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12.ルドヴィカと魔女の呪い

最終話です。



 ――この世には、魔法と呼ばれる魔女にしか使えない特別な力がある。

 魔法は使い方次第で、殺戮の道具にもなり、日常生活の助けにもなる。――それから、誰かを守り、救うことも。

 魔法を使うのは実に簡単。起こって欲しい事象を念じて指を一振りするだけ。

 できること、できないことは、魔女の力量によって様々だが、日常生活を助ける魔法なんかはたいていの魔女が使えるだろう。


「お湯よ、沸け」


 指を振ると、特製キッチンに置かれたヤカンがふわりと浮き、流し台へと飛んでいく。そこに設置されたパイプからヤカンの中へと適量の水が注がれて、それから蓋をされたヤカンは竈の上へ。水を汲んでいる間に火はついている。

 さあ、しばらく待てばお湯が沸く。


「相変わらずルドヴィカって変わり者だよなぁ。なんでそれ、放っておいたんだよ」


 私に向かい合って座り、朝食の手作りパンを頬張りながら文句を言ってくるのは、リエト・パンタレオーネ・アルベルティーニ。いつの間にか私の城に住み着いていた少年――いや、実年齢的には青年か。

 リエトの視線は私の右手首に注がれていた。私はそこに巻かれた白い布を左手の指でゆっくり解いた。


「これは残すべきものだ。本物になってしまった魔女の憎悪がどんなものか忘れないために」


 呪いじみた苦しみの連鎖を断ち切るための戒めだ。私が本物の魔女に墜ちないための。

 包帯を解いた右手首の少し上には、黒く禍々しい痕がぐるりと腕輪のように浮かんでいる。


「ルドヴィカの綺麗な腕がもったいないと思うんだけどな、俺は。ま、害がないならいいけどさ」


 害が全くない――わけではないが、黙っておこう。

 私は左手で包帯を巻き直そうとしたが、上手く行かず眉をひそめた。


「あ、俺やるよ!」

「いい、座ってろ!」


 嬉々として立ち上がったリエトは、私の言葉なんて聞かずに私のそばへやって来て、右手を取った。


「馬鹿、触るな!」

「えー、でもルドヴィカ一人じゃ上手く巻けないだろ。こういうときは人の手を借りればいいんだって」


 引こうとした私の手をぐっと握りしめたリエトは、嬉しそうな顔で私の腕に雑に巻かれかけている包帯を一度解いた。

 リエトの指は再び現れた黒い痕をなぞり、私の肩はくすぐったさに少し震えた。


「……っ、おい、リエト。何してる。巻くならさっさと巻け」

「ん? 嫌だ」


 リエトは私の右手にするりと指を絡めて、にこりと笑った。


「包帯巻いちゃったら、俺がルドヴィカに触れる理由がなくなるだろ?」

「そんなものなくてもお前はいつも私に抱きついてくるだろ。いいから放せ。巻く気がないなら大人しく席に戻れ!」

「ちぇっ、分かったよ」


 子供のように唇を尖らせたリエトは、渋々包帯を私の腕に巻いていく。

 包帯を巻くのは、目に入っても愉快なものではないからだ。戒めではあるが、常日頃から見ていたいものではない。見えているとリエトもいちいち心配するしな。


「でーきた!」


 綺麗に包帯を巻き終えたリエトは満足そうに頷いた。けれど私の手は放さずに、ずいとこちらに顔を寄せてきた。近い。


「なぁ、ルドヴィカ。あの約束忘れてないよな?」

「約束? 何のことだ?」

「俺を強くすること」

「ああ……あれか」


 思い出す。二日前の夜にそんな約束をしたことを。こちらに選択権はほとんどなかったから、強要されたようなものだが。


「だが、あれはエルヴィーラを倒すために、ということだったろう? エルヴィーラは倒れた。綺麗に浄化されたんだ。もう必要ないだろ」


 私の苦しみと憎しみと恐怖の根源である魔女は、二日前の夜に絶たれた。リエトともう一人の青年の手によって焚かれた炎の中で、燃やされ浄化された。

 リエトは私を馬鹿にしたような目をして、深い溜息を吐いた。


「ルドヴィカは本当に男心が分かってないなぁ。好きな女性ひとよりも強くありたいんだよ。俺はルドヴィカを守れる男になりたいんだよ」

「多少はマシな口説き文句を吐けるようになったんだな。だが、それなら尚更私を頼るんじゃなく、自力で力をつけたらどうだ?」


 私が与えた力で守られてもな。微妙に格好がつかないんじゃないか?

