第10話
第10話
突然起こった爆発に悲鳴が上がる。逃げ惑う人々に押し倒されそうになり、キリアとシーナは壁際に身を寄せた。
煙にエリオットが巻き込まれた。それを見ていたキリアの顔色は悪い。
廊下の窓の近くにいた人が機転を利かせ、窓を開ける。他の人もそれに倣う。煙は外へと排出された。
薄くなっていく煙の中、廊下には何人もの生徒が倒れていた。その中にエリオットの姿もある。
キリアはひゅっと息を飲んだ。
「エリオット様!」
人の間を縫うように駆け抜け、倒れたエリオットに手を伸ばす。肩を揺するが、反応はない。しかし、呼吸はちゃんとある。
キリアの肩の力が抜けた。シーナも駆けつけ、エリオットが気を失っているだけとわかるとホッとした。
それも束の間、じわりとエリオットの頭の下に血が流れてきた。
キリアとシーナは息を飲む。キリアは慌ててポケットに入れていたハンカチをエリオットの頭の下に置く。
何かが飛んできたのか、倒れた拍子に頭を切ってしまったのかわからない。
知識のない彼女たちには下手に動かすことが出来なかった。
そうしている間にも、爆発があった教室の中で火が燃えていた。教室のカーテンや張り紙に引火したようだ。
教室の中でも倒れている人が何人もいる。エリオットでも頭をケガしてしまったのだ。教室の中の人はそれ以上かもしれない。
キリアは、どうすれば、と周囲の状況を確認する。
「わたくしに任せてくださいな!」
そう高らかに宣言したのはアイシャだった。
大きく息を吸って歌い出す。華やかなソプラノが荒れた廊下に響く。
先日のパン屋の家事とは違い、火は小さくなっても、なかなか鎮火しない。
それに焦ったのか、アイシャの歌声が揺らぐ。ついには歌が止まってしまった。
「ど、どうして消えないの? こんなになるなんて聞いてないわ!」
動揺したアイシャが叫ぶ。その叫びには聞き捨てならないニュアンスが含まれていた。
「ちょっと、"聞いていない"ってどういうこと?」
シーナはアイシャに睨みを利かせた。アイシャはビクッと肩を震わせる。
他の人も彼女を睨んでいた。この爆発は仕組まれていたことだったとしたら一大事だ。
「どういうことですか? イグナスさん」
壮年の教師が尋ねた。その眼差しは厳しい。口ごもる彼女に、教師はため息をつく。
「詳しいことは後で聞きましょう。まずは鎮火とケガ人の手当てが優先です」
水魔法が得意な生徒が、魔法で消火に当たる。シーナはハンカチで腕を切った生徒の手当てをする。
特に火傷が酷い。女子生徒の中には頬を火傷してしまった者もいる。
キリアはその惨状に足がすくんだ。シーナのようにテキパキ動くことが出来ない。
でも、自分の音魔法ならケガを治すこともできる。ただし、それは人に見せてはいけない。父との約束だった。
(こんなに酷いケガをしている人がいるのに。エリオット様だって……)
キリアは胸がキュッと締め付けられる感覚に襲われた。
――僕はキミの歌が好きだよ。
彼女の迷いを、エリオットの言葉が拭い去る。
(迷っている暇はない。みんなを、エリオット様を助けたい!)
バイオリンを取りに教室へ戻っている余裕はない。
キリアは胸の前で手を握った。
深く息を吸い込み、喉を震わせる。
口から出た音にキリア自身も驚いた。喉が石のように固まることなく、音を通す。
その音はキリアのイメージ通りだった。あれだけズレて出ていたのが嘘のようだ。
紡がれる歌は、誰もが知っている子守歌だった。昔から古語で歌い継がれてきたものだ。
我が子が健やかに育つように願い込めた母の歌。
爆発でボロボロになった教室とは反対に、優しい旋律が流れる。
ケガをした人の腕や、火傷を負った女子生徒の頬を光が包む。
みんな、驚いてその光景を見ていた。
キリアが歌い終える頃には、みんなの傷が癒えていた。それを見たキリアは息をついてその場にしゃがみ込む。
「私、歌えた……?」
キリアの声は震えていた。その目から涙が溢れる。
大好きだった歌が、歌えなくなったあの日から、ずっと歌うことが怖かった。あの言葉が、あの嗤い声が、頭から離れない。
それがようやく、消え去った。
アイシャは共謀していた男子生徒と職員室に呼ばれて事情を聞かれた。
全てはエリオットの気を引こうと画策したアイシャの杜撰な計画だった。
街のパン屋の件も彼らがかかわっているようで、取り調べが行われるとのことだ。
キリアは顔に火傷をした女子生徒から涙ながらに感謝された。同じ女性として、顔に傷が残るのは辛いことだとよくわかる。
「即死がいなかっただけ良かったわ」
シーナは爆発の跡を見て、冗談では済まされない事態にならなくて良かったと息をついた。
それにはキリアも同意だ。魔法が間に合って本当に良かった。
シーナは黒くなった教室を見回す。
「いったい、何をどうしたらこうなるのかしら?」
「魔法陣に何か変なものを混ぜたじゃない?」
傷が癒えたエリオットは足元の燃えカスをつま先でつついた。燃えカスとなった紙には魔法陣らしき図が描かれている。
彼らは後の処理は先生方に任せて教室へ帰る。もう学園祭を回る気力がなかった。
「しっかり歌えたじゃない。素敵な歌声だったわ」
キリアの事情を知るシーナは嬉しそうだ。キリアは照れたように頬をかいた。
エリオットはクスッと笑う。
「僕は昔の"味"がある歌声も好きだったけどね」
「もう、エリオット様ったら!」
キリアは顔を赤くして声を上げた。
彼女が癒しの聖女と呼ばれ、崇められるようになるのは、もう少し先の話――。
◆◆END◆◆
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