第一話 俺の死。女神との出会い。スキルの取得。
俺の名前は、羽畑和人。はばたかずと、って読む。
高校生だった。
過去形の理由は、卒業したから、ではない。それであれば良かったのだけれど、どうやら俺は卒業前に、死んでしまったようなのだ。
目の前には海が広がっている。そして俺は砂浜に座っている。
黄色い砂に、透明な海水が白い泡をつくって寄せては引いていく。ざざあ、ざざあ、という音を聞きながら、俺は自分の記憶を振り返っていた。
罰ゲームという名の、同級生いびり。
俺はヒョロくて、成績も良くなくて、部活に打ち込むこともできず、これと言って熱狂できる趣味もない奴だった。人間だから感情はあるのだけれど、主張の仕方がわからなくて、黙っている奴だった。そんな俺だから、「何言っても反抗しない奴」のレッテルを貼られて、男女関係なく、同級生から好きなように、肉体的にも、精神的にもサンドバッグにされていた。水槽に飼っているコオロギはある一定数まで増えると、共食いを始めて数が増えないようにするらしい。生存において心地良い許容値、みたいなのがあるらしい。俺は、そういう意味では、許容値外だったみたいだ。いじめ良くない、って思うけれど、いじめ良くないって言い出せなかった。そう言ってくれる友達がいればマシだったかもしれないけれど、どうやら幸運も無いようだった。
そんな俺が、ある日言われたこと。
「おい、羽畑。お前、あいつに告白してこいよ」
俺をいびってくる一人が、窓際に座っている女の子の方を、顎でしゃくりながら言った。
クラスで綺麗だけど、大人しい、あんまり関りの無い女の子。物静かで、特定のグループに深くは所属していなさそうな子。その子のことは、嫌いじゃなかったけれど、深くは知らない。名前以外には、成績とか、授業中の発言とか知っていたけれど、でも正直全然知らない。だから、俺は戸惑ってしまった。
「な、なんで」
なんとかその言葉だけを紡いだ俺の脇腹を、別の奴が拳で小突いた。不意打ちで驚きつつ、息が詰まる。
「いいからいけよ」
その言葉には、そいつがただただ退屈を紛らわそうとすることしか考えていないということが、透けて見えていた。
いやだ、とは言えなかった。怖かったから。集団の圧力が。でも、言いなりにはなりたくなかった。俺が食われるコオロギだったとしても、なんの関係もない女の子を巻き込みたくなかった。
俺は走っていた。
当然、速くはない。席を立ちあがり、周りにいた奴らを押しのけて、走った。休み時間がもうすぐ終わる、なんてことは考えず。
押しのけた奴はよろめいてこけた。それが気にくわなかったのか、追ってきた。走って走って、追いつかれて背中を叩かれた。俺はバランスを崩して階段から転げ落ちた。とっても痛い。だけど生きている。
俺が階段から転げ落ちたことに驚いたのか、追ってきた奴らはすぐに退散していった。利口な奴らだ。学校内での事故は、「ふざけあって引き起こされた」っていう理由なら大抵が流れていく。どこからどこまでがふざけあって、で、どこからはふざけあっていないのか。それは死んでいるかどうか、という結果でしか判別されないのだから。俺の今日の出来事も、どうせ無かったことになる。
それでも、俺は不思議と気分は良かった。体中は痛むが、このまま授業をサボってやれ、なんて、今まで考えた事もないことを思いついた。でも、学校外に行く度胸も無かったから、図書室に行った。
授業中の図書室は、基本的に生徒はいない。俺は常駐の図書室の先生の目を盗むように、こっそりと柱から柱、本棚から本棚へと身を移して、一番奥の目立たないところに辿り着いた。授業をサボって何をしていた、と後で先生に言われた時のことを考えて、図書室で勉強していましたって言えるようにしよう。どうせなら普段は読まなさそうな本を読むのがいい。周りを見渡して、高いところの本をとれるように脚立をもってきた。
それが、間違いだったのかもしれない。
脚立に上った時、ふいに階段から落ちた時に打った箇所が痛んだ。それも同時多発的に。
「うあっ!?」
本日二度目のバランス崩し。しかも、本が手元から離れて宙を舞った。
覚えているのはそこまで。そのあとは、ガッと音がしたかと思うと視界が真っ暗になっていた。
ざざあ、ざざあ、と再び意識に波の寄せる音が浮上した。
そうだ。気が付いたらこの砂浜にいたのだ。
さっきまでいたはずの学校の図書室。そして足を踏み外した記憶。そこで全てが途切れ、いつの間にかこんな場所に来ている。このことから、俺は死んでしまったのだ、と結論づけたのだった。
最後の状況的に、授業をサボって図書室でひっくり返って事故死だ。俺をいびってきた奴らは、俺のことを忘れて、これからものうのうと生きていくのだろう。そして、あの女の子も……。
「はあ……」
俺が溜息をついた時だった。
