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ありすとてれす  作者: 春乃
214/259

214話 だってありすに

「ありす、誕生日おめでとう」


 ふわりと柔らかく、てれすが微笑む。

 その手には可愛いイチゴのショートケーキ。そしてそのケーキに立っているロウソクの火が揺れていた。


 わたしはようやく状況を飲み込めてきてはいるけど、やはり驚きがまさってしまう。

 何も言えずにいると、高井さんが「せーの」と掛け声をして、みんながハッピーバースデイの歌が始まった。すっごく嬉しいけど、それと同じくらい照れくさい。


『ハッピバースデー・ディア・最上さーん。ハッピバースデー・トゥ・ユー』


 歌い終わると、わー、と拍手が起こる。

 やっぱり、まだ夢でも見ているみたいだ。

 今日が自分の誕生日だって覚えていたら、少しくらいましな反応をできたかもしれないけど、びっくりしすぎて言葉が出てこない。


 だけど、ちゃんと感謝の言葉を伝えないと。

 気の利いた言葉は何も思いつかないから、シンプルに。


「みんな、ありがとう」


 短い感謝の言葉だったけど、てれすをはじめとしてみんな、笑顔で返してくれた。

 そして。


「ありす」


 てれすがわたしに近づいてくる。そして手に持っているケーキをずいっとお皿ごと差し出してきた。


「ありす、はい。火を消して?」


「あ、うん! そうだね」


 たしかに、いつまでも火をつけたままなのは危ない。ここ、教室だし、先生に見つかったら怒られてしまう。

 

 わたしのためにお祝いしてくれているのに、みんなが怒られるなんて申し訳ない。


 よしっ、とわたしはうなずいて、ケーキと向き合う。

 ケーキに立っているロウソクは一本なので、そこまで気合を入れずとも簡単に吹き消すことができるだろう。

 ……さすがに17本は自信がない。


 息を吸って、「ふー」と吹きかけると、ロウソクの火は簡単に消えた。消えると同時に、再び周りで拍手が起こる。


「ありす、お誕生日おめでとう」


「うん。ありがとう、てれす!」


 まさか、こうやって学校で、それもみんなにお祝いをしてもらえるだなんて思っていなかった。

 嬉しすぎて、思わずてれすに抱きつきそうになったけど、てれすが手にケーキを持っていることを思い出して、踏みとどまる。

 同じ理由でてれすの手を握るのも断念した。

 

 けど、てれすに近づいたのは事実で。

 てれすは近寄ったわたしのことをどう思ったのか、少しだけ思案するように眉を寄せた。するに結論は出たようで、「あぁ」と何やら納得した様子。


「はい、ありす」


 ポケットから個包装されたフォークを取り出した。


「食べて、ありす?」


「うん。いただくね」


 フォークを受け取って、ケーキを一口。

 もぐもぐ……。


「わ、すっごい美味しい」


 生クリームは甘いけど、くどくない。スポンジもふわふわで口どけまろやかなケーキだった。スポンジの間にあるイチゴの酸味との相性も抜群。

 最初はコンビニとかで買ってきたものかと思っていたけど、これ、どうやら違うみたいだった。


 もう一口、ケーキを口に含んでいると、赤川さんがてれすの横に並んだ。ポンとてれすの肩に手を乗せる。


「いやー、よかったね、高千穂さん」


「ええ」


「サプライズ大成功だね!」


「そうね。朝は危なかったけれど、良かったと思うわ7」


 その会話を聞いて、わたしは合点がいく。


「てことは、今日みんなの様子がおかしかったのって」


 尋ねると、てれすはほっとした穏やかな表情で素直にうなずいてくれた。


「ええ。ありすに気づかれないように、がんばっていたから」


「そうだったんだ……」


「心配をかけてごめんなさい、ありす」


「ううん、謝らないでよ。って、もしかして、このために朝早くに学校に来てたの?」


「え、ええ。そうだけど」


 まるで当たり前のことのように、てれすが即答する。

 いや、もちろん嬉しい。すっごく嬉しいけど。

 てれすは朝起きるのが苦手だったはずだ。最近でこそ遅刻はないけど、学校に来るのは基本的に朝のショートホームルームが始まる直前。


 そのてれすが、わたしのためにわざわざ。


 ちらとてれすを見ると、てれすは頬を朱に染めて照れながら答える。

 

「だって。前に、ありすにはわたしの誕生日をお祝いしてもらったから。絶対に喜んでほしかったの」


「あれはそんなつもりでやったんじゃなかったんだけど……」


「いいのよ。これもそんなつもりはない。わたしがやりたかったから、しただけ」


 早口でまくし立てるように、宣言するてれす。

 しかし、次に発せられた言葉のボリュームはかなり落ちていた。


「……本当は一人でやるつもりだったのだけど、どうしてもわからないくて。高井さんと赤川さんに相談したら、二人とも協力してくれたの」


 高井さんと赤川さんに顔を向けると、二人とも苦笑を浮かべた。


「ま、高千穂さんにお願いされたからね」


「そうそう。それにわたしたちだって、最上さんのことお祝いしたかったし!」


「二人とも、本当にありがとう」


「いいのいいの気にしないで」


「わたしも高井も、お世話になってるからね」


 それと同じ理由で文化祭の実行委員を二人にやってもらっている、と言うと、赤川さんに「まぁまぁ」と宥められる。


「でも、一番がんばったのは間違いなく高千穂さんだから、最上さんが一番お礼を言うとしたら、高千穂さんかな」


 赤川さんの言葉を高井さんが継ぐ。


「それはそうね。まず一番朝は苦手なはずだし、ケーキの予約もそう。それに、わたしたちだって、高千穂さんに言われなきゃやってないし」


 てれす本人は「そんなことないわ」と謙遜しているけど、どうやらこのサプライズはわたしが思っている以上に手が込んだもののようだ。

 

「てれす、ありがと」


「いえ、いいって言っているでしょう」


「あはは、そうだね。でも、ありがと。本当に嬉しいの」


「そ、そう……それなら、よかったわ……」


 ぼそぼそと小さな声でつぶやいて、てれすは俯いてしまう。

 そしてお祝いしていたムードが落ち着いたのを見計らっていたのか、赤川さんが拳を突き上げて言った。


「よぉし、それじゃあ文化祭の準備、がんばろー!」


 実行委員の合図に、それぞれ答えて準備が始まるのだった。


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