墓場を愛する従姉妹姫と留学中の王妹 7
青年は、わたしたちを見て、怪訝な顔をした。
憲兵と二人の令嬢という組み合わせを、奇妙に思ったのだろう。
ランスト氏が、青年を丸め込むように、愛嬌たっぷりに片眼をつむって見せた。
「ちょっとした訳ありでしてね。こちらのお嬢さん方のことは気にしないでください」
「はあ……」
青年が、困惑を浮かべながらも、わたしたちの相向かいの席に座る。
ランスト氏が、さっそく証拠保管袋を取り出した。
「実は、あなたに見ていただきたいものがありましてね。こちらのネックレスなんですが」
青年は、大きく目を見開いた。
「……っ、どこで、これを……っ!?」
「ケリー・カーソンさんの物で間違いありませんか?」
「ええ……っ、ええ、これは、師匠が、いえ、ケリーが、肌身離さず身に着けていたものです」
ダン青年はネックレスを一心に見つめて、涙ぐんでいた。
「俺もずっと探していたんです。どこにあったんですか? ケリーの家に? それとも……、誰かが、彼女から譲り受けていたんでしょうか?」
「それが、実は、故人の墓をあばいて、棺から盗み出した人物がいるようでしてね」
ダン青年の顔色が変わる。
ランスト氏はなだめる口調でいった。
「犯人の目星はついています。そちらは我々に任せていただきたい」
「……わかりました」
おそらく、ダン青年も、犯人が義弟だということは予想がついているのだろう。
しかし、憲兵が捕えるという以上は、彼らの職務を邪魔するつもりはない。
ランスト氏も、軍人であるダン青年ならそう判断するとわかっていたにちがいない。憲兵はまだ、あの義弟を泳がせておきたいのだ。
「今日お邪魔したのは、いい加減この金庫を相続していただきたいと思ったからなんですよ」
ランスト氏が、テーブルの上にくだんの金庫を置いた。
「墓を荒らした男は、ネックレスが鍵ではないかという点までは推測できたようですが、金庫を開けることはできなかった。ま、このネックレスじゃあね。どう見ても鍵穴と一致しないですからね。なにか仕掛けがあるんでしょうよ。 ─── そして、その仕掛けを知っている人物こそが、相続人だ」
ランスト氏は、金庫とネックレスを、ダン青年の手元まで押しやった。
「どうぞ。ケリー・カーソンの息子同然だったというあなたなら、開けられるでしょう?」
ダン青年は、無言だった。
じっとネックレスを見つめている。金庫は眼に入っていない。
まるで、ネックレスに、ミス・ケリーの面影が浮かんでいるかのようだ。
「……受け取れません」
かすれた声だった。
「俺に、受け取る資格はない。俺は間に合わなかった人間です。師匠が、病気で苦しんでいることに、気づけなかった人間です。相続人の資格はありません。どうかほかの人を探してください」
それだけいって立ち上がり、背を向けようとする。
ランスト氏が慌てていった。
「待ってくれ。金庫を置いていかれちゃ、こっちだって困るんだ。いつまでも憲兵の詰め所で預かってるわけにはいかないんだぜ?」
「ケリーの元同僚を当たってください。きっと、だれか、開けられる人間がいるでしょう」
「勘弁してくれよ。眼の前に開けられる人間がいるってのに、わざわざ人探しに労力を割けってか?」
ダン青年が、足を止めて立ち止まる。
悪いとは思っているのだろう。しかし、それでも金庫に手を伸ばすつもりはないらしい。
暗い表情の青年に、ランスト氏ががりがりと頭をかいていった。
「親子の事情に、俺が口を挟むのもどうかとは思うが……、ケリー・カーソンは病気のことを隠してたんだろう? 知らなかったって、そりゃ、仕方ないぜ」
「 ─── 気づくべきだったんだッ!」
張りつめていたものが、堰を切ったかのように、青年は怒鳴った。