 リエトは少し考えて、「確かに」と頷いた。


「でも、約束は約束だ。ヒントぐらいくれてもいいだろ? ルドヴィカはどうやったら男に魔法が使えるようになると考えたんだ?」

「あくまで魔法なんだな。騎士になりたがっていたお前はどこに行ったんだ」


 本性を出す前のリエトは子供らしく振る舞い、騎士になりたいのだとしきりに言っていた。それが今じゃ強い魔法を使えるようになりたいと言うんだからな。子供の夢は移ろいやすいな。見た目以外、リエトは子供ではないが。


「騎士は無理だ。俺の身体はもう成長しないから、大して強くなれないことは目に見えてる。騎士になりたかったのは嘘じゃないけどな。まだ魔女に捕まる前の幼い頃の夢だった」


 リエトは魔女の実験体にされたせいで、身体の成長が早くに止まってしまった。だからリエトの見た目は十歳過ぎぐらいの少年のものであるが、中身はもう少し上らしい。私と同じぐらいだと言っていたが本当かどうか分からない。リエト自身も年齢など数えていないため分からないらしいが。


「リエト。ヒントはもうたくさん散らばっている。私が言うまでもなくな。私よりも魔法にも魔女にも詳しいお前なら気づけるはずだ」


 私としては、あまりリエトに強くなって欲しくはない。魔女みたいにおぞましい生き物に近い存在にはなって欲しくない。


「だが、約束したからな。一つだけヒントをやる。――魔女の力の源泉は魔素だ」

「そんなこと知ってる――あ、そうか」


 リエトは今一納得しない顔をした後、何かを閃いたようにパッと明るい顔になった。

 それから私の身体に抱きついてきた。こいつは、すぐ抱きつく!


「そっか、そっか――! ルドヴィカは全身でヒントをくれてたわけだ!」

「おい、こら、離れろ! 誰が抱きついていいと言った!?」


 リエトを引きはがそうとする私と、私に抱きつこうとするリエト。じゃれ合うような攻防は、玄関扉をノックする音によって終わりを告げた。


「ん? 誰だろ。俺見てくるな、ルドヴィカ」

「はぁ、お前、本当学習しろ。こんなとこを訪ねてくる奴なんざ禄でもないぞ」

「それ、俺のこと言ってる?」

「まあ、そうだな」


 私から離れたリエトが玄関へと向かうが、私はその後をすぐに追いかけ、リエトを後ろに追いやり扉を開けた。

 ここは、森の奥だ。

 こんなところまでわざわざ魔女を訪ねてくる奴なんて、どうせ禄でもない。


「あ――お久しぶりです、ルナ」

「昨日別れたばかりだがな。何の用だ、エミリオ」


 扉を開けた先にいたのは一人の青年。エミリオ・コルラード・カヴァリエリだ。

 王城に勤めていること以外素性はほとんど知らないが、ここ数日呪いを解こうと協力していた男だ。

 エミリオは困ったような顔になる。


「少し面倒くさいことになったので、逃げて来てしまいました」



 *



 エミリオを連れて家の中に戻ると、お湯はとうに沸いていた。


「ちょうどいいな。紅茶を淹れよう」


 指を振って、湯をティーポットへ注ぐ。後数分したら、勝手に紅茶をカップに注いでくれるだろう。以前の反省を活かした新たな紅茶淹れの魔法だ。完璧なタイミングで紅茶を提供してくれるはず。

 机の上にはまだ食べかけの朝食が残っている。私は席に着いた。


「話は聞いてやる。が、椅子は二人分しかない。立ったまま話すか、それが嫌ならリエトから椅子を奪え」

「誰がこんな男に席を譲るか! ここは俺の椅子だ。お前の居場所はここにはない!」


 必死だな、リエト。別にエミリオはお前の椅子を分捕ることをするような奴じゃないと思うが。


「いえ、立ったままで結構です。椅子はそのうち調達します」

「何だって?」

「お前、居着く気か!?」


 平然と言われたその言葉に、私は眉をひそめて聞き返し、リエトは険しい目でエミリオを睨み付けた。


「はい、逃げて来たと言ったでしょう? ルナのもとで匿って貰おうと思って来たんです」

「帰れ!」


 リエトが鋭く叫ぶ。

 私は額を押さえて呻く。また居候が増えるのか、と。


「何があったんだ? お前は確か後処理に追われていたが、まさかそれから逃げて来たわけじゃないだろう?」


 王城でのエミリオの仕事は医師。国王専属の医師である侍医の補佐を務めているそうだ。

 王城は破壊し尽くされてしまったが、いつの間にか避難させられていた王も、前以て避難していた呪いの罹患者含む王城で働く人間たちは無事だった。最後まで王城に残った兵士の内、一部の人間は死傷してしまったが。

 ともかく王城はなくなったが、王もその家臣たちも多くが助かった。

 魔法陣であった王城が破壊されて、駄目押しのように術者であったエルヴィーラが浄化されたためか、呪いによって病に苦しんでいた人たちはあっさりと快復したそうだ。

 救うことができたと言うには被害は大きいが、最悪の事態は回避できたと思っている。私は大したことはできなかったので、結果的にだが。


「はい。私の役職は侍医補佐ですが、人手が足りないと、病に倒れた患者たちの病状を確認するのに駆り出されていました。そちらはまあ、なんてことはないんです。仕事ですし、元気な人が多かったですしね。ですが昨夜、命を狙われまして」

