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第十五話

「心配ない、すぐに終わるさ!」

 オスカーは無責任に笑い、陽気な声でそう叫んだ。スナイパーが居ると解かって外へ出るからには、何か理由があるのかと思ったのだが、そんなものはないのかも知れないとアリーシャは考えを改めざるを得なかった。


「侵入者は二人だ、もしかしたら仲間に情報が送られたかも知れないからな、用心に越したことはないさ。」

 取って付けたような説明をオスカーは話した。

 アリーシャが返事をしなかった事で、気を回したものらしい。

 敵の一人はベッドへ伏せていた。もう一人は恐らく廊下の先まで吹き飛ばされたのだろうと少女は思った。

 何が起きたのかまでは解からなかったが。

 オスカーは、思い出したように唐突に説明セリフを付け足した。

「狙い撃ちにしてた奴は居なかった。どこからか、また狙ってくる可能性が高い、注意してくれ。」


 屋根をまっすぐに渡ることを男はしなかった。無軌道に方向を変え、いたずらに屋根を飛び移った。狙撃手を撹乱する為に縁に近いあたりを選んで走っていた。

 アリーシャは言われた言葉について考えた。判断の根拠を問うた。

「さっきの二人じゃなかったと言うんですか?」

「ああ。ライフルを持ってなかったからな。奴らの狙いはお嬢さんのはずだろ、だったら長居は無用だよ。」

 よく解からない理屈だった。斃したという二人はライフルを所持していなかったのだから別の誰かが狙っている、という事らしかった。その誰かの行動は阻止出来なかったのだから、後から大勢で押しかけてくるかも知れないと、そういう事なのかとアリーシャは理解した。


「教会の鐘楼へ登ろう、あそこなら一望だ。」

 目くら滅法で走っているように見えて、男はきちんと考えていたらしい。屋根伝いに幾つめかの路地を飛び越えて、そう言った。狙撃に対抗するには近辺で一番高い場所がもっとも適していると、父に聞かされた覚えがあった。アリーシャは防衛に関する教育も受けていた。

 どんな窮状にあろうとも、貴族は貴族。狙うに値しない小さな領地の貧乏貴族であろうとも、身の危険には備えなければならない。それは嗜みだった。貴族はみな、領民が、城館よりも高い建築を立てることは許さない。


 進行方向の逆を見ているアリーシャには当然だが前が見えなかった。跳弾が瓦を砕く音で、前方に敵が居る事を教えられた。顔を向けようと必死に首を回したが見えない。身体は思った以上にしっかりと括りつけられていて、身動きも出来なかった。

 オスカーは走る速度を落とすことも、銃撃を避けて進路を変えることもしなかった。

 まっすぐに突っ込んでいく。

 何処に、何人の敵がいるのかも解からない。けれど、数発響いた発砲音はこちらへ向けられたものだと解かった。ここだけでなく、あちこちで、誰かへ向けて拳銃の弾が撃ち出されている。銃撃の音は遠くと近くで多重奏を奏でた。

「う、うわ! バケモノめ!」

 オスカーの声ではない、誰かの叫びがそう言った。

 人が、つんのめって倒れ込む姿が真横に見えた。走っている景色にその光景は重なって、どんどん遠ざかっていく。呆然とするアリーシャの視界に、屋根の上に転がる帝国騎士の制服が焼きついた。

 一面のオレンジの屋根瓦の色に、紺色の細い色彩が遠くなる。


 オスカーは銃を携帯していなかった。この男には弾丸が当たらないのかも知れないとアリーシャは思い、そんなバカなことは有り得ないと思い付きを否定した。けれど、魔法や能力というものは、その不可能を可能にさせてしまう不思議な力だと思いだして、考え込んでしまった。


 魔法と能力。その違いなど、本来は付けられぬものではないかと思った。ただ、魔法と言えば聞こえが良くて、能力と言えば忌み嫌われる。魔法は、神が王族だけに与えた聖なる力で、能力は異形の力とされている。これを持つ者はその強さゆえに恐れられ、謂れなき差別を受けてきた。能力持ちは大抵が、まともな職に就くことが出来ずに社会の片隅でひっそりと生きている。