「俺は気づくべきだった! 今から考えれば、引っかかる所はいくつもあったんだ! それなのに俺は、気に留めなかった。いいや目をつぶった。あえて見逃した。仕事が忙しいからって、後回しにしたんだ! ……そのうち、長期休暇が取れたら帰ろうって、いつもそう思って……!」
だけど『そのうち』は永遠に来ない。
彼女は虹の向こうへ旅立ってしまった。
青年が、片手で顔を覆う。目元を隠しても、声が涙で濡れていた。
「俺は、師匠を、後回しにしたんだ……。俺があのとき、帰っていれば……! 俺は師匠を、独りで逝かせた……っ」
沈黙が落ちる。
ランスト氏も、かける言葉が見つからないのだろう。
あなたは悪くないと、どれほど説いたところで、青年の罪悪感をなくすことはできないとわかっている。少しでも慰めになるものがあるとすれば、それは時間だけだろう。
ラヴィは、訴えるようにランスト氏を見ていた。出直しましょう、時間を置きましょう。そんな嘆願が、彼女の眼差しから聞こえてきそうだった。
わたしは ─── 、わたしは、この場にいる誰よりも身勝手な怒りに囚われていた。
金庫とネックレスを掴んで、つかつかと青年まで歩みより、その胸元へ突きつけた。
困惑を浮かべる青年を、まっすぐに見据えて尋ねる。
「故人がこの金庫を遺した相手は、あなたじゃないのか?」
「……それは……」
「自分じゃないと、あなたが本心からいうなら、わたしたちは引こう。でも、自分だと思うなら、受け取るべきだ」
力を込めていう。
青年が戸惑うのがわかる。
ランスト氏が間に割って入ろうとしているのもわかる。
ラヴィがわたしを庇うように隣に立つのもわかる。
それでもわたしは青年を睨み続けた。
だって、そうだろう。
師匠はいってしまった。わたしには何もできなかった。師匠から受け取るばかりで、なにも返せなかった。返せないまま終わってしまった。なら、せめて。せめて、わたしにできることを。
「師匠の気持ちを考えなさい。あなたに罪悪感があるというなら、なおのこと、師匠の願いを叶えるべきだ。それが、師匠のためにあなたができる、最後のことなのだから」
※
帰りの馬車の中で、わたしは深々と頭を下げた。
「本当に申し訳なかった」
「いいのよ、リジィ! あなたが説得してくれたから、ダンさんだって受け取ってくれたんだもの」
「そうそう、結果オーライってね。丸く収まったんだから、よしとしましょうや」
ダン青年は、ネックレスの5つの飾りを器用に組み合わせて、金庫の鍵穴に差し込んだ。
小さな金庫の中に入っていたのは、高額の紙幣が一束と、孤児院の土地の権利書だった。なんと、ダン青年が育った孤児院の土地は、もともとはミス・ケリーの夫が所有していたもので、夫の死後はミス・ケリーが相続していたそうだ。
─── 街中にあって、立地が良いんです。売れば一財産できたでしょう。師匠が軍人になる必要もなかったはずです。でも、師匠は、だれにも売らずに、無料で孤児院に貸し続けてきました。それを恩に着せることもなかった。……師匠がいわなかったから、あの土地が師匠のものだと知っている人のほうが、少ないでしょうね。でも、俺は知っています。師匠が、俺にどうして欲しかったかも、俺は知っているんです……。
ダン青年は、そう、涙を耐えて、微笑んでいた。
彼はミス・ケリーの遺志を継いで、孤児院の土地を守り続けるのだろう。
義弟が狙っていたのは、恐らく土地の権利書だったのだろうが、有能な軍人の手元にある以上、もはや手出しはできない。
一件落着である。たしかに。
しかし、わたしの取った行動は、あまりにも身勝手で、独りよがりだった。
