216話 ねこありす
みんなにお誕生日をお祝いしてもらってから数日。
文化祭の準備も話し合いから本格的なものに変わって来ていた。
実行委員である高井さんと赤川さんは、今日は実行委員の話し合いに行っているので、今は教室にいない。
けど、やることは決まっているので、教室は明るい雰囲気のなか準備が進められていた。
わたしやてれすの小道具や内装の飾りつけを作る係。看板のデザインを考えて作成する係。犬飼さんや猫川さん中心の衣装を作る係などなど、それぞれにおしゃべりして楽しみながら作業をする。
ちなみに、今わたしとてれすは折り紙を細長く切っていた。
そしてこの細く切った折り紙の端と端をのりで貼って丸くする。そのリング状のものをたくさん組み合わせると、七夕とかお楽しみ会なんかでよく見る輪っかの飾りが完成するのだ。
本番では、これに扇風機で風を当てて使用する。カサカサと言う音と、飾りが身体に触れればびっくりするのではないか、とてれすが提案してくれたのだ。
ということで、ありすとてれす折り紙工房を営業中である。
「それにしても、てれす」
ハサミでチョキチョキしながら、隣のてれすに話しかける。
「必要な備品、けっこう学校が貸してくれて助かったよね」
てれすは視線を折り紙に向けたまま首肯した。
それを見て、わたしも集中しなきゃと新しい折り紙を手に取る。
「ええ、そうね」
「全部買ったりしたらお金足りないし、持ってくるのも限界があるもんね」
黒いカーテンとか、扇風機やテレビなど、みんなのアイデアをまとめていった結果、けっこうモノを使うことになっていた。
カーテンや家電は誰かのおうちから持ってくるのもできるかもしれないけど、それでも持ってくるのは大変だ。
それに、道を作るのに使用するパーテーションがあったのもラッキーだったと思う。
なければないで机を活用することになっていたけど、机で壁を作ると崩れたりして危ない。
「ねぇ、てれす」
「どうしたの?」
「これ、どのくらい作ればいいのかな?」
放課後になってからしばらく切っているから、そこそこ細長い折り紙がたまってきている。
「さぁ。でも、そろそろ輪っかを作ったほうがいいかもしれないわね」
「そうしよっか」
てれすに同意して、ハサミを置くと。
「最上さーん!」
背後から呼ばれて振り返る。
笑顔の犬飼さんが手を振りながら、こちらにやって来た。
「犬飼さん」
「最上さん、今大丈夫?」
「うん。大丈夫」
「最上さんの衣装が一応完成したから、一回着てもらってもいい?」
「え! もう完成したの?」
思わず驚いてしまう。
まだ本番までは10日以上あるのだ。どのくらい服飾が難しいのかはよくわからないけど、それでもかなり早いと思う。前に、どのくらいかかるか不明って猫川さんたちは言っていたのに、すごい。
「まぁね。といっても、ほとんどねこっちだけど」
照れたように犬飼さんは自身のほっぺたをかく。
それから視線をてれすに送った。
「というわけで高千穂さん」
「?」
「最上さん、借りていくね」
「ええ。というか、そんな断りなんていらないわ。ありすはわたしのものじゃないのに」
「あはは、たしかに。あとそれから、高千穂さんのももうすぐ完成だから、そのつもりでいてね!」
「…………わかったわ」
ため息を吐きながら答えたてれすに、苦笑する。
果たして、てれすの衣装はてれすの意見がちゃんと反映されているのだろうか。それはもうすぐわかる。
「それじゃ、てれす行ってくるね」
「ええ。いってらっしゃい」
てれすに送り出されて、わたしは犬飼さんと、衣装チームが作業している空き教室へ向かった。
教室に入ると、そこで待っていた猫川さんに衣装一式を渡される。
そして……。
「わお! 最上さん可愛い!」
犬飼さんが手をパンッと合わせて歓声を上げて、猫川さんもいつもより目を大きくさせてうなずいている。
……格好のせいもあるし、すっごく照れてしまう。
「あ、ありがとう……」
わたしが着ている猫娘(化け猫)の衣装は、黒をメインとしたもの。
シンプルな黒のシャツと黒のキュロットスカート(※スカートのように見えるパンツのこと)、肉球を模した手袋、足元はもこもこのレッグウォーマー。そして頭には生まれて初めて見に付けた猫耳があった。
てれすがナースで白色だから、わたしは黒猫ということだろうか?
