211話 隠し事?
文化祭のお化け屋敷で各自何をやるのかが決まった次の日。
一夜明けても、まだ微妙に猫娘をやることに抵抗とか不満があるけど、あるけどずっとグダグダと引きずっているわけにもいかない。
くじで決まったことだから、恨むなら自分のくじ運を、だ。
それに、ちょっと楽しみな気持ちも抱いていた。
お化け屋敷のお化け役なんて、あんまり経験出来ることじゃないと思うし、てれすのナース姿を見ることだってできるのだ。
てれすは美人でスタイルがいいから、きっとカッコよく着こなす気がする。まさに白衣の天使そのもの。さすがはてれす、さすてれだ。
気を抜いたらスキップをしたり鼻歌を歌いそうになるほど、浮きだっている自分に気づく。
きっと、一日遅れて赤川さんの文化祭ハイテンションが移ったのだと思う。
これから半月ほど。本番が近づいていくにつれて、自分もみんなもどんどん浮かれて行く気がする。
てれすもすごく協力的だし、なんだかいつもよりもクラスが団結しているように見える。わたしも自分にできることを頑張らないと。
たぶん、今日の放課後から準備を本格的に始めるクラスもあるだろうけど、うちのクラスはどうなんだろう。
学校に着いたら、高井さんと赤川さんに確認してみようと思う。
そんな風に頭の中は文化祭のことでいっぱいになりつつ学校にやって来る。
靴箱で上履きに履き替えて、廊下を歩く。それから自分の教室に入って目を疑った。
「え、てれす……?」
なんと教室にはすでに、てれすの姿があった。
わたしの隣の席――つまり高井さんの席で、高井さんと赤川さんと何やら話をしているみたいだ。
距離があるから聞き取れないけど、どうしたんだろう。
首をかしげていると、扉が開いた音とわたしの声に反応したてれすたちがこちらに顔を向けた。
「あ、ありす」
てれすが珍しく驚いた、というよりも少し慌てた表情を見せる。
高井さんと赤川さんも同じような反応をしていて、疑問は大きくなるばかり。
「おはよ、てれす」
「え、ええ」
「今日早いね、どうしたの?」
黒板の上にある時計を見る。
やっぱりわたしがいつも登校している朝の早めの時間。
この時間にてれすがいるのは珍しい。というか、高井さんと赤川さんもこの時間に教室に来ていることはなかった気がする。
「い、いえ。その、偶然」
「そうなの?」
「ええ」
「高井さんたちも?」
わたしの質問に高井さんは、やや詰まりながらも返答する。
「えっと、うん。高千穂さんの言うとおり」
「そうなんだ……あ、もしかして文化祭のこと?」
衣装のことでなにか相談があったのかもしれない。
昨日、わたしとてれすもナース服のスカート丈について話をしていたし、そういう部分を本人に確認していたのかも。
わたしの言葉に、三人は顔を見合わせる。
そして、赤川さんが大きくうなずいてみせた。
「そうそう! やっぱり高千穂さん本人に聞きたいところもあったし。ね、高千穂さん!」
「え、ええ。そうね。とても充実した話し合いだったわ」
ということは、てれすのスカート丈は長いものを死守できた、ということだろうか。
もしくは、昨日てれすが言っていたようなパンツスタイル?
とにかくてれすの納得がいく結果になったのならよかった。
……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ残念な気持ちを抱いてしまったのは、わたし一人だけの秘密にしておく。
と、高井さんが赤川さんの制服の裾を引っ張った。
「赤川。あれ言っておかないと」
「あ、そうだった最上さん」
「なに?」
「今日の放課後、服の採寸をするからちょっと残っててって犬飼さんが」
「今日からやるんだ。うん、わかった」
「どのくらい時間がかかるかわからないから、早めにできることを始めておきたいんだって。時間大丈夫?」
「全然大丈夫だよ」
「よかったぁ……」
心底安心したように息を吐き出す赤川さん。
高井さんやてれすもほっとしている様子だ。
「ちょっと大げさすぎない?」
「え! そうかなぁ、ねぇ、高千穂さん」
「え、わたし? ……ええ。ほら、ありす。犬飼さんも一日でも早くできたほうがいいって言ってたし、全員分を測れたらヨアンの調整なんかも早めにできるんじゃないかしら」
「うーん、それもそうだね」
ちょっとだけ言い訳のように、わたしをなんとか納得差出ようとしている言葉に聞こえるのは気のせいだろうか。
……やっぱり怪しい。
てれすがあの時間に来るのは引っかかる。
衣装の話も、よくよく考えれば朝に行う必要はないんじゃないだろうか。
考えれば考えるほど、わたしが来る前に話していたのは別のことなんじゃないかって思えてくる。
三人がわざわざ朝早く学校に来てまで話し合うことって、なんだろう。
想像がつかない。
なので、直接三人に何を話していたのか聞こうと思ったけど、なぜか上手いこと躱されるというか、話題を微妙に変えられてしまう。
そうこうしているうちに、チャイムが鳴って先生がやって来てしまった。
「それじゃあ、ありす」
「う、うん」
てれすと赤川さんは自分たちの席へと戻って行く。
その背中を見送って、隣の高井さんに視線を送った。
「どうしたの、最上さん」
「あ、ううん。なんでもないよ」
……わたしが気にしすぎてるだけなのだろうか。
ほんの少しだけ三人に疑念を抱きながら、ショートホームルームが始まるのだった。