「彼を説得したのは、わたしではなくランストさんだろう。わたしなど、彼からすれば、ただの見知らぬ女に過ぎないのに、一方的にまくし立てて、気を悪くさせてしまった。捜査の邪魔になってしまって、本当に申し訳ない」
自分の情けなさにどんよりとしていると、ラヴィが慰めるようにわたしの手を握った。
「リジィの気持ちはダンさんにも伝わっていたわ。だからダンさんは、考え直してくれたのだもの」
「慰めてくれるのはありがたいが、ラヴィ。初対面の人間にあれこれ口出しされて、納得できる人間などいないよ……」
「そうでもないですよ」
ランスト氏が感心したようにいった。
「お嬢さんには妙な迫力があった。それに、人を動かす真実もあった。俺たち憲兵が情報を得るのに、何が必要かわかります? 憲兵っていう執行機関の威光と、俺のような下っ端一人一人の人徳です」
「人徳、ねえ……」
ラヴィが眼をすがめてランスト氏を見る。
ランスト氏は「俺の全身から人徳があふれ出ているのがわかるでしょう?」と大袈裟に胸を張ってみせた。
「お嬢さんは憲兵じゃありませんが、その代わりが務まるだけの威圧感と切実さがありましたよ。だからあの男も金庫を開ける気になったんでしょう」
ランスト氏は、腕組みをすると、愛嬌のある笑みを浮かべた。
「まあ、俺としては、危なっかしい真似は慎んでほしい所ではありますがね。お嬢さん方に何かあったら、また左遷になっちまいますから」
「あら、それは望むところなんでしょう?」
ラヴィがにっこりと笑う。
ランスト氏が瞬いた。
わたしは沈黙する。ラヴィがいいたいことはわかっている。
ランスト氏は気づいていなかったようだが、わたしたちは最初からわかっていた。
彼が、銀色の髪に青の瞳のわたしではなく、艶やかな黒の髪に黒曜石のような瞳を持つラヴィを、まちがえることなく『将軍閣下の御親戚のご令嬢』と呼んだときからわかっていた。
だれもが、ランスト氏の上司のような反応をするのだろう。わたしとラヴィがいれば、わたしが親戚だと思うのだろう。東の国の血を色濃く受け継ぎ、王都ではあまり見かけない容貌を持つラヴィを、親戚だとは思わないのだろう。
だが、この男は間違えなかった。
つまりはそういうことなのだ。
「陛下によろしくお伝えくださいな、ランストさん。あぁ、ところでそのお名前は、本名かしら? それとも、ほかの部署に行くたびに変わる名前なのかしらね?」
ランスト氏は、無言で、両手を上げてみせた。
白旗の意味だろう。
それ以上は追及しないでくれと、その引きつった顔がいっていた。
※
「誤解です、リージェ。あいつは俺の部下じゃありません」
隣に座る男が、しかめっ面でいう。
わたしは、わずかに首をかしげた。
ラヴィの屋敷の一室である。
夜のとばりは落ちて、星々が宝石のように瞬いている。
三日連続で王宮を抜け出してきた男と夕食を取り、一連の顛末について話した後、ラヴィは先に休むといって自室に戻ってしまった。
疲れたからといっていたけれど、恐らく、気を遣われたのだろう。墓荒らしの件が解決した以上、ディゾルドがこの屋敷を訪れる理由もなくなる。さすがにこれが最後ということはないだろうが、当分は会えなくなるだろう。
従姉妹姫であるラヴィは王宮を訪ねていくこともできるだろうが、わたしは動くべきではない。無力すぎて足を引っ張ることになってはまずいが、力をつけすぎて有害になることはもっとまずい。亡国の王族とは、そういう微妙な立場の人間だ。
ラヴィは、わたしとディゾルドが古い友人であることを知っている。だから、二人で過ごせる時間を与えてくれたのだろう。
ランプの揺れる炎を眺めながら、ぽつりぽつりと話をする。
ランスト氏のことに言及すると、ディゾルドは大きく顔をしかめてみせた。
「誤解です」
