212話 隠し事
「……んぅ」
スマホの目覚まし機能が軽快な音楽が聞こえてきて、わたしはゆっくりと目を開けた。
枕元に手を伸ばして、スマホを手に取る。
時刻はいつもならまだ眠っている朝の早い時間。正直すごく眠たいけど、今日だけはそうも言っていられなかった。
ベッドから身体を起こしてカーテンを開けると、まぶしい朝陽が注ぎ込む。
周りに日光を遮る高い建物がない、というよりもこのマンションがこの辺りでは一番高いので、十分すぎるほどの太陽を浴びることができた。
意識がしっかりしてきたところで、スマホの画面を見る。
連絡アプリのMINEに、高井さんと赤川さんからメッセージが届いていた。
いつも遅刻ギリギリで学校に行っているからか、二人とも「高千穂さん、起きてる?」と心配してくれていた。
ありがたいけど、それは杞憂というもの。
今日だけは絶対に早く起きなければならなかったのだ。そのために昨日は10時に寝た。まだちょっと眠たいけど、がんばらないと。
なぜならば今日、10月15日はありすの誕生日なのだ。
夏休みにはわたしの誕生日を祝ってもらったから、その時から絶対にありすの誕生日をお祝いしたいと思っていた。
心配性な友人二人に「ええ、起きているわ」と返信をして、リビングへと向かう。
リビングへ行くと、どうやら今この家にいるのはわたしだけのようで、しんと静まり返っていた。
両親とも、昨日も帰ってこなかったのだろう。
もう慣れっこなので、独りで黙々と登校する準備を進める。
今日の時間割の準備はもちろん、ありすへの誕生日プレゼントや、ケーキの予約票をちゃんと持っているのを何度も確認して、わたしは家を出た。
いつもよりの通学路だけど、時間が普段よりも早いせいか、人の数も少なくて少し肌寒い。
まずはケーキ屋さんへ寄ってケーキを受け取ってから、わたしは学校へと急いだ。
学校に到着すると、いつもより人の気配がないというか静かな感じがして不思議だった。
だけど、すぐに我に戻って上履きに履き替えて保健室へ行く。
ありすは早い時間に来ているらしいから、できるだけ早く高井さんと赤川さんと合流しないと。
ありすに気づかれてしまってはサプライズが台無しだ。
ケーキが崩れないように気を配りながらも急ぎ足で、保健室へ向かう。
数日前から、ケーキを保存するために冷蔵庫を貸してほしいと頼んで、了承を得ていた。
養護教諭の先生にあいさつとお礼を言って、ケーキを置かせてもらう。
そして教室に行くと、すでに高井さんと赤川さんが来ていておしゃべりをしていた。
わたしに気づいて顔を向けてくる。
「おっはー高千穂さん!」
「おはよ、高千穂さん」
「ええ、おはよう」
赤川さんがわたしの手元に目をやる。
「高千穂さん、ケーキは?」
「さっき保健室に」
「そっか、よかった」
「ええ。その、悪いわね。こんな朝早くに」
巻き込んでしまっていることを謝罪すると、二人ともが首を振る。
「ううん、気にしないで。わたしも赤川も最上さんにはお世話になってるし」
「そうそう。高井の言うとおり。だから、高千穂さんにさそってもらって嬉しかったよ」
「あ、ありがとう……」
最初はわたし一人でお祝いして、ありすの誕生日をありすと一緒にとも考えた。
でも、ありすをお祝いしたい人はいっぱいいると思うし、みんなから言われたほうがありすも嬉しいと思う。
というか、自分一人では何をすればいいか思いつかなかったから、二人に相談してよかったと今になっては思っていた。
「気にしないでって、早く段取りの確認しようよ」
「あ、そうね。ありすが来てしまうわ」
時計を見る。
さすがにまだ来ないと思うけど、何があるかわからない。
いつもよりも数分早く来るなんてことは、十分に考慮すべきだろう。
思い出すように赤川さんが話し始める。
「えっと、まずは放課後に残ってくれるように頼むんだよね」
「ええ。衣装の採寸だと言って」
「犬飼さんと猫川さんにも言ってるから、それは大丈夫だよ」
赤川さんがグッと親指を立てグッと立てる。
そして高井さんが言葉を引き継いで、言葉を発する。
「そして放課後。空き教室に採寸に行っている間に準備ね。高千穂さんがケーキを取りに行って、わたしと赤川で黒板に色々書いたりとか、クラッカーの準備とか」
「よろしくお願いするわ」
「任せて」
うなずく高井さん。
赤川さんは苦笑を浮かべてわたしに言う。
「高千穂さんこそ、慌ててケーキひっくり返したりしないでよ」
「大丈夫よ。そんなへまはしないわ」
「あはは、まぁ、そうだよね」
「ええ。そんなことするわけないじゃない」
言い切るわたしに、高井さんが「ちょっと」と割り込んでくる。
「あんまりそういうことは言わないほうがいいと思う」
「……そうね」
それから、もう少し細かい部分のことを話したり、なぜかわたしがお化け屋敷で着るナース服の衣装の話になったけど、とりあえず短いのは嫌だとはっきり断っておく。
そして最後に、一番大切なこと。
放課後までありすの気づかれないように気を引き締めましょう、と言おうとしたタイミングで教室の扉が開いて、聞き慣れた心地の良い声音が耳に届いた。。
「え、てれす……?」
振り向くと、入り口に今日の主役であるありすが立っていた。
いや、今日というよりもわたしにとっては、いつもありすが主役だけれど。
「あ、ありす」
「おはよ、てれす」
「え、ええ。おはよう」
「今日早いね、どうしたの?」
どうやら、わたしたちの会話は聞こえていなかったらしい。
ほっと胸を撫で下ろして、誤魔化すことに専念する。
怪しまれないようにしなくては。
「い、いえ。その、偶然ね……」
「そうなの?」
「ええ」
……さすがに苦しい言い訳だったかもしれない。
けど、これは隠し通さないと。
朝のショートホームルームを知らせるチャイムに救われて、なんとか乗り切ることができた。
放課後まで、なんとか頑張らないといけない。
高井さんと赤川さんとアイコンタクトをとって、わたしたちはうなずき合うのだった。