 関わり合いになってはいけない、アリーシャもそう教わった。怖がるべき存在だと信じていた。

 貴族の出だと言ったこの男も、家を出て一人、寂れた街で裏稼業に就いている。

 バケモノ、と叫んだ誰かの声が、耳から離れなかった。


 今、傍には居ない男のことを思い出した。

 アレンも、誰かに疎まれてこの街に暮らすのだろうかと思った。


 オスカーは屋根を走り、路地を飛び越え、時には二階部分によじ登ってどこかを目指していた。この街の地理には疎いアリーシャだから、その目的地が何処にあるかなど知りようもない。坂道をウロコ状に軒が連なり、切り立った崖の上にびっしりと建てられた家屋はだんだんと粗末なものへと様相を変える。屋根の下は断崖絶壁だ。その絶壁の下にまた半螺旋の階段状にオレンジの屋根が続いていた。この辺りは年代を感じる古い街だった。


 急勾配の街並みは相当に古い時代の建築で、あちこちが崩落を始めていた。おそらく、もう人は住んでいないのだろう。風雨に晒された外壁、閉じっぱなしの雨戸や外れかけで壊れた窓枠、みな手入れもされぬままに骸骨の白さに色褪せていた。この辺りは廃墟といって良さそうだった。

 螺旋の反対側に差し掛かると、街の向こうに広がる閉鎖された炭坑の全容が現れた。

 切り崩された山、岩だらけの荒れ地にトロッコの路線が幾つも引かれ、三つある坑道のトンネルへと延びていた。土台を残して撤去された建物の跡に木材が僅かばかり残されていた。ウロコのように広がる炭坑の街は、死にかけた生き物のように、尻尾の先から徐々に骨へと変わり始めている。物悲しい景色だった。

 それでも流れる風には深まる秋の、悠久の大地の匂いが、昨夜の雨に醸されて際立っていた。


「しつっけーな!」

 チラリと後ろを振り返って、オスカーが嫌そうな声を上げた。

 後方からも敵が追いすがってくる。路地から屋根に手をかけ、よじ登ってきた連中だ。数は三人で、すでに銃を手にしていた。射程内へ入ったらすぐにでも撃つ気なのだろう。アリーシャはハラハラしながら様子を窺う。オスカーはさすがに荷物を背負っている分で不利な様子だった。だんだんと、走るスピードが落ちていて、少しずつ追手との差は縮まり始めていた。


 このままでは拙い。アリーシャは試しに拳銃を持ち上げた。激しい揺れで、とてもまともに応戦など出来そうにない。拳銃の扱いなど、普通の貴族の子女には無理な話でも、アリーシャの場合は別だ。父と共に狩りに出かける事も多かった。野鳥は貧相な食卓を潤してくれる御馳走だ。

 激しく上下左右に揺られながら、アリーシャは片目を閉じて標準を絞った。敵の三人は少女の様子に気付いて、一瞬だけ怯んだ。次には、憤怒の表情を浮かべた。

 この時代、女子供が銃を扱うことは、多くの男たちには受け入れがたい事だった。

 まっすぐに伸ばした両腕、グリップを両手でしっかりと包み、ブレないようにと握り締めた。銃身の先、フロント・サイトの向こうに敵の軍服を捕らえる。一瞬、照準に収め、次の瞬間には大きく外れた。

 アリーシャは眉を顰め、構えを解いた。

 無理を悟り、少女は背と椅子の間に銃を捻じ込んで気持ちを集中させた。


 魔法を使うにはある種のコツが必要だった。精神を一定のものに変えねばならず、今の状態は魔法を使役するには向かない。瞼を固く閉ざし、懸命に念じ続けた。自身の心を、魔法を使える精神状態へと誘った。

 敵の先頭に居た男が銃を持つ腕を上げた。

 アリーシャが目を見開いた。


「天より授かりし名、地よりいでたる者、夜と昼の狭間に生まれし汝、水の精霊ナータよ、正統なる王の血脈に響き応えよ、水精霊の砕波鏡アルヴィス・ラ・ナータ!」


 少女はまっすぐに腕を伸ばし、細くしなやかな指を広げた。煌めく光が寄せ集まり、凝縮され、一枚の薄い壁となって少女の掌に張り付いた。ガラスの板にしても透明過ぎる、光を反射して輝き、一瞬後に砕けた。