「そうか。……では、誰の部下なんだ?」
「ガリウスですよ。あいつの手駒がちょうどいい位置にいたので、少し借りただけです」
「それは結局のところ、お前の部下ということになるんじゃないか」
「やめてくださいよ、リージェ。俺はああいうふざけた男は嫌いなんです。あのニヤけた面がイライラしません?」
「……同族嫌悪か?」
「どこがですか!? 俺は誠実そのものじゃないですか!」
酷いです、という苦情を聞き流して、果実酒をぺろりと舐める。
初めて飲む酒は、なかなか美味しかった。墓荒らし事件解決のお祝いだと、ラヴィは度数弱い果実酒を用意してくれたが、今度は強いものも飲んでみたい。
「リージェ、水も飲んでくださいね。それは甘いから飲みやすいでしょうけど、初めてなんですから、ほどほどにね」
「わかってる」
頷きながらも、グラスを手放さない。
ディゾルドが眉間にしわを寄せて、水の入ったグラスを差しだしてくる。
わたしは小さく笑って、ディゾルドの手を押し戻した。
「リージェ」
「……わたしの師匠は、酒が好きなんだ」
ディゾルドが、まじまじとわたしを見て、それから、水の入ったグラスを静かにテーブルへ置いた。
わたしは、手の中の酒の入ったグラスを見つめたまま、口を開いた。
「あれは……、わたしが幽閉されて、二年が過ぎた頃だった。見張り番の兵士が、わたしに声をかけてきたんだ。誰かに話しかけられたのは、幽閉されてから、初めてのことだった」
あのとき、どれほど驚いたことか。
「わたしは知らなかったんだが、見張り番は、その頃には、末端の兵士が日替わりで務めるようになっていたらしい。……当時はまだ、イアス国王は権勢を誇っていたからな。王を敵に回してまで、わたしを助ける勢力などないと判断されて、階級が下の者へと職務が回されていったんだろう。あるいは、単純に見張り番が人気のない仕事だったからかもしれないが……、まあ、両方かな」
思い出しながら説明を加える。
しかしディゾルドは、ほかのことが気になったらしい。
「それは……、二年間、誰もあなたと話をしなかったということですか……?」
わたしを気遣う瞳と、平静を装う表情の影で、ディゾルドは強く拳を握りしめていた。
わたしは、彼をなだめようと、その拳に自分の手を重ねた。
「怒るな。仕方がないことだ。……実をいえば、わたしも、幽閉されてしばらくは、見張り番が食事を持ってくるたびに、叫んでいたよ。助けてくれだとか、出してくれだとか、そういうことをだ。でも、あるときいわれたんだ。『気の毒だとは思うが、王には逆らえない。俺たちにできることはなにもないんだ。だから頼む、黙っていてくれ。あんたの悲鳴を聞くのは、俺たちだって辛いんだ』と。 ─── 待て、ディゾルド」
男の瞳に、もはや隠しようもないほどに強烈な殺意が浮かんでいる。
わたしは慌ててディゾルドの腕をつかんだ。
「誤解するな。わたしは彼らを非難したいんじゃない。わたしは納得したんだ。その通りだと思った。彼らには彼らの人生がある。大切な家族や友人だっているだろう。王の命令一つですべてを失うのに、わたしを助けられるはずがない」
「だからって、あなたを踏みにじっていい理由にはならないでしょうが! そいつらはただ、自分の罪悪感を減らしたかっただけだ! 一人の女の子を踏みにじっている事実から眼をそらしたくて、あなたに黙れといったんだ!」
「仕方がなかったんだ! 仕方がなかった。誰だってそうする。わたしだって、逆の立場なら同じことをしたかもしれない! ……でも、だからこそ、話しかけられたときには驚いたんだよ」
今でも、あの声を、鮮やかに思い出せる。
きっと一生忘れないだろう。
─── よお、お姫さん。まだ生きてるかい?