「いきなり物騒だな」


 物騒な話題の割にエミリオは、子供の悪戯に苦笑するような軽い表情だ。


「ええ、まあ。初めてのことではないんですが」

「そうなのか? お前は誰かに命を狙われるような人間に見えないが」

「そうかぁ? 俺は結構嫌な奴だと思うぞ、そいつ」


 気に食わないと思って命を取ろうとするのは常人の発想ではないぞ、リエト。リエトも大概物騒な奴だよな。


「どうやら陛下が病に倒れたために、潜在的だった王位継承争いが活発化してしまったみたいなんです。陛下の病状は快復しましたが、少々心を病まれてしまわれまして、収拾がつかない状態なんです。今、王都は魔女の呪いから救われた喜びの裏で、貴族と王族たちが蹴落とし合っています」

「……国というのは面倒が多いんだな」


 私としてはなんとか丸く収まったのだと、そう思っていたが、多くの人々が無事で良かった良かったとはならないらしい。

 というか、王が心を病んだって私のせいだろうか。私があのとき縋ってきた王を突き放したせいだろうか。だがあのとき、予言者エルを求める王に応えることはできなかった。私は、エルではないから。


「で、なんでお前が狙われてるんだよ? 実は王子とかそういうベタなオチか?」


 サラダを食べるリエトはいつかの私のように、ビシリとフォークをエミリオに突きつける。あまり行儀の悪いことは子供の前でするものじゃないな。すぐ真似される。


「ああ、いえ、国王の子ではありませんが、王位継承権を持ってるんです。順位はかなり低いんですが」

「つまりお前は今、その王位を巡る争いに巻き込まれているというわけか。大変だな」

「俺とルドヴィカまで巻き込むなよ! お前にはもう充分協力したはずだ!」


 他人事のようにあしらう私と、憤慨したようにバンッと机を叩くリエト。物に当たるな。


「大丈夫です、順位は低いと言ったでしょう。今狙われているのは、呪いの騒動を収めて少々目立ってしまったためです。雲隠れしていれば、そのうち状況も落ち着いてくるはずです。わざわざ魔女のいる森に刺客を送り込んで殺そうと思われる程、私は重要な人間ではありませんから」

「ふむ……そういうことなら、この家のまわりに障壁を張っておくか」


 出さないための障壁ではなく、入らせないための障壁だ。ずっと家の中にいるわけにはいかないので、森全体に張った方がいいのだろうが、森には村人が来ることもあるからそれはできない。


「ルドヴィカ! 住まわす気か!?」

「正直、油断ならないお前と二人きりよりよっぽどいい」


 リエトは甘えたがりなのか何なのか、すぐ抱きついてくるからな。本当、子供の姿で良かったと思う。


「俺よりよっぽどこいつの方が危険だろ! 力で押されたら敵わないだろ!?」

「お前……皆が皆お前と一緒だと思うなよ。エミリオはお前よりはよっぽど紳士的だ。お前を引きはがしてもくれるしな」

「なんだか信頼されているようで嬉しいですね」


 エミリオはにこりと胡散臭く笑みを浮かべる。


「やめとけ、ルドヴィカ! その信頼は絶対裏切られる!」


 リエトの言葉に私は口の片端を吊り上げて笑った。


「問題ない、裏切られたら私は舌を噛んで死ぬさ」

「……」


 エミリオは何ともいえない微妙な顔をした。

 いつかの仕返しだ。命が盾になるのはお互い様だな?


「エミリオ、お前のせいで俺まで動きづらくなったじゃねぇか!」


 ついでにこいつもか。

 これで少しでも抱きつくのをやめてくれれば助かるが、たぶんあんまり効果はないだろうな。


 湯気の立ったティーカップがコトン、と机に三つ置かれる。

 私は綺麗な琥珀色をしたその液体を満足げに見つめ、取っ手をつまみカップに口をつけた。

 ――完璧だ。

 口の両端が弧を描くように持ち上がるのを感じながら、紅茶を楽しむ。

 平穏というものは素晴らしいな。こんなに紅茶が美味い。心が穏やかなのもあるだろうか。

 私はもう、エルヴィーラに怯える必要もないし、憎しみも抱く必要がなくなった。苦しみと罪悪感は背負っていかなくてはならないが、脅迫にも似た憎悪の感情は大分心を蝕んでいたようで、あれもまた呪いだったのだなと思う。魔女を魔女たらしめる呪いだ。

 師に対する憎悪から解放された私はもう、エルヴィーラと同じ道には進まない。それに私が道を誤りそうになったらこの二人がまた呼び戻してくれることだろう。


「さて」

「どこ行くんだ、ルドヴィカ?」


 紅茶を飲み干し、席を立った私にリエトが声をかけてくる。


「前にエミリオが言ってただろ? 私は救うこともできるんだって」

「確かに言いました」

「それがどうしたんだ?」


 私は唇の片端を吊り上げて笑う。


「奪うんじゃなく、救う魔女になるのも一興かと思ってな」


 エルヴィーラの真逆を行くなら、それが私の目指すべき魔女だろう?


説明不足な自覚はありますが、これにて完結とさせて頂きます。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

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