205話 修学旅行明け
修学旅行から帰って来て迎えた、最初の学校の日。
今日からはまた、今までと同じ普通の授業が再開するわけだけど、朝のみんなが登校してくる時間帯の教室は、まだ修学旅行の余韻に満ちていた。
教室へとやって来たクラスメイト達は、なんだか久々に感じる教室に不思議な感覚になりつつ、友達とおしゃべりに興じている。
見慣れた教室の様子を見ていると、みんなと一緒に関西に旅行したというのが夢だったみたいに思える。
だけど、もちろんそれは現実の話。
それをスマホのカメラロールの残っている写真やカバンに付けている、てれすとのおそろいの組紐ストラップが物語っていた。
てれすも、どこかに付けてきてくれるのだろうか。
おそろいといっていたし、そうだと思うけど。
改めて、てれすとおそろいでストラップを付けられると思うと嬉しくなる。ストラップを見て、思わず頬が緩んでしまった。
早くてれす、来ないかな。
そんなことを思っていると、教室の扉が開いて、てれすがやって来た。
いつも通りの遅い時間。
遅刻、とは言わないけど、クラスメイト達はほとんどが登校してきている。
扉を閉めてから、てれすは自分のカバンを机に置いた。
……修学旅行ではずっと、てれすと距離が近かったから忘れていたけど、席替えをした結果、わたしとてれすとの席は教室の角と角。
とっても遠いのだ……。
ちょっとしょんぼりしていると、てれすがわたしのところへ真っすぐに歩いてくる。
「ありす」
「あ、てれす。おはよ」
「ええ、おはよう」
ちら、とてれすの視線が下に向けられた。
「どうしたの?」
「あ、いえ。その、ストラップ……」
「あぁ、うん。もちろん付けて来たよ」
カバンを机の上に乗せて、ストラップをてれすに見せる。
「ええ、わたしも、同じところに……」
「てれすもカバンにしたんだぁ」
「カバンは他の人と同じデザインだから、見分けがつきにくいし。それにその、目立つところがよくて……」
と言うてれすの表情は朱に染まっていき、頬に少し赤みが差す。
「たしかに、すっごく可愛いから見せたくなっちゃうよね。お母さんにもセンスいいって、学校に行く前に言われた」
「……それは、よかったわ」
「うん。あ、でも、見分けって言ってもわたしとてれすは同じものを付けているから、わたしたちで見分けがつかなくなっちゃうかもね」
わかるように、もう一つストラップか何かをつけようかな?
そんなことを考えるわたしに、てれすが首を振る。
「いえ、問題ないわ」
「そう?」
「ええ。中を見ればわかるもの。ペンケースやノートの種類を見たらすぐにわかるわ」
「そうだけどさ、勝手に人のカバン見るのって」
「構わないわ。ありすなら、わたしは」
一瞬の迷いなく、てれすが即答する。
そうやって信頼してもらえるのはすっごく嬉しいけど、危機管理とか防犯とかの観点からみると、どうなのだろう。
わたしも別に、てれすに見られるのなら構わないんだけど……。
「ありがと。わたしもてれすならオッケーなんだけど、でもさ? 親しき中にも礼儀ありって言うでしょ?」
「たしかに、そうね」
わたしの言いたいことは伝わったはず。てれすのことを信用していないとか、そういうわけではないのだ。
だけど、てれすは少し目を伏せていて、どうフォローしようかと悩む。
……一つ、とてもいいアイデアを思いついた。
「今、思いついたんだけど」
「……なにかしら?」
「今度さ、また何かおそろいで買いに行こうよ。今のみたいにまったく同じってやつじゃなくて、色とか形とか違うやつ」
「! ……行くわ」
「決まりね。日程はまた連絡するとして……あ、そうそう。てれすに選んでもらったお菓子、お母さんがセンスいいっていってたよ。さすがはてれすちゃんだって」
「本当?」
「ほんとほんと。やっぱり、てれすに一緒に選んでもらって正解だったよ。またうちに遊びに来てって」
「……ええ、お邪魔させてもらうわ」
「楽しみにしてる」
「わたしも」
お互いにちょっと照れてしまって、ふふっと笑い合う。
修学旅行は忘れられない思い出になったのは間違いない。
もちろん、場所が特別で雰囲気も特別だったっていうのも大きいのだろう。だけど、やっぱり一番はどこではなく誰といるか、なのかもしれない。
てれすと一緒にいるだけで、普通の教室だって楽しいし、学校生活が豊かになった気がする。
と、じっとてれすのことを見てしまっていたからだろう。
てれすが身をよじった。
「あの、ありす」
「なに?」
「いえ……その、なにか?」
「ううん、なんでもないよ」
「そう?」
「うん」
修学旅行は終わったけど、一か月もしたら文化祭。あと、学校で言えば生徒会の選挙も2学期になったはずだ。
中間、期末テストもあるし、がんばらないと。
それから、てれすとおしゃべりをしているとチャイムが鳴って、担任の彩香ちゃん先生がやって来た。それを見て、てれすは自分の席へ戻って行く。
うーん、やっぱりてれすの席が遠い……。
ため息を吐きそうになっていると、日直の生徒が「起立」と合図をかけたので、わたしは慌てて立ち上がった。
礼をして席に着くと、朝のショートホームルームの連絡事項が始まったのだった。




