225話 てれすと宣伝
「ご、ごめんなさい」
てれすとの電話が終わった後、数十分後に大急ぎで息を切らして、てれすは教室にやって来た。
ナースの衣装に着替えた後、受付をしている高井さんと赤川さんに深々と頭を下げる。誠心誠意のこもった謝罪に、高井さんは苦笑を浮かべた。
「気にしなくていいのに」
「いえ、遅れてしまって本当にごめんなさい。みんなには迷惑をかけてしまって」
「ほんとにいいって。赤川も気にしてないもんね?」
「もちろん。許す!」
ちなみに、赤川さんはなぜか白衣を身にまとっているため、その構図はなんだかお医者さんに叱られている看護師のようになっていた。
ここが病院なら、何をして怒られているんだろう。少し前のてれすなら、周りに声をかけることなく一人で仕事をしてしまって、協調性を大切に! とか言われてそうだけど、今のてれすなら問題ない。
だって、クラスのことを少しでも大切に思っているから、こうしてすごく謝っているのだ。
むしろ、謝られている高井さんと赤川さんのほうが、その真摯な姿勢に戸惑っているよう見える。
「高千穂さん、頭を上げてよ。高井も言ってたけど誰も気にしてないし、誰にでもミスはあるって」
「でも、わたしのせいで」
「いいんだよ。なんとかなってるし、お昼からお化けやってもらうんだから、それでチャラだよ」
「いえ、それは元々の仕事だから、何か他にないかしら?」
「ほ、他に?」
「ええ。わたしにできることなら、なんでも言ってほしいわ」
「え、うーん、なんだろ……」
てれすの突然の申し出に、赤川さんは頭を悩ませた。
ぐいぐいと退いてくれないてれすに、困った様子だ。
しばし思案する赤川さんに、隣で同じく考えていた高井さんが声をかける。
「赤川」
「んー?」
「宣伝してもらうのは?」
「宣伝、それいいね!」
高井さんのアイデアに、赤川さんは両手をパチンと合わせて、てれすのほうに顔を向けた。
「それじゃあ、うちのクラスの宣伝、お願いしてもいい?」
「ええ、もちろんよ」
「なら、ちょっと待ってね……」
そう言って、赤川さんは受付の長机の下から、手持ちできるプラカードを取り出した。それをてれすに手渡す。
さらに、A4サイズのカラフルなポスターを差し出した。
「はい、こっちはチラシ――」
と赤川さんがてれすに渡そうとしたチラシの束を、途中でわたしが受け取る。
「最上さん?」
「わたしも手伝っていい?」
わたしの申し出に、てれすが目を丸くする。
「え、ええ。わたしは嬉しいけど、ありすはいいの?」
「うん。だって一人じゃきついと思うし、二人でお昼からお化けなんだから、一緒に行動したほうがいいかなって」
プラカードを持ちながら、チラシを配るのはかなり大変だと思う。
てれすのことだから、自分が遅れたのだから一人でやりたいと思っているかもしれないけど、無茶はダメだ。
それに、今のナースてれすを一人で解き放つのは、なんだかちょっと嫌だ。放っておけないっていうか、うん。
「……ありがとう、ありす」
「うん。わたしがしたいだけだもん」
てれすはわたしの持っているチラシに伸ばしかけていた手を引っ込める。
「それじゃ、高井さん、赤川さんいってきます」
「いってらっしゃい」
「いってらっしゃーい!」
2人に見送られて、わたしとてれすは教室を出発した。
とりあえずは正門まで行って、それから校舎を一周する感じのルートになると思う。
玄関に向かう途中にも、すれ違う生徒やお客さんたちにチラシを配りながら歩いていると、てれすがポツリと言った。
「ありす、ありがとう。本当はわたしがするべきなのに」
「気にしないでよ」
「みんな優しいのね……」
「それはてれすが準備をがんばってたからだよ。自分のおかげ」
「そう、なのかしら……」
「そうそう。それにさ」
「?」
「ちょっとラッキーって感じてるの、わたし」
「ラッキー?」
わたしの言葉の意図がわからなかったのか、てれすは可愛らしく首をかしげる。ナースてれすだから、その破壊力はいつも以上だ。
「うん。だってほら、一緒にいられるんだし」
一緒に文化祭を回る約束をしているから、どちらにしても一緒に巡ることはできる。
でも仕事だとはいえ、これで二回もてれすと文化祭を巡ることができることになるのだ。このあとのお化け屋敷でも一緒だから、今年の文化祭はずっとてれすと一緒になりそう。
微笑むわたしに、てれすはほんのりと頬を朱に染める。
「そ、そうね……」
「役得ってやつかな?」
「でも、それ職権乱用なんじゃないかしら……ちゃんと宣伝しないと」
「あはは、もちろん。今はそれがメインだもんね」
チラシもちゃんと配らないと、帰った時に高井さんと赤川さんに顔を合わせずらい。それだと、てれすも謝罪ができたと思えないだろう。がんばらなきゃ。
それから正門までしっかり宣伝をして、再び校内に戻ってくる。
三年生の教室に向かおうと階段を上って三階の廊下を歩いていると、
「あら~、最上さんじゃない」
と、やや間延びした声がかけられた。
振り返ると、ゆるふわなセミロングの茶髪に柔らかな笑みを湛えた生徒会長である、桜町先輩の姿があった。
「桜町先輩」
「うふふ、奇遇ねぇ。うちのクラスに遊びに行くの?」
「あ、いえ、そうじゃなくて」
「あらら、お友達も一緒みたいだからてっきり。違うの?」
「すみません、今はクラスのお化け屋敷の宣伝をしているんです」
言うと、桜町先輩はわたしとてれすの姿をまじまじと上から下から眺める。そしてうなずいた。
「なるほどねぇ」
「先輩は何をしてたんです?」
「わたし? わたしはほら、生徒会で写真を撮らないといけないから。今日はわたしの担当なの」
そう言って、先輩は首から下げていたカメラを見せてくれた。
「大変ですね」
「そんなことないわよ。わたしが好き……ってごめんなさい。話しすぎちゃったわね」
「いや、そんなこと」
「ううん、わたしも行かなきゃだから。それじゃあね」
「はい」
パタパタと忙しく駆けて行った先輩を見送ると、
「ありす、今の」
「桜町先輩。生徒会長だよ?」
「そう、なのね」
「うん。って、知らなかったの?」
「え、ええ。そういうのは、あまり」
「そっか。てれすらしいといえば、てれすらしいの……かな?」
会長とは言っても学年が違うからお話することなんてほとんどないし、わたしだってクラス委員だから他の人よりは関りがあるけど特別に仲が良いわけじゃない。
でもでも、てれすも最近はクラスでいい感じだし、先輩や後輩とはこれから仲良くなっていけると思う。
美月ちゃんとか、桜町先輩とかともきっと。
「ようし。わたしたちも宣伝がんばろっか」
「ええ」
桜町先輩と別れた後、わたしとてれすは校内を巡り、人気となっているお店のチェックをしながら宣伝を続けた。
そして、お土産にポテトやからあげ、パンケーキなどを買って教室に戻ることにした。