 砕けた破片はすべてが濁流へと姿を変えた。

 なにごとかと、オスカーが首を回した。

 二人の視界が、滝となって敵を押し流す水流を映した。


 アリーシャの目は、まんまるく見開かれた。口が、大きく開かれていく。

 オスカーは立ち止まり、口笛を鳴らした。

「なかなかエグイ魔法だな、すげぇや。」

 足止め程度のつもりで放った魔法は、三人の偽騎士を屋根の上から押し流し、断崖の向こうへと突き落した。

 魔法の地力は自然界に宿る要素に左右された。折からの雨で、水の精霊は力を増しており、急傾斜の屋根は雨を弾く陶器製だった。

 オスカーからは見えないが、アリーシャは"O"の字に口を開け、ムンクになっていた。


「殺してしまうつもりなど、なかったのに、」

 やっとのことで、少女はそれだけを口にした。

 打ちのめされていて、逃げの思考がさまざまな懸念に姿を変えて、少女の心の内に溢れていた。


 仮にも帝国騎士を名乗る者たちに刃向かってしまった事を、まず最初に後悔した。この街に住むアウトローたちと、彼女自身はまるで立場が違うことをアリーシャはよくよく弁えていた。後先も考えずに軽はずみな行動に出たことを悔やんだ。郷里の父や母に及ぶ迷惑が、次には思考に巡り寄せた。

 次から次へと懸念が湧き上がり、ぐるぐると脳裏を回っていた。その向こうに、触れたくない事実が見え隠れで浮きあがりかけては、沈んでいった。

 事情がどうあれ自身は女王候補、それが逃亡の末に、帝国騎士に弓を引いてしまった。中身はどうあれ、姿は完全に、正式な騎士たちだ。問題にならぬわけがないと思った。


 そしてなにより、正当防衛とはいえ、殺してしまった。

 触れたくなかった、もっとも恐れるべき事実が表面に出た時に、少女は自身の身を掻き抱いた。

 後から全身に震えが走った。


 オスカーは、流された騎士たちをほんの一瞬、一瞥しただけでまた走り出した。

 気にも留めておらず、彼等には日常に過ぎないと教えていた。人の死は、取るに足りぬ出来事か。

 アリーシャは恐慌を来たしていたのだろう、わけの解からぬ質問をオスカーに投げた。

「ど、どうしましょう、大変なことをしてしまいました、わたし、」

「ああ? なにがだ?」

 至って呑気な声で、オスカーは問い直した。

 捕まって、裁判に掛けられることを念頭に置いて、アリーシャは震える声で答えた。

「騎士様を、」

 先の言葉が続かなかった。

 この街へ逃げ込み、アレンに助けを求めたことからが、間違いであったような気がした。


「いいかい、お嬢さん、よく聞いてくれ。」

 小さな子供に言い聞かせる口調だったが、聞かされるアリーシャはこくこくと頷いた。気が動転していて、その口ぶりに呆れるような響きがある事には気付けなかった。

「犯罪者を取り締まるのは、誰の役目か知っているかい?」

 回らない頭を必死に巡らせて、アリーシャは考えた。纏まりきらないうちに、若い暗殺者は次の言葉を紡ぎだした。

「騎士たちの役目は、王城の治安維持だ。それぞれの貴族は自身の領土の治安を守る為にと、私兵を置いている。これは、城館の治安維持だ。」

 オスカーの移動する速度は目に見えて緩やかになった。

 追ってくる者は居なかった。歩きながら、男はまた言葉を続けた。

「騎士も、私兵も、暴動に備えるための兵力だ。民衆へ向けられた武器なんだ。……じゃあ、その民衆を守ってくれる兵力ってのは?」

 問われて、少女は頭が真っ白になった。

 なにも、浮かんでこなかった。


「答え。」

 オスカーの声は子供じみて無邪気だ。

「そんなものは、ありません。」

 アリーシャは絶句してしまい、沈黙が流れた。


「ほ、保安官が居るはずです! 帝国から委任されて、どの街にも必ず複数人で駐留している保安部隊が、」

 自身で言って気付いた。

 保安官が駐留するのは、ある程度の規模を持つ大きな都市に限られていた。規定外の小さな町の治安は、その町の住民の手で守られるものだった。どの町にも、住民の組織した自警団が存在する。民衆の手で解決し、裁判へ持ち込まれる。裁判所は規定を満たした大きな街にあり、近隣の町村はそちらへ繰り出すのだ。

 裁判は、民衆が自身で持ち込まない限りは執り行われる事などなかった。相手が死んでいれば、書類だけで済まされた。そして、この街の自警団は……、少女がそこまで考えた時だ。鐘が鳴り響いた。


 時を告げる教会の鐘の音とは異なる音階で、甲高い音色の硬質な響きが風に乗って届けられた。

「よしっ! お嬢さん、終わったらしいぜ、帰ろう。」

 アリーシャの思考を遮って、オスカーの言葉が少女の脳裏を埋め尽くした。


 何が、終わったというのだろうか。

 その答えを少女は知っていた。裁判は、行われるはずもないと考えた。


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