第67話 千里の眼――反逆者たちの行軍
北西へと向かう険しい獣道。
木々のざわめきと鳥の鳴き声しか聞こえない静寂の森の中を、一行は淀みない足取りで進んでいた。
「右の獣道に四人の分隊がいます。左の沢沿いに迂回すれば、見つかりません」
先頭を歩くミレアが、目を閉じたまま静かに告げる。
視界を完全に遮る鬱蒼とした森の中にあって、彼女の探知はもはや神の眼に等しかった。
「助かるぜ。お前がいなけりゃ、今頃何度見つかってたか分からねえ」
ラグが素直な称賛を口にする。
ミレアは微かに頬を緩め、無言で頷いた。自分の力が、誰かを傷つけるためではなく、仲間を守り導くために使われている。その事実が、彼女の心に小さな自信を芽生えさせていた。
だが、穏やかな行軍は不意に終わりを告げた。
ミレアの足がピタリと止まり、表情に緊張が走る。
「この先の山道の入り口に、騎士団の封鎖線が敷かれています。数は二十。地形的に、迂回ルートは塞がれています」
報告に、クラウスが即座に脳内で地形と敵の配置を組み立てる。
「一小隊規模か。国家の対応の早さは予想通りだが、迂回できないなら強行突破するしかない。レイン、君の力は極力温存だ。いざという時の切り札として残しておきたい」
「分かった」
レインが短く応じる。
クラウスの指揮のもと、彼らは足音を殺して封鎖線の手前まで接近した。
切り立った崖に挟まれた一本道。バリケードが築かれ、重武装の騎士たちが隙のない陣形を敷いている。
「行くぞ!」
ユークの合図と共に、反逆者たちが動いた。
『ブラストウィンド』
ラグが放った暴風が、乾いた地面の土砂を巻き上げ、騎士たちの視界を奪い去る。
「敵襲だ! 前衛、盾を構えろ!」
騎士の小隊長が叫ぶが、その足元を強烈な振動が襲った。
『ロックブレイク』
ユークの土魔法によって足場の岩盤が砕け、盾を構えようとした騎士たちの陣形が崩れる。
そこへ、イリスが砂埃と影に紛れて滑り込んだ。一切の殺気を放たず、後衛で詠唱を始めようとしていた騎士たちの首筋を、手刀で的確に刈り取っていく。
「ふざけるなッ!」
体勢を立て直した数名の騎士が、突進してくるアルトへ向けて剣を振り下ろす。
だが、アルトの身体は淡い光に包まれていた。
『エンチャント・フィジカル』
後方からのリュシアの支援で、筋力と反応速度を限界まで引き上げられたアルトが、迫る刃を力任せに弾き飛ばす。雷を纏った拳で、騎士たちを次々と壁へ吹き飛ばしていく。
レインは前に出ることなく、仲間たちの死角から飛んでくる矢や魔法の軌道だけを、歩きながら静かにズラして壁へと激突させていた。
わずか数分で、二十人の小隊からなる封鎖線は半壊した。
「くそっ、化け物どもが……ッ!」
小隊長は血走った目で後退し、陣地の奥に停められていた厳重な鉄の檻へと駆け寄った。
その檻には何重もの鎖が巻かれ、結界が張られている。
「特務から預かったコイツを使うしかないっ!」
小隊長が震える手で術式を解除し、鉄の扉を蹴り開けた。
重苦しい獣の唸り声と共に、檻の中から『それ』が這い出してくる。
巨大な猟犬だった。
だが、ただの魔獣ではない。肉体の関節や背骨の随所から、鋭く透明な結晶が皮膚を突き破るように生え出していた。
「波長がおかしいです!」
ミレアが悲痛な声を上げた。
「魔獣じゃありません。獣の肉体と、魔器が混ざっています!」
その言葉が意味する悍ましい事実に、一行の顔が強張る。
結晶の埋め込まれた猟犬が、空気を震わせるような咆哮を上げた。直後、肉体に埋め込まれた結晶が青白く発光する。
猟犬の輪郭がブレたかと思うと、その身体が二つに分裂した。
二つは四つに、四つは八つに。
「幻影魔法か!?」
ラグが風を纏って身構える。だが、索敵を続けていたミレアが血相を変えた。
「違います! 熱も、質量も、八体すべてが本物です!」
足元の土を深く抉り、確かな殺気と質量を伴った八体の猟犬が、牙から涎を垂らしながら一斉にレインたちへと狙いを定めた。
「実体を伴う分身。これが、ここの隠し札か」
クラウスが額に汗を滲ませる。
絶望的な数に増殖した猟犬たちが、地を蹴り、一斉に襲い掛かった。




