう。だからてれすと手を繋ぐ前に、わたしはシャツでごしごしと手を拭くのだった。


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