「ん~~? あらら? ちょっと待って、誰かいるじゃないの!」
素っ頓狂な女の人の声が浜辺に響いた。
振り返ると、ビーチパラソルの下の白いデッキチェアに、脚を組みながら寝そべっている女の人がいた。モデルのような長身に、こんがりと褐色に焼けた肌にぴっちりとすいつく白い水着。長い銀髪をアップに纏め、縁に赤いカラーが入ったサングラスをかけている。脇の小さなテーブルにはレモンがくっついたグラスがおいてあり、いかにもバカンスを楽しんでいる富豪というような出で立ちだった。
「も~~! いるならいるって言ってよね! ふぃ~、寝過ごしちゃうところだった!」
その人は立ち上がると、ずしゃずしゃと砂浜を裸足で歩きながらこちらに近づいてきて、サングラスを外した。たれ目気味の目元が、柔らかな印象を与える顔立ちだった。その女性はぐいっと顔を近づけると、
「こんにちはっ!」
と挨拶した。
「……こ、こんにちは」
俺は面食らいながらもなんとか返事をした。顔立ちは柔和だが、行動はアグレッシブだった。そして美人だった。こんなに顔を寄せられたら、こっちは自然といい気分になってしまう。申し訳ないが。
女の人はにっこり笑うと、虚空を指でなぞった。すると、光の線が現れ、それらは空中に細かな文字となってとどまった。女の人は報告書を読むように、ふむふむ、と頷きながら光文字で出来た文章を読んでいく。時折文字に触れ、指を上になぞるように滑らせると、更なる文字が現れた。
「あ、あの」
「ちょっと待ってね! 読み終わるまでちょっと待ってね!」
「……」
話しかけたが、手のひらを突き付けるように見せられ、沈黙させられた。仕方がないのでしばらく静かにするしかない。ざざあ、ざざあ、という波の音は、先ほどのような心地良さではなく、ただただ空しく聞こえた。
「はい、よくわかりました! 羽畑和人さんですね!」
「……はい」
女の人はコホン、と咳払いをすると更に口を開いた。
「私は、エステルといいます! ええっと、どこまで言っていいんだったかなあ~! あ、そうそう、私はですね、女神なんですよ!」
「女神……神様……。じゃあ、やっぱり俺は死んじゃったんですね」
「はいはい、そうです! 物分かりがいいですね! そうなんですよー! 可哀想です!」
全く可哀想だと思っていない、元気な口調でエステルは声を上げた。まるで、コミュニケーションは大声でやることが全てだと考えているようなものだった。
でも、こうしてはっきり言われると、それはそれで踏ん切りがつく。悲しいけれど、どうしようもない。死後の世界は意外な場所で、神様は思っていたような姿ではなかったけれど、時代に合わせて色々と変わったりしているのだろう。
「でも、安心してください! 貴方はこれから私の世界に転生させてあげます! そこで生産活動に従事して、世の中を良くしてくださいね! 別の世界で死んだ人を再利用! このシステムに登録してよかったー! 私の世界、ちょっと大変になっちゃっていまして! もう外部から人材を調達しないとだめになっちゃったんですよ!」
「え、俺、このまま死ぬんじゃないんですか?」
俺は目を丸くして尋ねていた。
エステルは胸をそらせながら、得意顔になった。
「大丈夫、大丈夫! 私が祝福として特殊なスキルをなんでも一つあげちゃいますから! 貴方は天才になって、私の世界でもう一度生きられるんですよ! よっ、強者! 勇者! 最強! 人生楽! うーん、女神様優しい! 生き返ったら、私を信仰してくださいね!」
早口でまくし立てると、エステルは手の中にもわもわと煙を集めた。それは真っ白な紙のようになり、俺の前に差し出される。紙には「スキル一覧」という大見出しがあり、様々な項目が書いてあった。
「ええと……。剣士スキル、盗賊スキル、魔術師スキル……うわ、小見出しもあるのか。ショートソード、ブロードソード、レイピア……細かいな……」
思わず受け取った俺は、内容を見て呟いていた。
紙に書いてある文字は指で触れると発光し、更に文字に触れれば、そこから光の文字が手前に浮き出て、更なる詳細項目を提示してくる。
「うんうん! 戦闘能力系は人気ですよ!」
エステルは長身を屈めながら、楽しそうに声をあげていた。
「ちょっと待って。俺は、まだ生き返るとは……」
「えっ!?」
この時初めて、エステルは俺の顔をじっくりと見た。
「……貴方、生きたくないの?」
静かに、ゆっくりと、エステルは確認するように聞いてきた。
「……」
俺は黙ってしまった。
俺はどうしたいのだろう。もう一度、生きたいのだろうか。
今までの、自分の人生を振り返ってみた。人間が寿命で90歳で死ぬとして、その2割ぐらいを生きていた自分の人生。面白かったかと言われれば、そうではない。また同じことをしたいかと言われれば、そうではない。
もう一度、手元の紙に目を落とした。
