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ありすとてれす  作者: 春乃
220/259

220話 文化祭前日

 いよいよ文化祭の本番が明日に迫っていた。

そのため、今日は普通の授業はなく、終日文化祭のための準備にあてられる。


 学校に向かっているときは、カバンの中に教科書が入っていないのはなんだか不思議な感じだった。けど、朝のホームルームが終わるとすぐに準備が始まったので、いつしかそんなことは忘れていた。


 昨日の放課後にパーテーションを並べて道を作る作業は終えているので、今日は細かな配置をしたり、一度自分たちで体験してみるのが今日やることになる。


 テレビの確認をしたり、わたしやてれすが作った折り紙の飾りを貼り付けたり、そういった作業が終わると、窓側に黒のカーテンをつけていく。

 高井さんが作業している人がいないことを確認してから、カーテンを広げると教室の中に太陽に光りが届かなくなる。

 

 天井の電気がついていて、廊下側から光が入ってきているとはいえ、いつもよりも薄暗くなっていた。

 授業を受けている間、太陽の光にどれだけ助けられているのかを感じる。


「けっこう暗いなぁ」


 こうしてみると、随分お化け家屋敷っぽくなったと思う。

 わたしのつぶやきに、てれすが同意してくれた。


「そうね。明日は廊下側も看板や幕で覆うといっていたから、もっと暗くなるんじゃないかしら」


「そうなの?」


「ええ。やっぱり外からの光があると怖さが半減するから。ただ、真っ暗だと危ないから、完全に暗闇にはしないようだけれど」


「たしかに、真っ暗だと危ないね」


 きっと懐中電灯なんかを持たせてくれるんだとは思うけど、それでも全部が見えるわけじゃない。

 それに、教室だからあまり広くないし、パーテーションや机にぶつかって倒れたりしたら、すごく危険だ。


 やっぱり遊園地なんかでやっているものよりは見劣りしてしまうのは仕方ないけど、安全に来てくれた人が楽しんでくれたらいいと思う。


 そんなことを思っていると、入り口近くに移動していた赤川さんが、クラスのみんなに尋ねた。


「みんなー! 一回電気消してみてもいいー?」


 反対する意見がなかったので、赤川さんが電気のスイッチを押す。

 すると、より一層辺りが暗くなった。

 廊下側の窓からの光が差し込んでいるけど、当日はなくなるのだから、かなり暗くなるんじゃないだろうか。


「よぅし、おっけー。電気つけるねー!」


 教室の暗さを確認した赤川さんは電気をつけると、わたしたちのほうへやって来る。


「それじゃあ、お化け役のみんなは着替えてもらってもいい? 一回本番を想定してやっておきたいし」


 わたしたちは空き教室に移動して、それぞれのお化けの衣装に着替える。

 そして戻ってくると、教室の外から壁に幕がほどこされていて、残すは看板を設置すれば完成というように見える。


 戻ってきたわたしたちに気づいて、高井さんがこちらに来る。


「まずは最上さんと高千穂さん、二人で入ってもらえる?」


「え、わたしとてれす?」


「うん。あ、もしかしてこういう系苦手だった?」


「そうじゃないけど、わたしたちが一番最初でいいのかなって」


 こういうのは、一番頑張った人が最初に体験するものだと思う。

 具体的には、実行委員の高井さんと赤川さんとか、衣装を作ってくれた犬飼さんと猫川さんとか。


「そんなの気にしなくていいよ。どうせ後からみんな入るし」


「そう? それなら、うん、ありがたく受けるよ。てれすはこういう系平気?」


「ええ、経験がないからわからないけれど、たぶん大丈夫だと思うわ」


 てれすの返答を聞いて、高井さんがうなずく。

 

