210話 お化けの衣装
文化祭でお化け屋敷をやることになった、わたしたちのクラス。
高井さんと赤川さんが実行委員になってくれて、お化け屋敷の内容について、具体的に話し合いが行われた。
お化け役はもちろん、衣装や小道具、世界観などいろいろと意見が交わされたのだ。
そして無事に決まっていって、いよいよ明日から少しずつ本番に向けて準備が始まることになった。
……だけど。
「どうしてこんなことに……」
てれすと一緒に帰っている道中、わたしは今日のホームルームの後半を思い出してため息を吐いた。
「ありす、どうしたの?」
「あ、うん。さっきのホームルームがね……」
心配してくれるてれすに苦笑をしながら、わたしはつい先ほどの授業を思い出す。
時間を遡ること数十分。
衣装を作る人、小道具や配置を考える人、お化け役の人(お化け役だけでは当日以外仕事がないので、小道具など兼任である)が決定して、次にお化けの衣装について話し合いがされえることになった。
黒板の前に立つ、赤川さんがみんなに言う。
「よぅし、それじゃあ具体的なお化けのことを考えよう? 衣装のこともあるし」
衣装を全部買うってほどの予算は出ないので、もちろん自分たちで工夫を凝らすことになる。なら、どのくらい時間がかかるかわからないから、早め早めに決めていくべきだろう。
赤川さんの意見にみんなが賛成すると、もう一人の実行委員である高井さんが付け加える。
「それなら、先にコンセプトを決めておいた方がいいんじゃない? 衣装も変わってくるだろうし」
「たしかに!」
そしてその結果、お化け屋敷のコンセプトは王道に廃病院ということになった。
それを踏まえて、お化け役の衣装を決めることになる。
方法は、赤川さんの提案でくじ引きということになった。
具体的に言うと、みんなにお化け屋敷っぽい格好を適当に考えてもらって、それをメモ用紙に書いていく。書かれたメモ用紙を折りたたんで、くじ引きの完成。
一人ずつ引いていって、書かれている格好をする、という感じだ。
みんなが出した意見を全て書き終えた赤川さんは、綺麗に折りたたまれたメモ用紙をぐるぐると混ぜて、どれがどれかわからないようにした。
お化け役の人たちでじゃんけんをして、くじを引く順番を決める。
それから順々にくじが引かれていって。
「じゃあ次、高千穂さんね」
「ええ」
席を立ったてれすが、教卓に置かれている赤川さんお手製のくじ引きから、一つくじを引く。
てれすは何の衣装になるのかなぁ。
何の衣装でも似合ってしまいそうだ。
てれすの衣装を楽しみにしながら眺めていると、
「…………」
文字を確認したてれすが固まる。
どうしたんだろう、変なことでも書いてあったんだろうか? そんな風に心配していると、同じように赤川さんが首をかしげる。
「どうしたの、高千穂さん」
「いや、その……」
「何て書いてあった?」
尋ねられて、てれすは小さな声でつぶやいた。
「な、ナース……」
「おぉ! それ、わたしが書いたやつ! 高千穂さんが引けって思って書いたんだけど、まさか高千穂さんに当たるなんて!」
赤川さんが嬉々とした表情を見せる。
反対に、てれすの顔は浮かない。とても浮かない。
「えっと、変更は」
「できません!」
「でも、わたしは……」
「もう、高千穂さん。くじなんだから仕方ないよ。はい、次は最上さんね」
「う、うん」
てれすを押し切った赤川さんに促されて、わたしは教卓の前、てれすの隣に移動した。
残り少なくなったくじに手を伸ばす。
何が残っているんだろう。
ナースはてれすが引いたから、病院っぽい感じで言うとお医者さんとか患者さん?
予想をしながら紙に書いてある文字を見て、わたしは目を疑った。
「ね、猫娘……?」
「あ、それもわたしが書いたやつだ」
「コンセプトは!?」
猫娘ってことは、化け猫とかそんな感じだろう。
たしかにお化け屋敷とかではよく見るかもしれないけど、病院という設定はどこへ行ってしまったのか。
これを書いた犯人である赤川さんは、ちょっとだけ悩んだ様子を見せる。けど、すぐに何か閃いたように顔を明るくさせた。
「あ、じゃあ動物病院ってことで」
「今思いついたよね!?」
「気のせい気のせい」
快活に笑う赤川さん。
うぅ……。別に衣装に文句があるってわけじゃないけど、ないんだけど……。
と、隣にてれすがいることを思い出した。
「てれすも何か言ってくれない? やっぱりおかしいよね?」
「……いいんじゃないかしら」
「そうだよね……って、えぇ!?」
まさかの返答に、思わずてれすに顔を向ける。
てれすは力強くうなずいた。
それを見て、赤川さんが嬉しそうに笑みを浮かべる。
「高千穂さんも言ってるから決定ね」
「そんな。てれすもそれでいいの?」
「ええ」
「えぇ……」
さっきはナースの衣装を嫌がっていたのに、なぜかてれすは首肯する。
てれすと一緒に言えば、なんとか変えてくれるかもって思ったのに。
一気に形勢が悪くなったわたしに、やりとりを見守っていた高井さんが告げる。
「最上さん、高千穂さんもそう言ってるし、くじだしね?」
「うぅ…………うん」
他の皆はそれぞれのくじを受け入れているし、てれすも納得したみたい。
それに、病院っぽくはないかもしれないけど、決してお化け屋敷と言う部分から逸脱はしていない。
「わかった。文句言ってごめん」
てれすがナースをするんだから、わたしも、ね……。
それにせっかくの文化祭だし、逆に考えれば二度と猫娘の格好なんてできないだろう。
なら、楽しんだほうがいい、と気持ちを切り替えることにした。
――ということがあったのだった。
「大丈夫よ。ありすならきっと似合うわ」
「そうかなぁ……」
「ええ。間違いないわ」
「あ、ありがと」
どうしてそんな確信しているのかわからないけど、てれすが言うんだから信じるしかない。
というか、どうせ暗い場所にいるんだから似合う似合わないは関係ない気がする。
「もう決まったことだし、楽しんだほうがいいもんね。お互いに」
「ええ、そのほうがいいと思うわ」
「ていうかさ、てれす」
「なにかしら」
「てれす、ナースするよね」
「ええ、そうね」
「赤川さんのあの調子だと、スカートめっちゃ短くされるんじゃない?」
「え」
てれすが足を止めて固まる。
その全身を見ながら、めっちゃスカート丈が短いナースてれすを想像する。
「…………」
いろいろとまずい気がした。
それに自分で言っておいてなんだけど、その姿を他の大勢の人も見るなんて考えると嫌だった。
「さすがにそれはないかな?」
「いえ、十分にあると思うわ」
「だ、だよね……」
文化祭だからなのか、なんか赤川さんのテンションが高い。
今の赤川さんだとやりかねなかった。
「で、でも。最近はパンツスタイルが主流だと聞くし、大丈夫じゃないかしら」
「そうだね。ワンピースだったとしても、短すぎるのはやめてってわたしも言うよ」
そんなてれすの姿を見たくないと言えば嘘になるかもしれないけど、人に見せたくはない。
「そうね、ありがとうありす」
「ううん」
お互い苦労しそうだなぁ、なんて思いながら、帰路に就くのであった。