きらびやかな項目が並んでいる。しかし、そのどれもが自分には当てはまらない気がした。
剣を振るえたから、なんなのだろう。物を盗めたから、なんなのだろう。杖から火を放てたから、なんなのだろう。
「こうやって生きて、なんになるんだ」
自然と言葉が漏れていた。
エステルはぽかん、とした顔でこちらを見ていた。
「え、え、えぇーっと……! 困ったなあ! 何かそういうキミに役立ちそうなスキル、あったかしら……?」
俺の手に持つ紙を一緒に覗き込みながら、エステルはうんうん唸っていた。
「……」
そんなエステルを横目に、俺は疑問が湧いてきた。
「なんで……貴方は……」
「え?」
言葉がつっかえてしまい、エステルは聞き返す。俺は自分に歯がゆい思いを抱えながらも、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「なんで……貴方は……俺を生き返らせたいんだ……」
「えー、なんでだろう! うーん……好きなんですよ!」
「えっ!?」
耳を疑った。と、同時に心臓が高鳴る。しかし、それは続く言葉で萎れていった。
「ほら、せっかくの花が、開花せずに蕾のまま死んでいくのは、もったいないじゃないですか!」
「……」
「私、それがどんな花でも、咲くところ見てみたいのです!」
元気にそう主張するエステルに、俺は疲れを感じていた。
神と人間の感覚というものは違うのだろう。人間が花の気持ちを理解できないように、神も人間の気持ちを理解することは無理なのだ。
しかし、別にそれは人間同士でも同じことではないか。
「……!」
そこまで考えた時、俺はある考えに至った。
急いで手元の紙を細かく眺める。とある項目を探す。ない……。ない……。しかし、最後の項目に辿り着いた時、俺は予想していたものを見つけた。
[項目:その他 自由記述(女神と要相談♡)]
「エステル、この、項目:その他だけど……」
「え、ああ? 何か良いの思いつきました!?」
急に行動を始めた俺に、エステルが興味深々で、身体をくっつけてきた。気持ちが浮ついたが、こいつは人間ではない。俺のことを植物だと思っている奴だ。だから、雑念は頭から追い出した。
「コミュ力が欲しい」
俺の中で、会心の選択だと思った。コミュ力があるなら、色々と上手くいく、と俺は思った。振り返れば、これまでの人生も、それさえあれば良かったのではないか。それさえあれば、同級生にいびられることもなく、助けてくれる友達もできて、あの女の子のことをもっと知ることができたのでは……。
「こみゅりょくってなんですか?」
俺の期待は打ち砕かれた。お前神様じゃないのか。なんで知らないんだ。
「コミュニケーション能力、のことだよ。意思疎通能力の方がわかりやすいかな」
「うーん……。意思疎通……。今もできているじゃないですか」
「いや、こんなものではない……はず……」
そう言いながらも、俺は急に不安になってきた。俺はコミュ力をどう捉えているんだ? それが出来ている自分を想像できるか? そして、この目の前にある理解していなさそうな女神に、説明できるか?
いや……できない。
「……はあ……」
肩が落ちた。上がった気持ちが、冷めていく。俺はやっぱりこのまま生き返らずに、死んだ方がいいのかもしれない。
「はーい、書きましたよ!」
エステルの明るい声が響いた。
目をやると、先ほどの紙の、項目:その他の自由欄に、かわいらしいくるくる文字が書いてあった。
[項目:その他 こみゅりょく♡]
俺は顔をあげた。
そこにはただただ、にへら、と柔らかく微笑んでいるエステルがいた。言葉の意味を知らず、ただただ書いただけなのであろうことは、わかっている。こいつには、俺のような人生を過ごしたことは無いに違いない。コミュ力が欲しい、なんて思うような人生ではなかったのだろう。いや、それ以前に、人ではない。振り返る人生など、あるのかどうかもわからない。
文字が光りだした。同時に紙が再び煙のようになり、俺の身体に吸収されていく。それを目の当たりにしながらも、これまでとなんら変わりの無い自分がいる。
こいつはただただ応援したいだけなのだ。自分の楽しみのために、誰かを生きさせたいのだ。
なんでそんな奴に生かされなきゃならないんだ、という想いが沸き上がった。しかし、湧き上がったものはそれだけではなかった。
こいつは分からないなりに、わかろうとしてくれたのではないか。結果は分からなかったが、それでも……。
そう思った時、自分の身体が光の粒になって消え始めた。
「お、おい、これ、本当にスキルの効力あるのか!?」
俺は手足をばたつかせながら叫んだ。既に足は膝まで無くなっていた。
「頑張ってくださーい!」
「お、おーい!!!」
女神は良い笑顔を浮かべているだけだった。そして、俺は目の前が真っ白になり、気を失った。
来週の月曜に更新します!




