218話 てれすと犬飼さん
色々ありつつ、文化祭の準備は順調に進んでいって、本番当日まで残り一週間となった。
実行委員の高井さんと赤川さんがみんなをまとめてくれているので、余裕を持って準備は完了すると思う。
こんなことを言うのはあれだけど、怖いくらいに順調だった。
教室を飾り付けたり、パーテーションで道を作ったり、物を配置したりするのは前日にやることになっているので、今はみんな、それぞれの担当していることの仕上げに取り掛かっていた。
その一環として、わたしとてれす、そして他のお化け役の子たちは全員、衣装チームが使っている空き教室に集められていた。
犬飼さんと猫川さんを中心に微調整をしてくれた衣装に着替えて、全員が一列に並ぶ。
それを眺めたのち、猫川さんが満足げにうなずいた。
「……うん、良い感じだと思う」
それから猫川さんは、最終チェックのために一人ずつの話を聞きながら、しっかりと衣装を見て行く。
どうやら、この手直しの期間中に太ってしまった生徒はいなかったらしく、再度の調整を申し出る子はいないようだった。
もちろん、わたしの猫衣装のキュロットも、前回よりもさらにフィットしていい感じになっている。
服を作るのが好きだといっていたけど、本当にすごいと思う。
猫川さんに尊敬のまなざしを送りながら、最終チェックしてもらうのを待っていると、やがてわたしの順番になった。
猫川さんと一緒に回ってきた犬飼さんが尋ねてくる。
「最上さんもどう? 今なら、まだ直せるけど。ねこっちが」
「ううん、すっごいピッタリ。ありがと、猫川さん」
お礼を言うと、猫川さんは少し頬を赤くしながら「ううん」と首を振った。
それから、隣にいるナースてれすに声をかける。
「え、えと、高千穂さんはどう?」
「ええ、問題ないわ。……やっぱり少しだけスカートが短い気がするけれど」
どうにかならないかしら、と半ば諦めてはいるみたいだけど、てれすが希望を込めてつぶやく。
しかし、犬飼さんが右手の親指を立てながら元気よく宣言した。
「高千穂さん」
「なにかしら」
「それは無理! 諦めて!」
「…………」
何か言いたげにてれすはジト目を犬飼さんに向けていたけど、笑顔の犬飼さんを見て深々とため息を吐いた。
その様子に苦笑する。
「まぁまぁ、てれす。似合ってるし大丈夫だよ」
「あ、ありがとうありす」
「それに本番は暗いところだし」
「……そうね」
自分を納得させるように、てれすがつぶやく。
と、教室の扉が明けられた。
「あ、最上さんたちいた!」
「山中さん?」
名前を呼ぶと、山中さんはわたしたちのところへやって来る。
「ごめんね、衣装のチェック中に」
「ううん。もう終わったから。え、終わりでいいんだよね、猫川さん?」
「……う、うん。何もないなら、それで大丈夫」
猫川さんがうなずいてくれたので、わたしはもう一度衣装を確認してから、山中さんに尋ねる。
「それで、山中さんはどうしたの?」
「あのね、看板が一応できたんだけど、見てほしいなって。高井さんと赤川さんに見てもらおうと思ったんだけど、ちょうどいなくって」
「なるほど。でも、それわたしでいいの?」
「うん。完成したんだけど、何か足りない気がするから、他の人の意見がほしいなって思って」
「わかった。わたしでいいなら」
「ありがとう最上さん。みんなも来てくれる?」
ということで、わたしたちは衣装を着たまま、自分たちの教室へと移動した。
ぞろぞろとハロウィンの行進みたいになりながら、教室に戻る。
完成している看板は、教室に入ってすぐに見つけることができた。
机を避けてつくられたスペースに新聞紙を敷いて、その上に看板が置かれている。
黒をベースとして、大きく「お化け屋敷」という文字が書かれていて、シンプルにまとめられていた。
山中さんがさっき言っていた通り、たしかに完成しているけど、何か足りないと言われれば足りないような気にもなる。
うーん、なんだろう。
お化け屋敷っぽさ?
具体的にどういえばいいのか、看板を見下ろしながら思案をしていると、
「高千穂さん高千穂さん」
わたしとてれすの後ろから看板を見ていた犬飼さんが、ふいにてれすを呼んだ。
「なにかしら」
「ちょっと見えそうかも」
「なにが?」
「いやー、うん。何って、ねぇ」
「もう、何を言って――ッ!」
犬飼さんが何を指して言っていたのか、理解したてれすは目を大きくさせた。そして、ほっぺたを朱に染めつつ、わたしの背中側に隠れる。
「……最低」
「誤解だよ! 別に覗こうとしたわけじゃないよ! 教えてあげただけで」
必死に弁明をする犬飼さんに、てれすは変わらず疑いのまなざしを向ける。
「本当かしら」
「ほんとだって。最上さんは、信じてくれるよね?」
「え? う、うん」
「あ、ありす」
「てれす。犬飼さんは見えそうって言ってたんだから、たぶん、本当に教えてくれただけだと思うよ?」
客観的に見て、わたしが思ったことを言うと、てれすは少しの間、黙っていた。それから自分の中で整理をつけたようで、「……そうね」と納得する。
「犬飼さん、その、ごめんなさい。少し、驚いてしまったから」
「ううん、あたしもごめん」
2人がそれぞれ謝って、一件落着。
だけど、看板のことはまだ解決していない。
どうすればいいだろうか。
頭を悩ませていると、「あ」とてれすが何やら閃いたような声を零した。
「今、ちょっと思いついたのだけれど」
近くにいるみんなが、てれすの話に耳を傾ける。
「看板に赤の絵の具で血の跡のようなものをつくるのはどうかしら」
たしかに、血痕みたいになって怖い感じを演出できそうな気がする。
さすがはてれす、さすてれだ。
てれすの意見を聞いた山中さんが興奮した様子で両手をパンッと合わせる。
「なるほど! ありがと、高千穂さん!」
「い、いえ。別にお礼を言われるほどのことじゃないわ」
このてれすの意見は、わたしたちお化け役の衣装にも取り入れられることになったのだった。




