219話 迫る文化祭
文化祭の準備は着々と進められていって、本番当日まであと2日となった。
チャイムが鳴って放課後を知らせると同時に、赤川さんがクラスのみんなに聞こえるように声をあげる。
「よぅし! みんな準備がんばろー!」
準備ができるのは今日のこれから下校するまでの時間と、明日の一日準備だけ。
この間に机とパーテーションを組み合わせて、教室に道を作ったり、驚かすための道具を配置したりしなければならない。
大まかに必要なものは揃っているので、特別焦って準備をする必要はない。
でも、わたしやてれすなど、お化け役は驚かすための練習なんかもしておいた方がいいだろう。
お化け屋敷のお化けの役なんて一度もしたことがないから、どうすればみんなが楽しんでくれるのか、少し不安だった。
だから明日は一回、自分たちがお客さんとして体験してみて、直せそうな部分を直したいから、あまり余裕があるという状況でもなかった。
当日の朝になってバタバタしないためにも、早め早めの準備を心がけておいた方がいいと思う。
というわけで、まずは教室にパーテーションを運ぶ作業をすることになった。
一人だと大変だし、怪我なんかしたら元も子もないので、二人一組で運んでいく。つまりわたしはてれすと一緒にパーテーションを運んでいた。
廊下はなんてことないけど、やっぱり一番難しいのは扉を通過するとき。
扉を全部外しているわけではないので、ちょっとぶつかりそうになる。パーテーションを少しぶつけるくらいならいいけど、その時に扉とパーテーションとで手を挟んだりしたら大変だ。
「てれす、そっち大丈夫?」
「ええ。いえ、少し危ないかも」
「おっけー」
てれすと二人で調節しながら、なんとか扉を通過して、教室の中に入る。
教室の中では、高井さんが次々と運ばれて来るパーテーションの配置を指示していた。
「最上さん、高千穂さん。それはあっちにお願い」
「わかった」
「ええ」
高井さんに言われた通りの場所にパーテーションを下ろす。
「てれす、足とか挟んでない?」
「ええ、問題ないわ」
「それじゃあ、下ろそう」
よいしょ、と思わず声を出しながら、パーテーションをてれすと息をそろえて床に置く。
一息ついて、高井さんが細かな位置の調整をしているのを見ながら、教室内を見渡す。
さすがに迷路とまではいかないけど、お客さんが通るための通路が完成されつつあった。これが暗くなったら、けっこう本格的なものになるんじゃないかって思う。
パーテーションとパーテーションとの間が少し空いているところは、道具を配置したり、わたしたちお化け役がお客さんを後ろから驚かすために隠れる場所だと高井さんが説明してくれた。
実際に、赤川さんが一番最初の仕掛けとなるテレビの設置を行っている。
仕掛けは大きく四つくらいで、細かくすればけっこう作ったよねぇ、なんて思いながら見ていると、てれすが声をかけてくれる。
「随分と、文化祭らしくなってきたわよね」
「うん」
場所は普段と変わらない自分たちの教室だというのに、違うところみたいな雰囲気。
それにみんなのふわふわとした浮かれた気持ちや楽しみな気持ち、今、一生懸命準備をしている様子などが重なって、文化祭がすぐそこに迫っているのだという独特の空気感を醸し出していた。
「ありすは、文化祭楽しみ?」
「もちろん。てれすは?」
「ええ、わたしもよ。初めてかもしれないわ」
「そっか、文化祭も」
てれすが球技大会や体育祭をはじめとする学校行事に興味や関心がなくて、あまり関わってこなかったことを思い出す。
そんなてれすだけど、今ではクラスに馴染んでいるし自分からお手伝いをしている。嬉しくなるけど、反面、最初に比べると寂しくもあった。
けど、さすがにそれは本人には言えない。
てれすの努力があってこうなっているんだから、その邪魔はできなかった。
てれすがふわりと柔らかい笑みを浮かべる。
「ええ、ありすのおかげね」
「そんなことないよ」
「そんなことあるわ。……そういえばありす」
「どうしたの?」
「その、よければなのだけれど」
てれすは一度視線を俯かせ、「うん」とうなずいてから顔を上げた。
少しだけだけど、ほっぺたが赤く染まっている。
「えっと、文化祭、一緒に回ってくれないかしら……」
「え?」
「あ、あの、他に約束をしている人がいるのならいいの。無理には」
「あ、ごめん」
「そうよね、わたしこそごめんなさい」
「違う違うてれす。そうじゃくなくて」
「……どういうこと?」
てれすが不思議そうに首をかしげる。
「いやー、わたしとしては一緒に回るつもりだったというか、もう約束してるつもりになってたんだけど、そういえばまだ約束してなかったね」
忙しかったから、すでに約束していたと勘違いをしていたのかもしれない。
約束していた気がするんだけど、わたしの気のせい?
まぁ、いずれにしてもこうしてしっかり約束をできたのだから、過去のことはよしにしよう。
わたしの言葉を聞いたてれすの顔が少しずつ晴れていく。
「ということは、いいの?」
「うん、もちろんおっけーに決まってるよ」
「そ、そうなの? 本当に?」
「当たり前だよ」
「よ、よかったわ」
ほっと安堵の息を吐くてれすに、苦笑する。
「ちょっと大げさすぎない?」
「そんなことないわ、嬉しいもの」
「そ、そっか……ちょっと照れるけど、わたしも嬉しい」
真正面から「一緒に回る約束ができて嬉しい」なんて言われると、やっぱり恥ずかしい。
当のてれすは、まだ安堵のほうが大きいのか、照れている様子は見せていなかった。
と、てれすと微笑み合っていると、今までやっていたことが一段落着いた赤川さんを目が合う。
「ちょっとちょっと! 最上さんと高千穂さんも働いて!」
「あ、ごめん」
「ごめんなさい」
謝罪をしながらも二人でくすりと笑って、わたしたちも作業に戻るのだった。