「それじゃ、二人はお客さんとして来るところからやってくれる? 受付の練習もしなきゃだし」


「わかった」

「ええ」


 わたしとてれすは廊下を少し歩いて、再び教室に向かう。

 受付をしているのは赤川さんだった。


 赤川さんはわたしたちのことを見つけると、笑顔を作って話しかけてくる。


「へい、そこのお姉さんたち!」


「は、はい」


 思わず敬語で返事をしてしまった。


 な、なんなんだろう、そのテンションというか話し方は。

 てれすの方を見るけど、てれすもよくわかっていないらしく、困惑した表情をしていた。


「二人は恋人? カップル? アベック? うちのお化け屋敷入っていかない?」


「いや、違いますけど……」


「まぁまぁ、最上さん。そういう設定だから」


「え、えぇ……」


「それで、寄ってく?」


 寄ってく? と聞かれても、寄っていかないという選択肢はあるのだろうか。いや、ない。

 これがクラスの出し物じゃなくて客引きとかナンパなら断るんだけど、そうもいかない。


「えっと、二人お願いします」


「はーい。それじゃあ、これをどうぞ」


「あ、ありがとうございます」


 懐中電灯を渡されたので、それを受け取る。


「中へどうぞー」


 赤川さんが開いてくれた扉から教室の中に入る。


「わ、すごい暗い……」


 廊下側の窓からの光もなくなっているので、かなり暗くなっていた。

 光が差し込んでいるのは、わたしたちが入ってきた扉からのみ。いつもは机が並べられている教室なのに、今はパーテーションで道が作られて本格的なお化け屋敷みたいだ。


 そして、唯一光が差し込んでいた入り口の扉も「いってらっしゃいませー」という赤川さんの声が聞こえたと同時に閉じられて、真っ暗に近くなる。


「とりあえず懐中電灯を……」

 

 さっき渡された懐中電灯をつけると、自分たちの周りだけは見渡すことができるようになった。だけど、懐中電灯の明かりは微妙に弱々しくて頼りない。

 

 明るすぎると見えすぎて怖くなくなるから、わざと明かりの弱いものを選んだんだろう。


「てれす、大丈夫?」


「ええ。ありすは?」


「大丈夫。けっこう本格的だよね」


「ええ。少し驚いているわ」


「だね。それじゃ、ゆっくり進も――」


 ガチャッ。


「へ?」


 なんだか嫌な音が聞こえたような気がしたので、ゆっくりと振り返る。

 今、ガチャって音がしなかった……?


「ありす? 大丈夫?」


「あ、う、うん!」


「そう? それなら行きましょう?」


「うん……」


 もちろん、ここは教室だってことはわかってる。

 中で待っているのも、言ってしまえばわたしたちが仕掛けた道具とクラスメイトたち。

 だけど、いつもと違う雰囲気に、少し飲まれそうになってしまった。


 ていうか、カギを閉めるって高井さんか赤川さん言ってたっけ……。

 ぐるぐると頭の中でそんなことを巡らせて歩き始めると、いきなり足元から音楽が流れ始めた。


「ひゃあ!?」


 思わず、隣のてれすに抱きついてしまう。


「ご、ごごごごめん、てれす!」


「……い、いえ。気にしないで」


 慌てて、てれすの身体から手を離す。

 

「ご、ごめんね、てれす。急だったからびっくりして……」


 こんなBGMがいきなり流れるなんてことも、説明されていない気がする。

 もしかして、だからわたしたちを先に行かせたのだろうか。

 ……教室の外で、わたしの悲鳴が聞こえてご満悦の赤川さんの顔を容易に想像することができた。


 ということは、まだわたしの知らない仕掛けがあるのだろうか?

 

 そんなことを考えていると、ぎゅっと右手が優しく柔らかく握られた。

 これは、てれすの手?


「て、てれす……?」


「その、嫌だったら離すわ」


「……ううん、ありがとう」

 

 そうだ、わたしは一人じゃない。

 てれすが隣にいるって思うと、自然と肩に入っていた力が抜けてくる。

 今も変わらず落ち着いていて大人なてれすの余裕が、わたしにも影響してくれたのかもしれない。

 

「ありがと、てれす。ちょっと落ち着いた」


「よかったわ。行けそう?」


「うん。がんばる」


 高校の文化祭のお化け屋敷だから、なんて思っていたけど、思っていた以上に本格的なのかもしれない。

 わたしは握っているてれすの手をもう一度ぎゅっとして、ゆっくり進むことにした。


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