五つ夢
ーーぴちゃ。頬を打つ露の生温かさに気付いて目を開いた。木陰にもたれて座り込んでいた。何度か来たことがあるとごく自然に感じて腰を上げた。見渡す限りの木々、木漏れ日だけが道しるべの深い森の中なのに向かう方向はもうわかっていて、進んだ。
うだるような暑さはこっちも同じようだ。私は懐から取り出した黒のリボンで汗にまとわり付く長い髪を集めてポニーテールにまとめる。ふと視線を落とした。かつてとはまた衣装が変わっていることに今更のように気が付いた。
腰上までの短いベストにノースリーブでロング丈ワンピース、先の尖った足首までのブーツ。【魔法使い】と称するにはいくらか自然な装いであるようにも思えるが、こうも蒸していると決して動きやすくはない。
色は全身黒、これでは熱を吸収するのも頷ける。しかもブーツって…今すぐにでも脱いで風に晒したいところだ。水虫になっちゃたまったもんじゃない。
あっちのでは通気性と動きやすさ重視なのに、何故こっちに来るなりこんな装いになるのか。長い布は脚に貼り付いて更に効率の悪さを感じさせる。いっそ引き裂いてしまいたいが下はスカスカ、ショートパンツなどという便利なものを穿いている気配もないのだからさすがに抵抗があるというものだ。
おそらくは秘めたる趣味が投影されているのであろう装いをこうも煩わしく感じてしまうのは効率重視のベッドタウン・カシワの生活に慣れた為なのか。そんなことを考えてみながら歩を進めるうちにやがて闇と緑ばかりの視界が開けて目を細めた。
やっぱり、と思った。森の中の一部だけ切り取ったような空間にぽつん、と佇んでいる建物。絡まるツタも年季を感じさせる壁も観音開きの扉もあの頃から変わっていない。
夏の眩い陽を受けてまるで光の塊の如く主張している白い教会へ歩を進めた。片側だけ開くなどナンセンス…いつか思ったことに従って両手でスタンダードに扉を開く。キィ、と軋む音が鳴る。
光を受け入れた室内へ進んでいく。磔のキリスト像の前、やはりそこに居た覚えのある二つの後ろ姿に呼びかけた。
モモ。
シン。
初めて聞くはずの名にくる、と振り返る二人。まぁそもそも他の者など誰一人いないのだからそうなるのも自然なことなのだが。
外見年齢20歳くらいまで成長した妖精の男女。あのとき聞いた話が本当ならおそらくこれくらいの姿で止まり老いることはないということだろう。当人たちにはいろいろ事情があるというのに申し訳ないがやはり羨望の思いは拭い去れない。
不死は怖いが不老には憧れてしまう。確実に老いていくとわかり切っている人間、更に仮にも女であるなら自然なことではないだろうかと罪悪感から逃れるみたいに自身を納得させてみた。
ーーアサギ…?ーー
成長してなお何処か幼さの残る円らな瞳で見上げる妖精の女の子【モモ】。後ろ姿を目にしたときとっさに思った。珊瑚色、鴇色、甚三紅…一言にピンクと言ってもいろいろな名称が存在する中、彼女の持つ髪の色は限りなく桃色だ。だからモモ。これ程妥当な命名はない。
ーー久しぶり、だねーー
あっちの某有名アイドル事務所にでも居そうな美男子に成長した妖精の男の子【シン】。澄んだ青の双眼と髪を持つ彼の命名の由来は色ではない。森林で出会ったからシン。見たところごく自然に受け入れているようだからこれもまた妥当と捉えて良いのではないだろうか。
あのとき聞きそびれた話を聞きに来たの…モモ。
そうだったっけ?と言っておきながら思ってしまう。だけど引っかかっていたのは事実だ。静かな眼差しで見上げているモモな私は更に問いかける。
私に託す望みって…?
桃色と瑠璃色の目が大きく見開かれていく。そして潤っていく。両者共にほんのり頬まで染めて…そんな顔で見るなと言いたくなる。
ーーお姫様を助けてほしいのーー
ーーあの方は私にとってお姉様のような存在…ーー
ぽつり、ぽつりとモモがこぼしていく。お姫様と言いながらお姉様と言う…何だろう、案外フレンドリーだな、と驚いてしまう。
そしてもう一つ、驚いた。
いや、以前ここで会ったときも全く気付いていない訳ではなかったのだが…
悲しげなモモを少し後ろから見つめているシン。潤った瞳から放たれるものは以前のものより更に主張が強い。ああ…私は一人頷いた。多分少しニヤけてしまった。
誰が見たってお似合いなのにコイツ…まだ言えてないんだ。
イケメンなのに臆病とは残念だね。
…さすがに口にはできなかったが。
姫の救出、それはレオが持ちかけたものと同じだ。きっとこの世界において決して外すことのできない重要な問題なのだろうとさすがにわかる。協力できるなら協力したい、とも思う。だけど…
遠い記憶が蘇ってふと胸元を押さえた。アサギ?不思議そうに見上げるシンの姿が目に映る。
私にそんなたいそうなことができるかなんてわからない。魔法使いだなんて実感もない。そもそも今更何ができるのかも…
それでも思った。
せめて今目の前にあるひたむきな想いくらいは何とかしてやれないだろうか…と、余計なお世話かもしれないことを。