「ねこっち、どうかな?」
「うん、すっごく良いと思う。でも、やっぱりわたしのサイズで作ったものだから、キュロットはちょっと調整したほうがいいかも」
猫川さんはあごに手を添えながらわたしを眺めて、真剣な眼差し。
と、猫川さんの発した言葉が引っかかった。
「作ったって、これ、猫川さんが?」
「え、う、うん……」
「えぇ! こんな可愛いもの作れるの!?」
「えっと、うん。わたし服作るの、けっこう好きで……」
売っていたものを買ったとばかり思っていたから、びっくりだ。
普通にショッピングモールの服を売っているお店でマネキンが着ていても違和感ないくらいの完成度。そしてすごく可愛い。
「ねこっちはすごいんだよ、最上さん」
「うん。めちゃくちゃすごいと思う!」
犬飼さんが胸を張って言うのもわかる。
そのくらいすごい特技だと思う。もしかして、猫川さんは将来デザイナーとかを目指しているのかもしれない。
「……ほ、褒めすぎだって、二人とも……」
顔を赤くして俯いてしまっていた猫川さんが謙遜する。
そんな猫川さんの肩を、犬飼さんが「またまたー」と軽く小突いた。それから、犬飼さんは何か思い出したように「あ!」とわたしに顔を向けた。
「あ、そうだ最上さん。本番ではそのほかに、猫っぽくするために顔に鼻とかひげとか書く予定なんだけど、平気?」
「うん。たしかにそのほうが猫っぽいかも。平気だよ」
「おっけー。それじゃあ最上さん」
「うん?」
「教室にお披露目にいこう」
「な、なんで?」
調整をするから着替えてほしいと言われるのかと思いきや、まさかの提案だった。
「なんでって、みんな見たいと思うし。特に高千穂さん」
「いや、でも」
「ほら、本番ではたくさんの人に見せるんだから」
「見せるって、暗いからあんまり見えないと思うけど……」
「まぁ、いいからいいから」
と、そんな感じで犬飼さんに強引に手を引っ張られ、わたしは教室に戻ってきた。
犬飼さんが扉を開けると、すぐの席で作業をしていたてれすと一番に目が合う。てれすの手元では、輪っかの飾りが一メートルほどの長さに成長していた。
「ありす。おかえ――」
「あはは、てれすただいま……」
「…………」
「て、てれす?」
なぜかてれすはわたしをじっと見つめて固まってしまった。
それから数秒後。
よくわからない、本当によくわからないけど、てれすが手に持っていた飾りをブチッと引き裂いた。真っ二つである。
「ちょっ、え、てれす!?」
いきなりのことに慌てて声を発すると、てれすがはっとした表情になる。
「ご、ごめんなさい」
「いや、いいけど。どうしたの?」
「どうしてかしら……」
困ったように言いながら、てれすは手元の引き裂かれた飾りに目を落とす。
ま、まぁ。飾りはまたくっつければいいから、たぶん大丈夫だろう。
そんなことを思っていると、犬飼さんに肩を叩かれた。顔を向けると、犬飼さんは笑顔で答える。
「最上さん。せっかくだし、猫のものまねしとこうか」
「なんで!?」
わたしが声をあげるのと、てれすがガタガタッとイスをずらしたのはほぼ同じタイミング。
てれすをちらっと見てから犬飼さんに視線を送ると、にこやかな顔のままグッとサムアップされた。
えぇ…………。




