一つ夢
ーーいつからだったか、私と周りとでは時間の流れ方が違うって知った。それぞれの世界で動ける時間も十分ではなくて、むしろ全然足りなくって、もどかしく時に苛立つ日々はやがて私に一つの決意を抱かせた。
時は進んでいく。前へ行く。私が追いつけないくらい早く、変わっていく。
だから私はこれを止めてはならない。自分一人の時の流れに巻き込んではいけないのだ、と。
ーー靄のように不安定な白さはやがて濃さを増し、確かな白になった。白い壁、白い天井、白いベッドの上に白い顔をして横たわる二人。
…レオとサキ。
すぐ近くにも気配を感じた。慌てて見渡すとその気配が姿となってくる。病室を思わせる小さな一室の端でついこの間共に観戦していたメンバーと私とがパイプ椅子に座っている状況に気が付いた。隣の彼女へ私は尋ねた。
ルナ…
二人はどうなったの?
問いかけを受けて振り向いたルナ。不安げな面持ちの彼女が答えてくれる。
ーー命に別条はありませんが…共に同じだけの傷を負ってしまいましたーー
ーー今は疲れて眠っておられますーー
相打ち、か。やっと理解して頷いた。それにしてもナルシ…いや、自信家のレオならまだしもサキの潜在能力と意外に強靭な生命力にはつくづく驚かされてしまう。
レオが自尊心ならサキは恋慕、獅子と蠍ではなくそんな想いの化身なのではないか、などと考えてしまったり。
ちら、とまた別の方を眺めてみる。その先に居るもう三人にも当てはめてみたりする。
モモは慈愛。あどけなさを残しながらも皆を分け隔てなく愛そうとする姿勢を何度となく目にしてきた。それが故に天然の魔性とも思えてしまう。
シンは躊躇。どんなに成長しても、あっちの某アイドル事務所も顔負けなくらいイケメンになっても、いつだって自分をさらけ出すことを恐れては周囲の顔色ばかりを伺っている。
マミは母性。子であるシンと同じように長い孤独に耐えていたであろう彼女の持つそれは遠い昔から今もなお健在だ。変わらぬ美しさも凛とした姿勢も母特有のものだと感じさせてくれる。憧れはするが私にとってはまだ遠い、未知と呼ぶのが相応しいもののようにも思える。
今の私が最も近く思えるのは、むしろ…
私はまた視線を移す。すぐ隣へと。
この世界の姫だという、ルナ。彼女は…困惑。
自身を巡る争いを前に立ち尽くすばかりだった彼女、為す術もなく翻弄される状況に私も意図せず自然と自らを重ね合わせていた。だって経験なかったから。知らなかったから。
レオとサキが共に一人を求めているのは確かだ。だけど彼女に何か求めているのではないと何故だか確信が持てるのだ。これは無償の想いだ。例え彼女が応えてくれなくたってどうしようもない想いを貫きたいだけなんだ。こんなに傷を負い無様な姿になったって、構わないんだ。
ーーアサギ様…ーー
細く呼ぶ声がした。ルナだった。彼女は言った。更に思いを重ねずにはいられない言葉を、続けた。
ーーお二人の気持ちを、聞きました。ずっと苦しんでいたことも、誤解があったことも…私ばかりが知らなかったーー
ーー結論などすぐには出せません。どうしたらいいのか、私には…ーー
うん。気が付くと私は首を縦に振って同意を示していた。それはそうだろう、無理もないだろう。ましてや見返りを求めない想い、そんなものを受けてしまったらなおさらだ、と。
わからないよね、ルナ。
私だって…
いつの間にかこぼしていた。うつむいていた。軽やかな足取りの為にといつか自分の手で引き裂いた短いスカートの布地を握り締めたりなんかして。
だけど、流れは変わった。肌で感じて顔を上げた。
気のせいなどではなかった。いいえ、とゆっくりかぶりを振る姫、先程とは打って変わり強い眼差しをしたルナが言ったんだ。
ーーあなたにならできる、いえ…そうでなければなりませんーー
え…?
意味もわからないはずなのにドク、と脈打つ胸の奥。真っ直ぐなルナの双眼が柔らかく細まっていった。まるで全て悟ったような彼女が言った。
いや、命じた。
ーー行って下さい、アサギ。ここは大丈夫ですからーー
あなたを探しているお方がすぐ近くに…
素早く息を飲んだ。そこからはあっという間だった。
ルナ、マミ…
辺りを見渡していく。
モモ、シン…
声にもならない名を呼んでいく。
レオ…サキ……
未だ横たわったままの最後の二人以外は皆、頷いてくれた。こちらを見つめて。
私は立ち上がった。現した杖を勢いよく、地へ突き立てた。部屋の景色が揺らいだ。
白ばかりだった視界にいくつもの色が混じってくる。渦巻く色合いと吹き付ける風。遡る、時。
まず薄暗い広間、ルナが襲われた場所。まだこの未来が起こりうるのか、そうはさせまいと睨んだ矢先、また色が混じる。
すすり泣く森、幼いシンを託された場所。あの頃から彼の恐れは消えていないんだと気付く。愛する人が離れていくのが怖いんだ。だから自分を見せられない、素直になれないんだと胸を痛めたところでまた移り変わる。
また現れた、眩い白。ついさっきまでと同じ病室、でも誰の姿もない。現在ではない。レオと出会ったあのときなのだ。
獲物を狙う獣のような気配を漂わせていたレオを直感でヴァンパイアだと判断した。彼は何故あんな目をしていたんだろう、と今更ながら思った。関わってみれば何のことはない、外見の冷たさなんてとってつけた仮面のようなものだったじゃないかって。
思いのほか優しかったレオ。いつだって私の身ばかり案じていたレオ。もう知ってるよ、ただのナルシストなんかじゃないってことも、プライドの裏にあったものも、きっと…
巡る回想を更に飲み込んで回っていく景色。いつまでもいつまでも続いていくように思える流れの中、やがて恐ろしく思った。
このまま巡って現在まで戻って、それからまたリピートしたらどうしよう?終わりがなかったら?目覚めなかったら?
そしていつか…
あの人が、見つかってしまったら?




